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下町やぶさか診療所 5 第一章 散骨の思い・前/池永陽

 七月に入って急に夏らしくなった。
 微風とともに、台所から漂ってくるのは、カレーの匂いだ。夏にカレーはどうかと考えて、カレーの本場がインドだということに気がつき、りんろうはすぐに納得の思いを胸にする。
 が、問題なのはこれが、カレーライスなのかカレー焼きそばなのかということだ。麟太郎の前に座っているじゅんいちもそれが気になるらしく、妙に落ちつかない様子だ。
「カレーライスか、カレー焼きそばか――親父はどう思う」
 台所を気にしながら、低い声で潤一がいう。
「そうだな。お前は、どっちだと思う」
「願わくば、カレーライスに。麻世まよちゃんのカレー焼きそばが、とても食べられたもんじゃないことぐらい、親父だってよく知ってるだろう。だけど食べないと麻世ちゃんに悪いから……」
 ちらっと台所のほうに目を走らせて、潤一はいう。
 麻世のつくるカレー焼きそばは、麺がダマになってくっつき、味つけのカレーは糊のようなベタベタ状態で喉を通すのにも、かなりの苦労を要するという代物だった。しかし、麟太郎は――。
「俺は近頃、麻世のつくるカレー焼きそばが、不思議に苦にならなくなった」
 何でもないことのようにいった。
「えっ、それはなんでまた」
 思わず大声をあげた潤一の声に反応したらしく、
「じいさん、どうした。何かあったのか」
 仕切壁の向こうから、麻世が顔をのぞかせた。
「いやなんでもないぞ。こいつが何やら妙なものを食べたという話の途中で、自分の言葉に興奮しただけのことだ」
 やんわりと麟太郎がいうと、
「何だ、そんなことか」
 顔はすぐに引っこんだ。
「あのなあ、潤一。よく聞けよ」
 小さなからせきをひとつして、
「麻世は見ての通りの不器用そのものの人間だ。その麻世が一生懸命苦労して、慣れぬ料理をつくってるんだ。そう思ったら、あのカレー焼きそばが急に愛しいものに俺には思えてきてな。どんな味だろうが有難く頂くのが、つくり手に対する礼儀なんじゃないかと悟ったんだ」
 厳かな口調でいった。
 麟太郎の本音だった。
「そうか、親父は悟ったのか。しかし、確かにそうだな。あの不器用な麻世ちゃんが、一生懸命俺たちのためにつくった料理を毛嫌いしたら、罰が当たるな。親父のいう通りだ。これからは俺も優しさ満開にして有難く頂くことにするよ」
 悟ったような顔をしていった。
「わかればいい――そんなことより今日、仕出屋のもとさんがやってきてな。お前のことで、いろいろと探りをな」
 神妙な口調でいうと、
「探りって……ああ、例の出雲行きの件か」
 潤一は苦笑を浮べた。
 元子が胸焼けがするといってやってきたのは、午後の診察が終るころだった。ひとしきり胸焼けの症状を訴えてから、
「ところで、看護師のともちゃんがめでたく結婚したそうで、そのお祝い代りというか何というか。知ちゃんたち夫婦を先頭に、先生たちみんなで打ちそろって出雲のほうに行かれると町のうわさで耳にしたんですけど、その間、診療所のほうは閉めてしまうんですか」
 元子はこんなことを口にした。
「確かに出雲には行くが、休みを利用するから俺がいなくなるのは金曜日の一日だけで、そのときはちゃんと代りの者がることになってるから大丈夫だ」
 いったい誰がこんな噂を町内にと考えて、風鈴屋の徳三とくぞうの顔がすぐに頭に浮びあがり、小さな吐息を麟太郎はもらす。
「代りのお医者さんて、若先生ですか」
 猫で声を出す元子にわずかにうなずき、そうか、コイツはそれを確かめにここにやってきたのかと麟太郎は得心する。家つき娘で四十代半ばの元子は、潤一の熱烈なファンだった。
「あっ、やっぱり若先生なんですね」
 一瞬元子は顔を綻ばし、
「でも、いくら結婚祝いだといっても、新婚旅行にみんながついていくというのも変な話ですね。まあ、人それぞれですから、いいですけどね」
 とイスから立ちあがり、あとの診察は受けずに「何だか気分がよくなりましたから、薬はいりません」といって帰っていった。
「元子さんが、そんなことを――でも大丈夫ですよ。元子さんの扱い方はよくわかってるから」
 何でもないことのようにいう潤一に、
「それはいいが。お前、本当に朝から夕方まで丸一日、ちゃんときてくれるんだろうな」
 麟太郎は念を押すようにいう。
「大丈夫だよ。すでに上の了承はとってあるし、間違いなしだよ。そんなことより」
 潤一はちょっと声を落し、
「親父の予想では、麻世ちゃんは出雲に行かずに留守番のほうを選んだということだったけど、本当だよな」
 これも、念を押すようにいう。
 やっぱりコイツは、麻世と二人きりで留守番をしたいがために、二つ返事で代診の件を引き受けたのだ。
「前にもいったが、あいつは大の飛行機嫌いだからよ。それで電車ならまだいいけど飛行機ではと、確かに麻世は、はっきり口にした。そのあと、それにと、まだ何かいいたそうだったが、とにかく渋っていたな」
 麟太郎も渋い顔でいう。
「飛行機なら一時間半。それが電車の乗り継ぎだと七時間以上――どう考えたって、飛行機で決まりだよな」
 上機嫌で潤一はいってから、
「ところで、その、最後の、それにって何だよ」
 げんそうな表情でいてきた。
「それが、よくわからねえ。ただ、近頃麻世の様子が変なのは確かだ。妙にふさぎこんだ顔つきで、ぼんやりしていることがよくある。何か心配事を抱えているようなんだが、しつっこくただすとあいつは口を閉ざしてしまうからよ。向こうがいい出すまで、そっとしておいたほうがいいと思ってな」
 麟太郎は首を振る。
「麻世ちゃんは心配事を抱えてるのか。それなら尚更なおさら、出雲のような遠い所へ行く気にはならないだろうな」
 潤一が両手で膝をたたいた。
「みんなが出雲に行っているときに、俺がそれとなく訊いてみるよ。その心配事が何であるかを」
「大丈夫か、おい。取り扱いに気をつけねえと、あいつはそっぽを向いてしまうぞ。何といっても、筋金入りのへそ曲がりだからよ、あいつは。くれぐれもよ」
 心配そのものの麟太郎の口振りに、
「大丈夫だよ。俺の優しさで麻世ちゃんを包みこんで、やんわりと訊いてみるつもりだから」
 いかにもうれしそうに潤一はいう。
「お前の優しさなあ……」
 独り言のようにつぶやいたところへ、
「できたよ」
 という麻世の声と同時に、テーブルの上に皿が置かれた。
 料理は……カレー焼きそばだった。
 とたんに、うんざりした表情が潤一の顔に浮ぶのがわかり、麟太郎は胸の奥で大きな溜息ためいきをついた。 

 昼食に『田園』に行くと、なつママがすぐに飛んできた。
ここは昼は喫茶店、夜になるとスナックに早変りするという忙しい店だ。
「あら、おお先生、お久しぶり。いったいどこで浮気してたんですか」
 夏希が肘で脇腹を突いた。けっこう強い力だ。
「お久しぶりって。俺は一昨日も、ここにきてるけどよ」
「そうかもしれないけど、昨日はきてくれなかった。だから、お久しぶり」
 しれっと夏希はいい、
「ほら、あそこにお仲間が。大先生はコーヒーつきのランチでいいんですね」
 奥の席で手を振っている徳三を目顔で差して、さっさとそばを離れていった。
 麟太郎は徳三のいる席に歩き、ゆっくりと前に座りこむ。
「おう、大先生。元気そうで何よりだ。今日のランチはメンチカツだ。こいつは、けっこういけるぜ」
「親方、犯人はおめえだな」
 挨拶なしで、ずばりと麟太郎はいう。
「何でえ、やぶから棒に。いってえ、何のことだよ」
 怪訝な表情を浮べる徳三に、元子の件を麟太郎はざっと話して聞かせる。
「あれは麟太郎、おめえ」
 徳三はちょっと押し黙ってから、嗄れた声であとをつづける。
「つい、口が滑って夏希ママによ。けど、結婚祝いに知ちゃん夫婦と一緒に、みんなで縁結びの神様にお礼をといっただけで、詳しい話は何にもしてねえぜ」
 そういうことなのだ。噂は夏希ママからこの店の客に伝わり、そして町内中に。まったくこの辺りときたら、プライバシーなどという代物はどこを探したって……。
「口が滑ったのは仕方がないとして、知ちゃんたちの新婚旅行に俺たちがついて行くというのは、どう考えても変だろう」
 さらに麟太郎は問いつめる。
「変か、やっぱり。俺も変かもしれねえとは思ったんだけど、他の理由が何にも浮ばなかったからよ。まあ、いいかと思ってよ」
 徳三が能天気な言葉を口にしたところで夏希ママがきて、メンチカツのランチセットをテーブルに並べた。
「大先生たち、知ちゃんの新婚旅行のお供で、出雲へ行くんですってね。それって、すごく斬新なことですよね。親方から聞いて私、びっくりしちゃった」
 面白そうに口にした。何だか興味津々の表情だ。
「それは――」
 といって麟太郎は考えを巡らす。へたなことをいって、さらに妙な噂が町内中に知れわたっても面倒だ。
「よかったら、夏希ママも一緒に――めでたい旅だから、大勢のほうがにぎやかでいい。ぜひ、一緒に」
 とっておきの言葉を出した。
「私は、お店があるから、とてもそんなことは。行きたいのは山々ですけどね」
 お金大好きな夏希ママが店を休み、身銭を切ってまで話に乗ってくるはずがない。
「おうっ、それはいい。夏希ママが一緒なら俺っちも楽しみができて、万々歳だ。行こうじゃねえか、縁結びの神様のところへ」
 追討ちをかけるように徳三もいうが、こっちは本気そのものだ。
「いえ、やっぱり私は、とても無理」
 そういって、夏希ママはその場をすっと離れていった。
「残念だったな、徳三親方」
 皮肉っぽくいってやると、
「そうだな。けどまあ、内輪だけのほうが楽といえば楽というか……」
 いかにも残念そうにいう徳三はつい最近、夏希とすったもんだの結婚騒ぎをおこした前歴がある。
「ところで麟太郎。飛行機嫌いだという麻世ちゃんはどうなったんだ。行くのか行かねえのか」
 すぱっと話題を変えてきた。
「それが、まだなんだ。そろそろはっきり決めねえと、飛行機のチケットやら宿の手配やらをする、もと君にも迷惑がかかるからな。今日、明日のうちに、はっきりさせるつもりだ」
 麟太郎はメンチカツを、口に放りこむ。
「こっちは、俺っちとたかの二人だからな。支払いは、帰ってからの清算でいいんだな、大先生よ」
「そのほうが楽だと元也君はいってたな。そうか、高史君も行くんだったな」
「慰安旅行代りといっちゃ何だけどよ。あいつも飛行機はまだ乗ったことがねえといってたから、けっこう楽しみにしているようだぜ。びびりまくるかもしれねえけどな」
 目を細めて徳三はいう。
「すると親方と高史君に俺と八重やえさん。それに肝心要の元也君と知ちゃんの総勢六人と、あとは麻世がどうするかだな」
 独り言のようにいってから、
「ところで親方は、飛行機に乗ったことがあるのか」
 何気なく訊いてみた。
「ねえよ、そんなもん」
 すぐに、ぶっきらぼうな言葉が返ってきた。
「何だ、ないのか。なら、びびりまくるのは親方のほうかもしれねえな」
 嬉しそうに麟太郎はいう。
莫迦ばかをいうな、麟太郎。俺っちなんぞは、いつくたばってもいい、年寄りだ。飛行機が怖くて、お天道様の下を胸を張って歩けるもんけえ。こちとら、江戸っ子だ。どこでおっんでもいい覚悟は、ちゃんとできてらあ」
 たんを切るように徳三がまくし立てた。
「悪かった、親方――ちょっといいすぎた。この通り、謝るからよ」
 麟太郎は、素直にぺこりと頭を下げる。
「わかればいいよ。ほら、麟太郎。頭を上げて、しゃきっとしな」
 徳三はにまっと笑い、
「今日も俺の勝ちだな、やぶさか先生」
 上機嫌でいった。 

 その日の夕方。
 学校から帰ってきた麻世に、出雲行きの件を質してみると、
「行くよ――」
 意外な言葉が返ってきた。
「行くよって。いいのか、飛行機は」
 麟太郎は心配そうな口振りで訊く。
「何があっても、やっぱり行くのが礼儀だから。それに飛行機の件は、方便というか何というか。飛行機は、この前の沖縄行きで少しは慣れたし。一時間ぐらいなら、我慢すればすむことだし」
 妙なことをいった。
「方便って……やっぱり、お前が出雲行きを渋っていたのは他に理由があったからなのか。近頃のお前は、何か心配事があるような様子だったし、理由はそれか」
 少しの沈黙のあと「うん」と麻世は短く答えた。
「やっぱり、そうか。で、その心配事が何であるか、お前に話す気はあるのか」
 できるだけ柔らかな声で訊いた。
「まだちょっと……」
 蚊の鳴くような声が返ってきた。
「わかった。話す気になったら、いつでもいいのでそうしてくれ。どんな事でも、俺は精一杯相談に乗るからよ」
「うん」とまた短く答える麻世の言葉を聞きながら、さてこの件をどう潤一に伝えるか……やっぱり伝えるのは出雲に行く直前にしようと麟太郎は即決する。あいつのことだ、麻世が行くということを聞けば、じたばたして面倒になる恐れが大だ。
「なら、お前が参加することは元也君に連絡して、飛行機のチケットやら宿の手配やらしてもらうから」
「ごめん、わがままいって」
 なんと、麻世が頭を下げた。麻世にしたら珍しいことだった。麟太郎は心の奥で、ううんとうなり、
「おい、麻世。心配事は本当に大丈夫なんだな。出雲行きも本当にいいんだな」
 思わず、口に出した。
「大丈夫だよ。厳粛な散骨の儀式だもの。行かないわけにはいかないよ」
 はっきりした口調でいった。
 出雲行きの目的は、散骨――。
 遺骨の主は知子と結婚した元也の母親で、しもたにひさだった。
 久枝は交通事故のため車イス生活をしていて、元也の働く介護施設に入っていたが、スキルス性がんの末期患者でもあった。自分の死期をさとった久枝は知子と元也に「早く結婚式を挙げてほしい」と懇願し、二人は麟太郎が所長をしている『真野まの浅草診療所』で何とか式を挙げ、久枝も無事にそれに出席することができた。
 その一週間ほど後――。
 久枝の病状は悪化し、元也や知子に看取みとられて静かに息を引き取った。そのとき久枝は元也と知子に、
「私の骨は……故郷の海に……早く」
 こういい残したという。
 葬儀は久枝の入っていた介護施設近くの葬祭場で行われ、これには麟太郎や麻世、それに八重子や潤一、徳三など、結婚式に出た全員が参列した。
 この葬儀のあと、元也は控え室で久枝の遺言の件を麟太郎たちに話した。
「久枝さんの故郷というのは……」
 麟太郎がこう訊くと、
「島根県の出雲市から車で四十分ほどの、という、小さな港町です」
 元也は低い声で答えた。
「すると、海というのは日本海なのか」
 潤一の言葉に元也は「はい」と答え、
「湯泉津は、かつてのいわ銀山で採れた銀の積み出し港で、石見神楽という夜神楽が有名なところだと聞いています。母はその舞台で、小学生のころから横笛を吹いていたといってました」
 すらすらと言葉をつづけた。
「夜神楽の横笛を小学生のころからか……それはすごいな」
 ぽつりと麟太郎がいうと、
「残念ながら、僕の知っている故郷での母のことはそれだけで、他のことはまったくわかりません」
 苦しそうに元也はいった。
「そういえば、故郷の実家とは音信不通で、まったくおつきあいはないって前に元也さんいってましたよね」
 八重子が声を出した。
「何があったのかは知りませんが、その通りです。だから葬儀のほうもみなさん方だけというさびしいものに……父方のほうも、僕が小さいころに父が亡くなってからは疎遠状態になっていて……」
 元也は頭をたれた。
「よし、わかった」
 大声をあげたのは、徳三だ。
「葬儀が淋しかったんなら、見送りは派手にやろうじゃねえか。俺は一緒に行くぜ、その石見銀山の港によ。なあ、みんなもそうは思わねえか。麟太郎、おめえはどうだ。みんな揃って銀山の港に行って、久枝さんを見送ろうじゃねえか。賑やかによ」
 びっくりするようなことを口にした。
「むろん、行くのはいいが、元也君と知ちゃんの気持もあるだろうから。そのへんは、どうなんだろう」
 ちらりと元也を見ると、涙ぐんでいるのがわかった。
「みなさん方が行ってくれるのなら、母も喜んでくれると思います。一緒に行っていただけるなら、そんな嬉しいことは。なあ、知ちゃん」
「私もそう思います。結婚式に出席していただいたみなさんが一緒に行って見送ってくれるのなら、お義母さんもきっと喜んでくれるはずです、きっと」
 知子の声も潤んでいた。
「私も一緒に行きたいです」
 と声をあげたのは八重子だ。
「私も天涯孤独の淋しい身。死んだときには富山の海に散骨をしてもらおうと今、決心しました。むろん、大先生たちの手で」
 一気にいった。
 こんな状況で話が進み、湯泉津の海にはみんなで打ち揃って行くことになった。
「ありがとうございます。母もきっと喜んでくれると思います」
 元也と知子が深々と頭を下げた。
「あっ、そういえば」
 頭をあげた元也が、叫ぶような声をあげた。
「さっき、故郷の人間とは音信不通だといいましたが、たった一人だけ毎年、湯泉津から母に年賀状をくれていた人がいます。名前は、あれは……」
 元也は宙をにらんでから、
「確か、しらけんぞうという名の男の人で、文面はいつも『お元気ですか、頑張ってますか』というような簡単なものだったように」
「その人は、久枝さんの……」
 麟太郎の素朴な問いに、
「わかりません――そうだ、今度湯泉津に行ったとき、会ってみるという手も。そうすれば母のこともいろいろ、わかるかもしれません」
 元也は何度も一人で、うなずいていた。
 こうしてみんなが湯泉津に行くことが決まり、そしてこれは誰にも話さずにおこうということになった。話せば下町特有の風潮から、元也と知子のこれまでやら、結婚式でのあの出来事やら、いろいろなことを詮索する噂好きの人間が必ず出てくるに違いないからと……もっともいい出しっぺの徳三が、ちらっとしゃべってしまったことは確かだが。
 これが、これまでの顛末てんまつだった。
 そして、このときの麻世の様子に、暗さはまだ見えなかった。

               (つづく

プロフィール
池永 陽(いけなが・よう)
1950年愛知県豊橋市生まれ。グラフィックデザイナーを経て、コピーライターとして活躍。98年「走るジイサン」で第11回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。2006年、『雲を斬る』で第12回中山義秀文学賞を受賞する。著書に『ひらひら』などがある。

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