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車いすテニスにかける青春!『パラ・スター』著者・阿部暁子× 車いすテニス・大谷桃子 対談

車いすメーカーの新米エンジニア・山路百花と、車いすテニスプレーヤー・君島宝良。親友ふたりの葛藤と成長をそれぞれのパートで描く物語『パラ・スター』。
「本の雑誌が選ぶ2020年度文庫ベストテン」第1位に輝いた話題作の作者である阿部暁子さんと、女子車いすテニスシングルス世界ランキング5位(2021年8月現在)の大谷桃子選手のオンライン対談が実現!
 制作秘話や、大谷選手が共感したエピソードなどについて語り合ってもらった。(対談は2021年4月にオンラインで実施)

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阿部暁子さん(左)と車いすテニスプレーヤーの大谷桃子選手(右)

■「車いすに種類があるの?」から始まった物語

―― 本日はよろしくお願いします。『パラ・スター』は<side 百花><side 宝良>の2部構成で、それぞれ車いすテニスに関わる人たちの揺れ動く心情や覚悟が繊細に描写されています。阿部さんが車いすテニスを題材に作品を作ろうと思ったきっかけは何ですか?

阿部 東京2020オリンピック・パラリンピックの開催が決まった時に、パラスポーツを題材にしたいなあと思ったのが最初のきっかけです。たまたま地元で開催されたイベントでパラ陸上の元選手の講演を聴く機会があって、その中で陸上は「レーサー」、車いすテニスも、車いすバスケットボールも、それぞれ専用の車いすを使っていることを初めて知りました。恥ずかしながら「車いすに種類があるの?」から出発して、競技を調べていくうちに、私はテニスが好きだったこともあって車いすテニスに行きつきました。

大谷 小説というひとつの作品はどういう流れで作っていくんですか?

阿部 最初のアイデアというか、思いつきでぽんと種みたいなものが生まれて、そこからネチネチと考えて、枝葉を広げて、ストーリーを作っていく感じです。作品づくりのために、2019年のジャパンオープンを取材しました。私、大谷選手のファンで、現場でも遠くから姿を観たりしていて。『パラ・スター』を通して、私は車いすテニスと車いすが大好きになっちゃったんです。好きって思うと、書きたい! となります。そういう原動力があると、ストーリーを発展させていける。まだ貯蔵庫に入れたままになっている種もいっぱいあります。

―― ヒロインのひとり、宝良は交通事故で車いす生活になり、さまざまな葛藤を乗り越えて車いすテニスプレーヤーとして活躍していきます。大谷選手もインターハイ出場を経験し、その後車いすテニスプレーヤーに転向されたわけですが、読まれた感想はいかがですか?

大谷 宝良ちゃんがあまりにも自分と重なる部分が多くて、もう涙、涙で読ませていただきました。テニス選手だった宝良ちゃんが事故で脊髄損傷になって車いすテニスを初めて観た時に、「あんなの、テニスじゃない」って思ったシーンがありましたよね。私は病気で障害を負いましたが、それは私も実際に感じたことでした。自分も体験会に参加したあと、すぐに車いすテニスをやろうと思えなかったのは、自分が知っているテニスと違うと思ってしまったからなんです。そこがすごくリアルで、泣けてしょうがなかったです。

阿部 実は書く時も、書き終わってからも、ずっと怖いと思っていたんです。何が怖いかって、自分の捉え方が間違っていないか、無神経なんじゃないか、本当は何もわかってなくて書いているんじゃないかって……。踏み込んだ内容なので、ずっと心に残っていて。なので、今そう言っていただけて私も胸がいっぱいです。

大谷 私もテニスを小学生で始めて、高校ではインターハイに出場して、そのあと裏方に回ろうと思ってトレーナーを目指しながら、テニスクラブでアシスタントコーチとかをやっていました。でも、そのアシスタントコーチを始めた数カ月後に病気で車いすになって、テニスを離れることになって……。テニスだけの人生を過ごしてきたから、テニスがなくなって、本当に何をしたらいいのかわからなくなってしまった。それが原因で引きこもった時期もありました。作品を読んでいて、自分そのものだなって思っていました。

―― 阿部さん、そのシーンはどういうふうに作っていったか覚えていますか?

阿部 私、根っからの文化系でスポーツの経験がまったくないんですよ。ただ、自分にとっての小説が、たぶん宝良にとってのテニスなんだろうなと考えました。私には小説しかなくて、もし小説を書けなくなるとしたら、きっと物を考えられなくなるということだろうなと。その時に、周囲の人に「代わりにこういうのもあるよ」と言われても、「そうじゃないんだよ」ってすんなりいかない気持ちがあるだろうと思ったので、その通りに書きましたね。

大谷 私、<side百花>にある宝良ちゃんの『それができないならもう何もいらない。代用品なんか私はほしくない。こんな身体も人生もいらない。テニスができないなら何の意味も価値もないから』という言葉のところに、付箋を貼っているんです。車いす生活になって、すごく悲観的になって、このセリフをそっくり母に言っていて。八つ当たりしてしまったんです。母もやっぱりショックを受けていましたし……。あぁ、今でも泣けちゃうな。それが本当に申し訳なかったなと思うし、今は車いすテニスを頑張って結果を残すことが、その時の償いになるのかなと思っていて。辛い時はそれを考えるようにしています。

阿部 あぁ、私も泣きそうです。

■選手と一心同体・エンジニアの存在

―― 作中ではサポートする人たち、とくに選手を支える車いすメーカーのエンジニアの存在が興味深かったです。阿部さんがエンジニア側にも焦点を当てた理由を聞かせてください。

阿部 最初に言ったように、「競技ごとの車いすを作っている人がいるのか、すごいな」というところからスタートした作品で。当初は車いすを作る人だけを書く可能性もありました。でも、車いすテニスを正しく知ってもらうためには、車いすを作っている人、そして車いすテニスに励んでいる選手を両方書いて初めてちゃんとわかってもらえるのでは、という感触があって。それでこのような形の話になりました。

―― 大谷選手とエンジニアの方々の関係はどんな感じですか?

大谷 私はなんでも言わせてもらっています。それこそ自分が遠慮して、「車いすのここをこうしたい」という希望を言わず、それで結果が出なければもっと申し訳ないことになってしまうので……。とはいえ、1年目とかは担当の方のことも、自分の身体のこともまだ理解していなくて、与えられたものに乗る、という感覚のほうが強かったかもしれないです。

阿部 車いすは身体の一部だから、状態を伝えるのって難しいですよね。

大谷 難しいですね。車いすの構造をきちんと理解している選手は「ここを数ミリ長くしたほうがいいんじゃないか」って言えるんですが、私は今でもまだ「うまく回らないんだけど」とか「腰で押しているんだけど全然ついてこない」という感覚的な言い方になってしまいます。エンジニアさんはその感覚をくみ取って対応してくださるので、本当に有難いですね。作中でもそのあたりのやりとりが描写されていてリアルだなと思っていました。

阿部 私は執筆にあたって、車いすメーカー・オーエックスエンジニアリングさんの本社にお邪魔して、営業担当の安大輔さんにお話を伺いました。「一番大事なことって何ですか」って聞いたら、「どこまで懐に入れるか、ですかね」っておっしゃっていました。それを私の頭のなかで独自解釈したセリフにして、作中でエンジニアの小田切にしゃべらせたりしましたね(笑)。

 あと、『パラ・スター』の<side宝良>で、試合中に車いすが故障して、スタッフが来て直すというシーンがあるんですが、取材したジャパンオープンでそれが本当に目の前で起こったんですよ。安さんがバッグを担いで走ってコートに入ってきた。あの緊迫の場面で、何がどうなっているかもわからない状態で、瞬時に車いすの状態を見て、どうにかして試合を再開させたというのがすごく印象的でした。

大谷 試合中の車いすの故障は結構あるんです。私の場合はパンクが1回で、あと腰の樹脂系ベルトが根元から折れちゃってエンジニアさんを呼んだことがあります。その場でスペアに付け替えてもらい、しのぎました。

阿部 えっ、ベルトって折れるんですか? 書く前に聞きたかった!(笑)。ジャパンオープンで会場のリペアのところにも行きましたが、現場であんまり話かけると邪魔しちゃいそうなので、作業テント前を何回も通り過ぎながらチラ見して、ぐるぐる回って写真を撮って、すごい不審者だったと思います(笑)。車いすの調整を依頼する人、ただおしゃべりをして帰っていく人もいて、興味深かったです。

大谷 リペアのテントに来る7割は、お話がしたい人です(笑)。私は人使いが荒いので、何かあるとすぐエンジニアさんに連絡して、「いついつに来てください」ってお願いすることもあります(笑)。

阿部 そういう呼び出し方もあるんですね! それも書きたかったな~。

■主人公・宝良のモデルは実は……!?

大谷 実は対談が決まってから、ずっと先生に聞きたいことがあったんです。宝良ちゃんのテニス人生や心情の描写が「自分だ」と思ったんですけど……。

阿部 そうなんです……、実は大谷選手を宝良のモデルにさせてもらっています。

大谷 そうなんですね! やったぁ! すごくうれしいです。すごく親近感を抱きながら読んでいたんです。通っている整骨院とかあちこちに本を持って行って、ページを開いて「ここ、本当に自分に似ているんだけど、モデルは自分ですかって聞いてみていいですかね」って相談したりしていました(笑)。

阿部 大谷選手はこういう性格なのかなとか勝手に想像して。本当にすみません! 大谷選手と対談をするという話を編集担当さんからもらった時に、私の動揺の仕方が本当にすごくて。「大谷選手を宝良のモデルに勝手にしているんですけど、ぜったい怒られますよね、嫌われますよね」って。

大谷 そんなことありません(笑)。すごくうれしいです。

阿部 本当に大谷選手のおかげで書けた部分が大きいので、怒られなくてよかったです。試合を生で色々見て、印象に残る場面がたくさんあって、それが原動力になって書けたので、ありがとうございます。大谷選手のこと、本当にひたすら応援しています。これからも、世界を突き進んでいっていただきたいです。いやもう、親戚のおばちゃんみたいな気持ちになっているんですけど(笑)。

■支えてくれた人たちへ、感謝の気持ちは結果で伝えたい

―― <side宝良>のエンディングで、東京2020パラリンピックの車いすテニスの競技会場・有明テニスの森の場面が出てきます。まさに今、その大舞台に向けて練習されているところだと思いますが、最後に意気込みを聞かせていただけますか?

大谷 はい。私は前回の2016年リオ大会の時は、まだ車いすテニスをちゃんと始めていませんでした。パラリンピックの試合はYouTubeで観ていましたが、その私が、まさか4年後に東京大会を目指すことになるとは全然思っていなかったです。でも今、日本代表を狙える位置に来て、それは本当にたくさんの方が支えてくださったからこそだと実感しています。その感謝の気持ちを絶対に結果で伝えたいと思うので、メダルを獲得できるように頑張りたいと思います。

阿部 みんなで応援しています!

―― 阿部さん、大谷選手、とても貴重なお話を聞かせていただきました。本日はありがとうございました!

              荒木美晴●構成・文  text by Araki Miharu

阿部暁子(あべ あきこ)
岩手県出身、在住。2008年『いつまでも』でロマン大賞を受賞し、デビュー。著書には、『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』『戦国恋歌 眠れる覇王』『鎌倉香房メモリーズ』シリーズ、『どこよりも遠い場所にいる君へ』『また君と出会う未来のために』がある。
大谷桃子(おおたに ももこ)
1995年8月24日生まれ、栃木県出身。小学3年生からテニスを始め、高校ではインターハイに出場。2016年からは車いすテニスに転向し、2020年には初めてのグランドスラムとなる全米オープンに出場。続く全仏オープンでは女子シングルス決勝に進出した。今年の全豪オープンはベスト4。東京2020パラリンピックに初出場する。

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『パラ・スター』〈Side 百花〉(左)¥638〈Side 宝良〉(右)¥704

阿部暁子・著 集英社文庫

車いすメーカーで働く百花の夢は、親友で車いすテニス選手の宝良のために最高の競技用車いすを作ること。高校2年の時、交通事故で脊髄損傷し、車いすでの生活を余儀なくされた宝良を救ったのは、百花が勧めた車いすテニスだった。宝良が日本代表チームに選出され華々しく活躍しているのに対して、新米エンジニアの自分に焦りを感じている百花だが……。少女たちの奮闘を描く、青春スポーツ小説!

『パラ・スター』について詳しくはこちら!

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