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死神の仕事 第8話「墓守のチーズケーキ」

1
 みなさんは死後、人間がどうなるかご存知だろうか?もちろんどこの世界に行くだとか、天国と地獄がどうだとか、そういう話ではない。葬り方の話だ。
 アメリカや英国では土葬が基本だ。中には棺桶からベルを鳴らせるようにして、死に際までその人が蘇ることを祈ったりする人たちもいるらしい。土葬だと、よくゾンビになるのはドラマや漫画でお馴染みだろう。
 日本では火葬が主流だ。遺体を焼いて、骨のみにし、骨壷に収め、墓に入れる。これなら土葬のようにゾンビとして蘇ることもなく、腐ったり、異臭がしたりすることもない。
 そのほかには、海に流す海洋葬、鳥に食べさせる鳥葬、自然に返す樹木葬、エジプトでは有名なミイラ葬、中には自分の骨からダイヤモンドを作るダイヤ葬などもあるらしい。
 現代では、石の墓を処分して、小さな本の形の骨壷や、マンション型のお墓、呼び出し式の全自動のお墓など、墓の形も様々だ。
 昔こそ、一族で共に墓に入ることが一般的だが、現代では、個人の意思でどんなお墓に入るのか、どんな葬り方にするのか決めることができる。
 終活やエンディングノートなどの言葉も、目新しくないだろう。
 今回はそんな葬り方に悩む女性の話だ。

2
 俺とリヴァイヴは久しぶりの仕事に、あくびを噛み殺しながらも向かった。
 今回は主婦の女性だ。60代。死因は病死。数日後に亡くなる予定。現在は入院しておらず、自宅療養中。子供はおらず、夫にも先立たれ、一族最後の生き残りらしい。
「ねむ〜い!」
 リヴァイヴは3つ目のあくびをふかしながら喚く。春眠暁を覚えずとはよく言ったものだ。とはいえ、リヴァイヴは夜中遅くまで夜更かししているから、大方そのせいだろう。
 俺は自販機で買ったコーヒーをリヴァイヴに手渡す。
「仕事なんだから、これでも飲んでしゃっきりしろ」
 そういう俺も少し眠いので、コーヒーを飲むことにした。
 もうすぐ今回の仕事相手の家に着きそうだ。

3
 女性に死期を伝えると、やけに落ち着いた表情で、そう、やっときたのねとどこか安心した面持ちだった。
「自分の体のことは自分が1番分かってるつもりだもの」
 女性はそう言うと、清々しそうに笑った。
「お願いと言ってもなかなかないわねえ………何がいいかしら」
 いつものように願いを聞くと、女性は少し考え込む。
 最後の願いとはいえ、これからしにゆく自分に望むような願いなど少ないのかもしれない。大抵の物は死にたくないや、病気を治して欲しいなどと言うのが定番だが、その願いを叶えることはできない。人は誰しも死にゆく生き物なのだ。自然の摂理には逆らえない。不老不死の我々を除いては。
 女性はしばらく悩ましげに考えた後、
「そうだわ、お墓の処分を頼んじゃおうかしら」
と提案した。
「この一族は、私で最後の1人なのよ。だからお墓を閉じちゃおうと思って。ついでに私の葬式は海洋葬がいいわ。世界中を旅するのが夢だったの」
 女性はそう楽しそうに笑った。
「旦那さんと同じお墓に入らなくていいンスか?」
 リヴァイヴは不思議そうに聞く。
「そうね、旦那と同じ墓に入りたい気持ちは山々なのだけど、私はお姑さんが嫌いだから」
 女性はそう言うと遠い目をした。
 なんでも、女性は生前、お姑さんに子供がいないことや、家事のことで随分いじめられてしまったらしい。お姑さんが死ぬ前は介護までして、夫や家族を支えたと言うのにお礼もなしで、それどころか、介護に文句を言う始末だったらしい。
「結婚前からね、夫には忠告されてたのよ。僕のお母さんは酷い人だから、同じ家に住むことはないって。君が嫌ならほかに一戸建てでも買うしアパートでもどこでも暮らそうじゃないかってね。最初は何を大袈裟なと思ったのよ。でも、夫があんまりにもしつこく言う物だから。アパートを借りることにしたわ。でもね………」
 女性はそう言うと、酷く悲しそうな、懐かしむような目をした。
「アパートに、お義母さんが尋ねてきたのよ。定期的にね。そして、私の家事に口出しをしていくの。やれ、掃除がなってないだとか、料理の味付けが違うだとか、手を抜いてるだとか、洋服のセンスがないだとか、いつになったら子供ができるのかとか、こんなどうしようもない嫁をもらって息子が可哀想だとか。酷いわよね。はじめのうちはどこも嫁姑問題なんかよくあると思ったわ。でもそれより酷いのよ。私達の引っ越し先にもつきまとってきて。時々、電話をかけてくることもあったわ。小言の電話で、出るのも嫌なんだけど、出ないと何度も何度もかかってきて。警察にも相談したのだけれど、家族間のことだし、事件性のない物は取り扱えないって断られたの。ストーカーより、よっぽどたちが悪いのにね。そのうち、お義母さんが足を痛めて歩けなくなって、私たちは仕方なく、お義母さんと同居することにしたわ。でも、」
 女性の口はあれよあれよと言う間に出るわ出るわと言う感じだった。
 よっぽど、その姑さんと仲が悪かったのだろう。
 俺とリヴァイヴは半ばゲンナリしながらその愚痴をなんとか全部聞いてやって、女性が初めに言っていた、海洋葬がいいと言うのを聞き届けることにしたのだ。

4
 墓じまいとは、お墓を解体し、撤去すると共に、別の方法で供養することである。
 と、文献で読んだことがある。
 一般的には他の墓地に移転したり、永代供養墓地に転居させることになっている。遺骨を新しい場所に移した土地は更地にして、墓地の管理者に返還することになっている。
 墓じまいをして仕舞えば、金銭的な負担もなくなるし、管理や掃除に煩わされることもなくなる。しかし、撤去工事にかかるコストや墓地の管理者とのトラブルになる可能性もあるので、慎重に行わなければならない。
 俺たちは墓じまいの手続き代行として、20万円ほどの代金をもらうことにした。
 本来、願いを叶えるにはお金は必要ないが、女性がせっかくなら、遺産も処分したいと言うので渋々受け取ることにした。残りの遺産は養護施設に寄付するらしい。
 まず、俺たちは墓地の管理者に届出し、改装許可を申請することにした。
 諸々の細かい手続きを終え、開眼供養も済ませて、離断をし、工事に取り掛かった。
 中身のお骨は永代供養として、集合墓地に入れてしまうらしい。
 お墓と言うと、心霊スポットや、先祖を供養する神聖な場所をイメージすると思うが、いざ開けてみるとただの石と炭素で、やけに物質めいたところがあるなぁなどと思った。
 結局、お墓は、残された人たちの拠り所でしかないのだろう。
 お盆には帰ってくるだとか、花やお供物をして、線香を供えようだとか色々しきたりや文化はあるが、どれも残された人たちが、自分の心に整理をつけるための儀式なのかもしれないなと思えた。
 女性にお墓を閉じたことを伝えると、安心したように笑った。
「これで安心してあの世に行けるわ」
と喜んでいた。
 彼女は一族最後の1人だから、お墓を残しても、管理や維持ができる人がいないため、放置された墓は荒れていく一方だろう。それを思えば、あらかじめ墓じまいをしておくのが有効だと思う。

5
 しばらくして、その女性は亡くなった。静かに、眠るように、穏やかに亡くなっていった。
 女性の葬儀は友人などを集めてしめやかに行われ、火葬をし、とりあえず手元には骨だけが残った。
 彼女の家は生前に片付けていたので、残りのものを撤去し、売り出すことにした。
 遺産は養護施設に寄付し、俺たちは依頼金だった20万円を持って、その場を後にした。
「問題はどこの海に骨を流すかッスよね〜」
 リヴァイヴは呑気にタバコをふかしながら、もらった遺産の金勘定をしていた。
 コイツ、意外とがめついところがあるんだなぁ。
「世界旅行をするのが夢だと言っていたから、太平洋でいいだろう。日本海やヨーロッパの方だと入り組んでいて、世界を旅できないかもしれない。広いところに流してやろう」
 生前女性が言っていたことを思い出しつつ、骨を流す海を決める。
「なるほど確かにね〜。じゃーそうしよう」
 リヴァイヴもそれに賛成して、よく晴れた日に沖に船を出した。

6
 船というのは好きでもないが、嫌いでもない。周りが海に囲まれているというのがなんとなく落ち着かないし、海独特の揺れもあまり好きではなかった。
 リヴァイヴは正反対に楽しそうに、水面と戯れあっていて、俺が止めなければ、今にも飛び込んで泳ぎ出しそうだった。
 あらかた漕ぎ出して、沖に出ると、骨を海に蒔いてやる。サラサラと粉っぽい骨は海の中へとすぐに溶けていって見えなくなってしまった。
 骨と一緒に花も蒔いてやる。なんとなく、にすぎないが、こうした方がいい気がして、生前好きだと言っていた花を一緒に蒔いた。
「世界旅行できるといいッスネ〜」
 潮風に髪を靡かせ、リヴァイヴがポツリと呟いた。
「どうだろうな。骨って水に浮くんだろうか。さっきの様子だと沈んじまったような気もするが」
 地平線を眺め、俺は船を陸へと漕ぎ出す。
「海の中を旅行するのもいいかもねー」
などと、リヴァイヴは呑気なことを言っている。
 酷く穏やかで、塩の匂いがツンとして、鼻に刺さるようだった。

7
「ヴォルッチは何葬がいい?」
 しばらく船を漕ぎ、せっかくだからと、俺たちは遊覧を楽しんだ。
「そうだなあ……。死ねたらの話だが、鳥葬は嫌だなあ」
「それはオレもイヤ〜」
 リヴァイヴは楽しそうに笑うと、船に寝転んで、日向ぼっこを始めた。
 波音が耳に心地いい。
「オレは海洋葬がいいな〜!やっぱりオレも世界旅行がしたい!自由で良さそうだし、故郷って感じ!」
 リヴァイヴは空を指差すと、意気揚々と歌うように言った。
「海洋葬ねぇ…」
 俺は少し考えたが、海はそんなに好きじゃないし、樹木葬がいいかもしれないなと思った。山に帰り、自然の栄養源になるのもいいかもしれないなぁと思った。
 リヴァイヴに伝えると、
「え〜!どんな弔い方でもいいけど、ヴォルッチと一緒じゃなきゃやだ〜!」
と、ただをこね始めた。
「まあまぁ、もし死ねたらの話だろ。俺たちには無理だ。夢のまた夢。どうせこの世が終わるまでお前と俺は一緒にいるしかないんだろうよ」
 俺はリヴァイヴを宥めすかすと、少し寂しい気がして空を見上げた。
 嫌味なほど晴天で雲ひとつない。
「そりゃそーか」
 リヴァイヴも納得したようにお昼寝を始めた。
 午後の穏やかな日差しを、潮風が撫でていく。心地いい波音の中、俺は少し、波を撫でてみる。
 冷たくて、どこか悲しい気がした。
 波音にリヴァイヴの寝息が混ざる。
 陸は後少しだ。

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