見出し画像

死神の仕事 第4話「反出生主義のミルクティー」

1
「世界を滅ぼしてほしい?!?」
「ああ。よろしく頼む」
 素っ頓狂な願いを頼んだ相手は引きこもりの若者だった。しばらく外に出ていないらしい、髪はボサボサで部屋はゴミ屋敷。なんだか臭い匂いもして、俺は居心地が悪かった。
「なんだってまた、そんなことを……」
 リヴァイヴは困惑しながらソファーに座り込んだ。バフッと埃がたちのぼる。
「人類は滅びるべきなんだ。自分たちのために自然を破壊し、環境を破壊し、好き勝手に生活して、資源を無駄遣いしている。それに子供を産むことは罪だ。本人の意思を介さず、了承もなしに産むのは理不尽だ。そんなのは滅びるべきだ」
「反出生主義、ね」
 リヴァイヴはなるほどというように腕組みをした。
 反出生主義とは人々が子供を持つことは不道徳だという考えだ。
「近年の日本では、増税、物価高、自殺率、失職率が高まり、若者たちは就職するのが難しく、貧困が進むばかりだ。幸せになれる保証などどこにもない。第一、働かなければ生きていけない社会構造などおかしい。息をするのさえ難しいこの世に、一夜の感情の揺れで、その先100年近くも思考する生物を創造してもいいと思ってるのか?」
 彼は捲し立てるように憤慨する。どうやら長年思っていた力説のようだ。
「オレらに聞かれてもね」
 リヴァイヴは皮肉そうに笑った。
「オレだって望んで生まれてきた訳じゃないけど、悪いことばっかじゃないッショ?ねぇクロ」
 リヴァイヴはそう言うと俺を見上げた。
 確かに、望んで生まれて来たわけではない。親のエゴにすぎない。しかし、できた命を親だけの一任で奪うことも理不尽のように感じる。それにリヴァイヴの言う通り、生まれて来て嫌なこともあったが、悪いことばかりではない。
 まぁ、何より俺たちは死ねないので、生まれて来たことを後悔していないといえば、嘘になるが。
「そうは言っても願いを叶えてくれるんだろう?なんでも」
「まぁ確かにそう言ったが」
 俺はリヴァイヴと顔を見合わせる。
 いくらなんでもとはいえこの規模の願いを言われたのは初めてだ。叶えられるかも疑問である。
「やっぱダメなンじゃないスカ?他の書類の人間たちは違う死因で死んでるわけだし。オレらが勝手に世界を滅ぼして、殺したら、仕事に逆らうことになる」
 リヴァイヴはファイルをけだるそうにめくりながら他の人間の死因を確認している。
 確かに他の人間は老衰や自殺、病死、事故死など様々だ。俺たちが殺しては罰を受けかねない。
「というわけだ。その願いには応えかねる」
 俺はそう言って彼の願いを突っぱねた。
 仕事に逆らうこととならなくても、元からそんな願いは叶える気はないのだが。
「死神とか言う割には大したことないのな」
 若者は不満そうに言うと押し黙った。別の願いを考えあぐねているのだろう。
「まぁ。アンタの願いが素っ頓狂すぎるンスヨ」
 リヴァイヴはお手上げポーズをすると、タバコを吸い始めた。
「じゃあ、俺の親を殺してくれ」

2
 世界を滅亡させると言う願いの代わりに提案されたのは親を殺してくれと言うことだった。
 全く、考えることが本当に狂っている。世界滅亡の次は親殺しとは。ほとほと、業が深いやつだ。
「俺を産んだことを後悔させてやる」
 反出生主義の腹いせらしく、親に復讐をするらしい。
「育ててもらったのに恩知らずな」
「育ててくれなんて頼んだ覚えはない」
「1人じゃ到底生きていけない癖に?今だって親に養ってもらってる」
 無職らしい若者は、働いている様子はなく、今も子供部屋で過ごしていた。年齢に不釣り合いな家具やポスターが部屋に鎮座していた。
「産んだ責任を果たしているんだから当たり前だろ。大体ペットは飼ったら最後まで責任とって面倒見るくせに人間は手放しなんだよ。同じ生き物なら最後まで面倒見ろよ」
 若者は無茶苦茶な言い分を展開しながら憤慨している。とても手に負えそうにない。何を言っても効果がないようだ。
 俺はふとコイツの両親のページをファイルから探した。幸い探すのには苦労しなかった。死因は病死に老衰。2人とも他殺ではないようだった。
 全く呆れたものだ。世の中には、自分とは血も繋がっていない育ての親を、本当の親のように敬い、立派に成長する子もいると言うのに、実の子供に親殺しを企てられようとは、親も思ってもみるまい。
「その願いにも応えることはできない」
 俺はそう応えるとファイルのページを見せた。
「お前の両親は病死と老衰をすることになっている。俺たちが手を出すのは仕事に逆らうことになるんだ」
 俺はそう応えるとパタンとファイルを閉じた。
「じゃあどんな願いなら叶えられるって言うんだよ。さっきからあれも無理これも無理って断ってばっかじゃねぇか。なんでも願いを叶えるんじゃなかったのかよ」
 若者そういうとさらに怒りを爆発させて大声をあげた。
「わかったわかった。とりあえず1日あげるから、もう一度考え直して。ネ?その二つ以外の願いだったらなんでも叶えてあげるから」
 リヴァイヴはどうどうと若者を宥めると帰り支度をはじめた。
「今日のところは一旦引き上げよ?話してても埒が開かない」
「嗚呼」
 そう言って俺たちは部屋を後にした。

3
「反出生主義かぁ。どう思う?ヴォルッチ」
 オレはそう相棒に投げかけてみた。オニーサンの部屋から拠点に戻って来て、ヴォルッチにコーヒーを淹れてやる。ヴォルッチはコーヒーを受け取り一口啜ると、
「興味ねぇ」
と冷たく呟いた。
 ヴォルッチは親に捨てられた身だ。むしろ産まれてくるのを望まれていなかった立場なので、産んでほしくなかったとかどうとかの問題ではないのだろう。
「まぁ確かに一夜の過ちで、その先100年も生きるものを生成しちまうのは、割に合わないというか、釣り合わない話だが」
「確かにねぇ。みんながみんな、覚悟を持って子作りしてるわけじゃないから。できちゃった婚とかもあるわけだし」
「育てるのが難しくて捨てられる子もいるしな」
「手離しで大賛成とはいえないか」
 そう言ってオレもコーヒーを飲むと自分のことを振り返った。
 確かに自分も不老不死に生まれて来たこと自体は後悔というか、恨んではいるが、生きていること、生まれたこと自体には対して恨みや後悔はない。親に感謝しているといえば嘘になるが、とはいえ恨んでいるわけでもない。
 この世界に来ることがなければ、出会えなかった人や物も、体験できなかったこともたくさんある。生まれてこないことでそれら全てを失うのは、あんまりだと思う。
 ただ、親ガチャとかいう言葉もあるしなあ。そりゃ裕福なうちや実家が太い家に生まれれば、人生が有利になることは間違いはない。オレも裕福な家庭に生まれて、何不自由ない生活を送って来たから、体感してわかる。親に捨てられたヴォルッチとは大きな環境の違いがある。
 将来どんな人間になるかも親で決まることが多いだろう。医者の子供なら医者になるだろうし、親が貧乏なら子供だって貧乏なままだ。平成一発逆転なんてことはまずあり得ない。お金はあるところに集まっていくし、無いところには流れていかない。
 所詮努力と結果は比例せず、運が全ての世の中だ。そういう思考になってしまう気持ちも分からなくはない。
 だからと言って、親まで殺す必要はあるかといえば、ない気がする。そりゃ、自分を産んだのは親張本人な訳だが、親とて子供が不幸になることを願って産んだわけじゃなし、育てている間とて、子の幸せを祈っているだろう。それに親に罪はない。
 さっきのオニーサンは、最後まで面倒を見ない親は無責任だと言っていたが、義務教育を受けさせ、立派な大人になるまで衣食住を保障し、育てていることは何者でもない責任そのものだという気もする。養育費や、学費に何百万ものお金がかかる割に、それらをきちんと果たし、子供を見送り届けてから、老後の時間をすごしている。そして、子供に払ったお金を請求するでもなく、無償で子を育てているのは、簡単に見習えるものではない。正直、オレがやれと言われても、できるわけじゃなし、こちらから願い下げだ。そんな親に感謝こそすれど、殺すなど。
「そもそもなんで人間は子供を産むんだろうな」
 ヴォルッチはポツリと呟いた。
 子を持たず、同性愛者の俺たちは子を成す親の気持ちはわからない。一度子を育てたことははあるがとても苦労したし、もう一度やれと言われても困る。
「産んでる張本人たちはそんなに深く考えてはいないンじゃない?できたから産んでるにすぎないと思うよ?子供を欲しいと思う人たちも今までの人たちが子供を作って育てていることに倣ってるだけなんじゃないかな」
「確かになあ……」
 ヴォルッチは妙に納得したように頷くとまた黙り込んでしまった。
「とにかく、今回の願いには答えられないッスネ」
 オレはそういうとコーヒーを飲み干した。
その次の日だった。オレたちに嫌なニュースが飛び込んできたのは。

4
『昨日未明、〇〇県にて60代の夫婦が殺される事件がありました』
 テレビキャスターは淡々とニュースを読み上げる。
 被害者の名前は見知ったものだ。
 俺は朝食を食べる手を止めて、リヴァイヴを呼んだ。リヴァイヴも驚いているらしく、目を瞬かせて、しばらく画面にのめり込んでいた。
『犯人については未だ捜索中のようです』
 そんなあっさりした文言でニュースは締めくくられた。
 もしかしなくても昨日の若者が願いを叶えない俺たちをみかねて親を殺したのだろう。
 俺が死人たちのファイルをめくると、該当のページの死因の部分が黒く塗りつぶされ、読めなくなっていた。他の部分も所々文字化けしていて、全体的にバグっているらしかった。
「まずいな」
「とにかく急ご」
 俺とリヴァイヴはさっさと食事を済ませると昨日の家に向かった。
 家には警察がたくさん訪れていて、立ち入り禁止のテープを貼り、現場検証を行なっていた。なんだか仰々しい雰囲気で、いかにも大事って感じがする。
 昨日の若者は別の部屋で聞き取りを受けているらしかった。数人の警察官に囲まれて、質問に答えている。
「よくわかりません。僕は友人のうちにいたので」
 などと、いけしゃあしゃあとアリバイを証明する言い分を並べていたが、どう考えても彼が犯人だろう。
 警察が一旦彼を解放したので、別の部屋に連れ込み、彼を問い詰めた。
「オイ、どういうことだ」
「どうもこうも、お前らにできないなら俺が実行したまでだ。大体、自分の手で実行した方が積年の恨みが晴らせるというもの、頼むより自分でやった方が有意義だ」
 彼はニヤニヤと不気味に笑う。
 彼の親に情はないが、ファイルの死因をバグらせてしまった以上、俺たちに罰が与えられるかもしれない。
 とりあえず俺たちは両親の魂を刈り取る。するとファイルの文字が他殺、と書き換えられた。文字化けも治り、バグのようなものは治ったようだ。ともかく一安心だ。
「とんでもないことに手を出したね。親殺しなんてただじゃ済まないッスヨ」
 リヴァイヴは険しい顔をして、彼を睨みつける。適当に一場凌ぎができたところで、警察がきちんと調べれば、ことがバレるのは時間の問題だろう。
「その辺は重々承知している。だから策も用意してある」
 そう言って男はニヤッと笑った。
 男の死因は自殺だ。まさか本当に死ぬつもりではあるまいな。
「ちゃんと生きて捌きを受けなよ」
 リヴァイヴは相変わらず男を睨みつけると低い声で男を脅した。
「嫌だね。当然の報いだ。捌きを受けたのは俺じゃなくて親の方だね」
 男はヘラッと笑うとまるで悪びれずに言った。本当に罪の意識がないらしい。悪いことより良いこと、当然のことをしたかのような顔をしている。
 リヴァイヴがここまで怒るのも珍しい。何度も自殺をしているリヴァイヴといえど罪から逃げるために死ぬのは許せないのだろう。
「俺を止めてどうする?その仕事とやらに逆らうことになるんじゃないのか?罰がどうとか言ってたじゃないか」
 確かに男の言い分はもっともだった。俺たちが書類に逆らうことはできない。逆らえば体に激痛が走ることになっている。
 リヴァイヴは悔しそうに男を解放する。
「こんなの間違ってる」
 彼は悔しそうにするリヴァイヴを見下したように嘲るが手出しできないことに内心安心しているようだった。
 また警察が来て、男に追加の聞き取りをし始めたので、俺たちは仕方なくその場を後にした。

5
 拠点に帰っても、リヴァイヴの機嫌は治りそうになく、相変わらず不機嫌で、納得していないような顔をしていた。
 俺も、今回のことは虫のいどころが悪い。いくら書類に逆らえないといえど、親殺しをしておいてお咎めなし、そのまま逃げおおせることなどあってはならないだろう。何か罰を、報いを受けるべきだと思う。だからと言って俺たちに何かができるわけではないが。
 リヴァイヴは罰が悪そうにタバコを吸い始めると貧乏ゆすりを始めた。相当怒っているらしい。
 気持ちは分かるが少し、面倒だなと思った。リヴァイヴはこうなると誰にも手がつけられない。変に話しかけると、八つ当たりされるのが関の山だ。
 俺はコーヒーを自分で淹れると、生暖かいそれを啜った。
 その次の日だった。俺たちにさらに嫌なニュースが飛び込んできたのは。

6
『昨夜の殺人事件で殺された夫婦の息子が自宅で自殺していることがわかりました』
 ニュースキャスターは相変わらず淡々とニュースを読み上げる。テレビに昨日の事件現場が映される。
 男はどうやら首吊り自殺をしたらしい。
 オレたちは急いで現場に向かった。
 現場は閑散としていて、嫌に静まり返っていた。昨日の喧騒とは打って変わって警察が捜査を終えた後だったらしく、小綺麗になっていた。遺体も残っておらず、残された男の魂だけが、お祭り後の風船のように天井の端に引っかかっていた。
 オレは舌打ちをして魂を刈り取ると、魂は下に向かって沈んでいった。
「「?!」」
 オレたちは顔を見合わせる。
 ヴォルッチは魂の沈んでいったところを足でコツコツと確かめているようだった。
 こんなことは初めてだ。今までいろんな魂を身をくって来たが、魂は刈り取られた後、皆上に向かって昇っていき、空の向こうへ見えなくなった。どこへいくのかは分からないが、皆共通して上へ向かっていくので、そういうものだと思っていた。
 だが今回はなぜか下に。
「地獄、的なことか?」
 ヴォルッチは首を捻るとポカンとしていた。
 原因は分からないが、なんらかの形で男が報いを受けているのなら願ったり叶ったりだ。何か罰を受けるべきだと思っていたから。
 それにしても、
「悪いことはやっぱりするもんじゃないね」
柄にもなく、オレはつぶやく。
 どんなに罪を誤魔化しても、最後には報いを受けるなら、やはり悪いことはすべきじゃないのだ。
 オレたちはなんとなくやりきれない気がしたまま、現場を後にした。

7
「そういえば、願い、叶え損ねたね」
 リヴァイヴはそういうと空を仰いだ。
 血の滲むような夕焼けが眩しい。
「確かに」
 結局バタバタしていて、彼の願いを叶えていなかった。
 まぁ、彼から願いをかなえろと言われても、親殺しをしたような奴の願いを叶えるのは気が進まないが。
「いいんじゃないか」
 幸い俺たちに罰は下らないようで、体はピンピンしていた。
「なんだか、後味の悪い事件だったッスネー」
 リヴァイヴは寂しそうにポツンと呟いた。
 反出生主義とは、結局なんなのだろう。子を成すことはそんなに罪なのだろうか。
 俺たちの存在とは一体——、
 俺は答えが返ってこないことを知りながら、夕焼けに問いかけた。夕焼けは動じないまま、太陽のを飲み込み、夜の空へと溶けていった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?