死闘ジュクゴニア_01

第51話「転生」 #死闘ジュクゴニア

目次】【キャラクター名鑑【総集編目次】
前回
「何があろうともっ! 決して……決して立ち止まるなっ!」
「ライさんっ!?」

 直後、ライの胸から閃光が迸った。黄金、そして赤い鮮血のごとき色、二色の輝きがライを包み込んでいく。それは禍々しい、余りにも禍々しい耀きだった。

 ズクンッ!

 脈動する不気味な音──それは波動。黄金と赤、二つの〈創世の種〉が発する力の波動。

 調布郊外の荒野。唸りをあげ、激しく吹き荒ぶ土煙の嵐。その土煙の向こう──輝ける巨人が天を衝くかのごとく聳えている。そして天空には空を切り裂き閃く霊長類最強の五字、禍々しく浮かぶジンヤの威容。

「やれやれ……実に馬鹿げた光景ではないか」

 目を大地に向ける。そこには無惨に転がる屍の群れ。その中に、ごそりとひときわ大きな体が横たわっている。飛び交う土くれや石つぶてが、ばちばちと、その体に容赦なく叩きつけられていた。

「おい、起きろ。間抜けめ」

 襤褸をまとった女は、その体を激しく蹴り上げた。

「グルグル……グラァ!?」

 男の上半身がバネ仕掛けのように跳ね上がる。そして、驚いたように女を見つめた。その男の首すじには銅頭鉄額の四字ジュクゴ。「ふん……やはり生きていたか」女はその長い髪をかき上げ、男を冷たく見下しながら続けた。

「貴様は間抜けだが、頑丈さだけは筋金入りだからな……銅頭鉄額のアイアーン
「グルグル……ぬぅ……ミツルギ……剣山刀樹のミツルギ……うぅむ、ぐむぅ」

 アイアーンは頭を押さえ呻いた。自分の置かれている情況が飲み込めない。そして、激しい頭痛。

「ふん。頭蓋から脳漿が垂れているではないか。とんだ生命力だな、貴様は。虫か?」
「グルグル……何が……何がどうなっている……この嵐は……そして……お前のその恰好は……いったいなんなのだ……」
「あぁ、これか」

 その身にまとう襤褸をつまみながら、ミツルギは鼻白んだ。

「服が燃えてしまったのでな。そのあたりの死体から調達したのだ。ふん、あの服は気に入っていたのだが……残念なことだ」
「グルグル……なるほど。俺は……俺たちは負けた。そういうことか」
「あぁ……そういうことだ」

 ミツルギは顔を上げ、彼方で繰り広げられる光景を再び見た。

「嫌なものだ」

 世界の終末を思わせる光景の中で、輝ける巨人が巨大な手を広げて何かに挑みかかろうとしている。その足元。地上では、何か不吉な光が脈動していた。

「わたしは……自分のジュクゴに誇りを持ち、向かうところ敵なしだと思っていた。しかし……」

 不吉な光が不気味な閃光を放ちつつ、浮上していくのが見えた。

「思い知らされた。この世界には想像を絶する力が存在しているのだと。これはまるで……これではまるで、創世の神話……創世の神々の争いそのものではないか」 

 嵐のように土煙が吹き荒れる中、唯一つ、その衝撃に耐え続ける大木があった。その根元。静かに横たわるカガリの姿。土くれが飛び交う中、その体には砂粒ひとつ付いてはいなかった。まるで、その大木に護られているかのように。

「ぬぅおおおおーー!」

 雄叫び。そして土煙の向こうから、急速に近づいてくる人影。

 ズザザザザッ!

 巨躯の女が凄まじい勢いで滑り込んできた。

「カガリさんっ!」

 その女の肩から飛び出すように駆けだしたのは、ゲンコ、そしてゴンタ。一方、巨躯の女はどさりと倒れ込むと、ぜぇぜぇと荒い呼吸を繰り返した。

「む、無茶させる……あたしゃ怪我人だってのに。お前らのジュクゴ力(ちから)で強引に走らせるなんて……これでもう、あたしゃしばらく再起不能だよ……!」

 巨躯の女──隠密のステラは力尽きたように大の字になり、ふぅぅっと大きく息を吐き出す。

「カガリさんっ……生きて! 生き返って……わたしの元気で……わたしの元気を注ぐから……わたしは絶対に、あなたを死なせないから……だからっ!」

 ゲンコは必死の形相で、カガリにその元気の力を注いでいく。

(ダメだ……ゲンコ……その子はもう……)

 ステラはその様子から目を逸らし、彼方の光景を見た。「嫌な光景じゃないか……」ステラは静かに呟いた。「思い出しちまう……あの日を……〈崩壊の日〉を」

「カガリさんっ……しっかり……カガリさんっ……!」

 ゲンコは力を注ぎ続ける。しかし、カガリは微動だにしない。その体からはすでに熱が失われ、そしてその呼吸も、その鼓動も止まっている。つまり──

「そんなっ……そんなっ……」

 ゲンコはその目に涙をためながら、それでもなお懸命に力を注ぐ。

「ゲンコ……ねえちゃん……」
「ゴンタっ! あなたも手伝って……カガリさんが……カガリさんがぁっ」

 ゴンタは震える手で彼方を指差していた。

「あれ……あれって……」

 その瞬間、ゲンコも何かに気がついたように顔を上げた。彼方に拡がる光景。黙示的な輝ける巨人。そして、その足元で脈動する不気味なる光。

「あ……」

 ゲンコの胸の奥で、ざわざわと不吉な予感が拡がっていく。それは、何か起きてはならないことが起きているという予感。そして同時に拡がる、胸が締めつけられるような悲しみの感覚。

「なんで……」

 ゲンコは訳も分からないまま、無意識のうちにその名を口にしていた。

「ライ……さん……?」

 その瞳から、涙が一筋、流れ出した。

 ジンヤ上層部。白亜の回廊。

「うぅ……」

 肩を抱き、震えるように呻く少年。その髪、肌、そして虹彩。すべてがアルビノのような純白で染まっている。

「ハンカール……さん……なんだか……なんだか気持ちが……悪い……です」
「ふふ……感じるのか、ゴウマ。この力の脈動を」

 少年にそう語りかけるのは帝国宰相、摩訶不思議のハンカール。ハンカールはその白魚のような手を、優しく少年の頬に這わせながら続けた。

「不安かね? ふふ。しかし何も心配はない。何も問題はないのだよ、ゴウマ」

 ハンカールは冷たく笑う。

「わたしにはわかる。すべては必然によって、我らの望みへと向かって……その来たるべき極点へと向かって急速に集束しつつあるのだ。そして……」

 ハンカールは虚空を見つめ、どこか遠くにいる誰かに語りかけるように独りごちた。

「残念だが……わたしにはわかる。事態はお前の望み通りには進まない。お前は気づいていないようだが……バガンもまた、尋常ならざる存在なのだ。少なくとも、今のお前にとっては手に余る程にな」

「ライさん……っ!」

 ハガネは手を伸ばし、泣き出しそうな顔で叫んでいた。その眼前。光に包まれたライの体が浮かび上がっていく。その胸にはひと際強く明滅する、不気味なる輝きがあった。

 まるでその輝きに引きずられるかのように、ライは天高く浮上していく。その体は死んだように脱力している。そして、その瞳は眠ったように閉じられていた。

「ついに。ついにここまで来ましたねぇ。実に、実にぃ、感慨深い……」

「……!」

 ハガネは振り返った。その表情が怒りの形相へと変わっていく。その視線の先。後ろ手に腕を組み、神妙な顔つきで佇む道化芝居のピエリッタ

「お前……ライさんに……ライさんに何を……何をした……っ!」
「おぉっと!」

 ピエリッタは飛び退いてハガネとの距離を置くと、くるりと回ってから人差し指を立て、ちっちっと振った。

「ハガネさぁん、あんまり暴れないでくださいね。傷に触りますよ? わたし、あなたが心配です。それに……」

 ズクンッ!

 不気味な鳴動とともに、ライの体から強烈な輝きが放たれる。黄金の光。

「いよいよです! これを見逃すなんてもったいなぁい! いよいよ始まる! 輝かしき、偉大なる力の発動っ!」

 黄金の閃光。それとともに、ライの背に刻まれし電光石火の四字が揺らぎ、その身から剥がれていく。

「あーはっはっはっ!」

 ピエリッタは顔に手を当て、狂ったように笑っていた。

「黄金の輝きは超越の力を与える! そう、まずは強大な力の付与が必要だった。そうでなければ、これから顕現するジュクゴによってライ様の肉体は崩壊したことでしょう! だから! まず初めに黄金の〈創世の種〉を使う必要があったのです……つまり、この流れは正解……大正解です! あっはっはっ……素晴らしい! これで……これでようやくライ様は力に耐え得る〈器〉となった! そしてぇ!」

 ズグンッ!

 今まで以上に力強い脈動。光がライの体へと収束していく。そしてライは……まるで胎児のように、膝を抱える姿勢を取った。ピエリッタは両手を挙げて、叫ぶ。

「さぁさぁさぁ、いよいよ始まるぞっ! 赤の〈創世の種〉が花開く! 顕現が……創世の力の顕現が始まるぞぉっ!」

 直後、ライの体から赤い閃光が迸り、一帯が、視界が、全てが血のような赤に包まれた。その赤の中で、ハガネはもがくように叫んでいた。

「ライっさぁぁんっ!」

(うぅ……わた……し……は……)

 ライは奇妙な空間の中にいた。暗黒の世界、完全なる漆黒の闇。

((見事。見事であった。ライ))

 その声とともに、暗黒の彼方から放射線状に冷たい光が吹き抜けていく。そしてその光に乗って、彼方からライへと近づいてくる何者かの姿があった。

(お前……は……)

 血のような赤い髪の女。不気味な笑みを浮かべて、ライを見つめて。流れに乗って、グン、グン、グンとライに近づき、そして──

(う……っ?)

 ライの瞳を赤い虹彩が覗き込んでいる。気がつくと、すでに女はライの眼前にいた。ライは感じていた。女の、冷たい体温を。

((見事だ……ライ。お前は我が期待に応えてくれた))
(どういう……ことだ……)
((必要だったのだ。お前が。いや……))
(……?)
((お前の肉体がっ!))
(うううっ!?)

 女はライの顔面を鷲掴みにしていた。

((現世に生きるジュクゴ使いの中で! 我が顕現に耐え得る力を持ち! 我が器として相応しい肉体を持つ者! 電光石火のライ、それがお前だっ!))

(う……いったい……お前は……)

((これは私としても賭けであった。しかし私は賭けに勝った。お前は、お前の肉体は、無事に耐えてくれたのだ。ありがとう、ライ。そして……))

 女は頬も裂けんばかりに口角をあげて笑った。

((お前は、もう、いらない!))

(あぁっ……ハガっ……ネっ……)

 ライは、光となって散った。

☆ 

 赤の閃光は、まるで吹き消された蝋燭の火のように、ふっと唐突に消えた。

『なんだ……貴様は……貴様は……いったい……』

 バガンの眼前。手足をだらりと下げ、宙に立つように浮かぶライの姿があった。その髪が血のような赤に染まっていく。そしてそれは、ざわざわと波打つように伸びていく。その体をらせん状に赤い光が取り囲み、そして、その光は恐るべきジュクゴへと変わりつつあった。そのジュクゴとは──

『貴様ぁっ!?』

 巨人はライに向けて拳を振り降ろす。それはバガン渾身の一撃であった。ライは──赤い髪の女は、その拳へと手をかざした。

『なっ!?』

 バガンは驚愕した。女はただ手をかざしただけに過ぎない。しかし。ただそれだけで、まるで魔法のように巨人の拳が散っていく──そしてそれは連鎖するように拳から肘へ、そして二の腕へと、巨人の腕は静かに霧散していった。

最強……それは所詮、この仮初めの世の理に過ぎん……」

 赤い髪の女は笑みを浮かべた。それはどこか異質で、人を感じさせない不気味な笑みであった。

「不条理。不条理こそが条理を覆す。貴様らは、今こそそれを思い知るのだ」

【第52話「魔宮を貫いて」に続く!】

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