【第10回 いきなり文庫! グランプリ】異世界ファンタジーに超大型新星、誕生か!?優秀作は、佐藤さくら『波の鼓動と風の歌』!
江口 「いきなり文庫! グランプリ」座談会、第10回を始めます。今回は佐藤さくらさんの『波の鼓動と風の歌』を優秀作に選ばせていただきました。異世界ファンタジーです。
吉田 現代の女子高生が異世界に飛ばされてしまうお話なんですが、これ、ヒロインの女子高生が異世界では〝まじりもの〟になってしまう、というところにオリジナリティを感じます。
浜本 腕と足が異形=魔物になってしまうんですよね。
吉田 そうそう。だから、異世界ではスタート時点でハンデを負っている。過酷な状況から物語が始まるんですよ。そもそも、このヒロインのナギは、女子高生である現実社会でも〝居場所〟がなかった。自分に自信が持てずにいたんです。クラスの中でも、露骨ではないにしろ、ちょっとはぶられ感があって、辛い日々を送っていた。そんな彼女が、異世界において、さらに酷い状況に陥ってしまう。そこから、ナギがどんなふうにして成長していったのか、というあたりが面白かったです。ただ、お話の全体としては、大きな物語のプロローグ、という印象が強いかな。
浜本 私も、プロローグ、という印象は同じなんですが、ナギと同時に異世界に飛ばされた女子高生が気になりました。
吉田 (北村)ありさですね。
浜本 そうです。彼女は人間の姿のままなので、ナギとは別の道を辿ったと思うんですよ。彼女のパートがもっとあってもいい。
吉田 ニアミスするシーンはあるんだけどね。直接にはありさのシーンが出てこないので、気になりますよね。高校での辛い日々、ナギに手を差し伸べてくれたのがありさで、それで一緒に異世界に飛ばされてしまう。
浜本 ありさのシーンを、物語の中にもっと散らせて欲しかった。あと、もう少しゆっくり書いてもいいんじゃないかな、という気はしました。展開がやや急ぎすぎる感じがしたんですよね。たとえば、ナギが日本の高校で感じていた孤立感や孤独感。異世界に飛ばされる前に描かれてはいるのだけど、回想シーンとかでもう少し描かれていると良かった。そうすれば、過去の彼女と、異世界で成長していく彼女の姿との対比が出たんじゃないか、と。
吉田 あぁ、確かに、そのほうが変化が際立ちますね。現実世界でも異世界でも、居場所がないところから始まるわけで、そこから変わっていくナギ、というのが読みどころだと思うので。
江口 異世界に渡っても、現実世界よりシビアな状況に置かれてしまう、〝まじりもの〟という負の状態で物語がスタートする、というところに私は新しさを感じました。この新しさは評価したい。あと、実はこれ、最初に(異世界の)世界観をあんまり説明していない。ある程度物語が進んでいくと、あぁ、こうなっているのか、とわかるようになっているんです。
吉田 ファンタジーって、世界観の設定が大事ですよね。
江口 そうなんです。異世界ファンタジーは、特殊な設定を言葉で説明しなくてはいけないので、小難しくなってしまうこともあるんですよね。漫画なら絵で見せてしまえるけど、言葉で、となると、どうしても説明に紙幅を費やさないといけない。でも、この作者は、そういう世界観は一旦置いておいて、どんどん物語に引きずりこんでいく。
吉田 いかにもな説明ではなく、ストーリーと融合させている。
浜本 少しずつ(異世界の)その全貌が見えてくる。
江口 これは、この本を出している編集部の人間としてお聞きしたいのですが、お二人は、この物語に続きがあるとして、どんな展開になって欲しいですか?
吉田 ありさは元の世界に戻れたんでしたっけ?
江口 私はそう読みました。
吉田 そうなんですね。私はありさのほうのドラマも読みたいですね。ナギとはまた違う困難があったはずなので。現実の世界ではいわゆるスクールカーストの上位にいた彼女が、異世界とどう折り合いをつけたのか、そのあたりが読みたいです。
浜本 私は、この異世界を支える「王柱」のことも気になります。
吉田 あ、私もそこは気になります!
江口 ありがとうございます。参考にさせていただきます。
江口 それでは、参考図書に移ろうと思います。異世界ファンタジーといえば、これは外せないであろう、小野不由美さんの十二国記シリーズから、『月の影 影の海』(上下巻)です。
吉田 いきなり、ラスボスが!(笑)。十二国記シリーズ、恐ろしいんですよ。一作読み始めると、全作読むまで止まらなくなってしまう。日本における中華ファンタジーの最高峰でしょう。何度読んでも読み飽きることがない。
浜本 もう本当に、すごい作品だとしか言いようがないんですが、今回、久しぶりに読み返してみて感じたのは、上巻のドライブ感ですね。圧倒的です。
吉田 慶国の麒麟(景麒)が、主人公・陽子のいる現代日本の高校に乗り込んでくるあたりから、いきなりトップギアですよね。
浜本 そうそう。その勢いのまま、景麒とともに「虚海」を渡ったはずなのに、流れ着いたのは慶国ではなく巧国で、しかも陽子は一人ぼっち。上巻では、ほぼほぼ酷い目にあうだけ、という。
吉田 安易に信じては騙され、また信じては騙される。
浜本 下巻の頭に登場する楽俊に助けられるまでは、本当に散々な目にあう。楽俊が登場してから、ようやくほっとできる。
江口 楽俊、いいですよね。
吉田 人間とネズミの間に生まれた「半獣」で、人間の言葉を解するんですよね。それまで出会った人たちに裏切られてきた陽子なので、最初は楽俊に対しても心を開かない。けれど、楽俊の誠実さに、陽子の心がほぐれていく。
江口 実は、陽子もナギと同様で、元いた場所に自分の居場所がなかったんですよね。だから、主人公が、異世界で自分の至らなさと向き合いながら成長して、居場所を獲得していく、というのは、異世界ファンタジーのオーソドックスなパターンとしてあるのかも。
吉田 それにしても、十二国記シリーズは、世界観といい、スケール感といい、物語の質といい、ちょっと他の作品の追随を許さない、みたいなところがありますよね。逆に言うと、十二国記シリーズ以降の中華ファンタジーというか、あらゆるファンタジーは、十二国記シリーズという高い山を越えなければいけない、という枷を負ってしまったような気もします。
浜本 (十二国記シリーズは)ものすごく考え抜かれて書かれているんですよね。実は小野さんの頭の中では、『魔性の子』の段階で十二国記シリーズの世界観が出来上がっていた、と。
吉田 私もそのことを知って、小野主上! とひれ伏したくなった(笑)。
江口 『魔性の子』は、十二国記シリーズで言うなら、エピソードゼロ、みたいな位置付けなんですよね。なので、もしこれから十二国記を読む、という人には、ぜひ『魔性の子』から読むことをお勧めしたい。
吉田 それにしても、十二国記シリーズはもともと講談社のX文庫ホワイトハートから刊行されたんですよね。ジュブナイルというかライトノベルというか、そういう体をとって。だから、そういうジャンルを読む、若い読者層の心の成長に必要な要素がちゃんと盛り込まれているんです。その上で、きっちりとしたエンターテインメントになっている。それは、本当にすごいことだと思う。
江口 今回参考図書にとりあげたのは新潮文庫版なんですが、これ、解説を北上(次郎)さんが書かれていて。
浜本 「一読するなりぶっ飛んだ。こんな小説、読んだことがない」と、下巻の帯にも引用されていますよね。
江口 そうなんです。解説で北上さんがこんなことを書かれています。「このシリーズは、大人の読者に、ちょっと生活に疲れているあなたに、読んでほしい。異世界で、ファンタジーで、そんなのちょっとついていけないと思うなら、余計に手に取ってほしい。私たちが忘れていたことが、ここにある。」
吉田 言いたいことが、全部書かれている(笑)。
江口 麒麟つながりというか、中華ファンタジーつながりで、篠原悠希さん『霊獣紀 獲麟の書(上)』に移りましょう。
吉田 中華ファンタジーに麒麟は、ある種〝お約束〟みたいなものなのかも。匈奴の少数部族に生まれた青年・ベイラが、未だ安定していない中華の政情に巻き込まれて、流転していきながら、成長していく。
浜本 そのベイラが、流転の途上で出会うのが、一角という赤麒麟の幼体。一角の助けを借りて成り上がっていく、というのが物語の骨子ですね。
吉田 これ、ベイラが主人公なんだよね?
浜本 いや、主人公は麒麟の一角でしょ。人間とは寿命が違って、千年とか生きるわけだから。
吉田 あぁ、それでタイトルが『霊獣紀』なのか。
浜本 うん。長命な麒麟がシリーズを通しての主人公になるんだと思う。ベイラのように、それぞれの巻に登場する人物はいると思うけど、シリーズ全体の主人公は一角じゃないかな。
吉田 あぁ、そうか、長大なシリーズの一巻として読んでもいいし、「獲麟の書」として読んでもいい、ということか。
浜本 多分、そういうことなんじゃないか、と。
吉田 これ、戦場シーンが多いのだけど、私には今ひとつ物足りない感じがしたんですよ。
浜本 あんまり印象に残らないよね。
吉田 そうなんですよ。例えば、北方(謙三)さんの『水滸伝』に登場する戦闘シーンなんて、めちゃくちゃ迫力あるじゃないですか。それに比べると、しょっちゅう戦争をしているわりに、そのシーンのイメージが弱い。「北方水滸」と比べるのは違うかもしれないけれど。
江口 北方さんは、戦闘シーンを俯瞰して書かないんですよね。戦場にいる目線で描いている。だから、臨場感が違う。
浜本 多分、作者は戦闘場面には重きを置いていなくて、そういう戦闘を経て、ベイラが誰に帰順するか、ベイラがどんなふうに成長していくのか、に重きを置いているんじゃないかな。
吉田 あぁ、なるほど。そして、ベイラが間違った道を選ばないように、一角が一助になる、と。
『十二国記』もそうなんだけど、中華ファンタジーと麒麟は、親和性がありますよね。そして、麒麟というのは、間違いを正すみたいな役割になる。麒麟、大変だなぁ(笑)。
江口 次にいきましょう。三川みのりさん『龍ノ国幻想1 神欺く皇子』です。こちらは、和風異世界ファンタジーです。
浜本 中華ファンタジーは麒麟で、和風ファンタジーは龍なんですね。
吉田 おぉ、確かに! 麒麟も龍も、どちらも神聖な存在として描かれるのだけど、和風ファンタジーには麒麟ではなくて龍!
江口 中華ファンタジーと麒麟に親和性があるように、和風ファンタジーと龍に親和性があるのは、日本が川の国だからではないでしょうか。広くない国土で、山から海へと川がわりとすぐに流れている。暴れ川のメタファーとしての龍ないし蛇ですね。川の治水が、古代の為政者の役割だったわけです。だから、出雲神話からの流れは、龍に結びつく。これ、私論なんですけど。
浜本 それは説得力ありますね。
吉田 「千と千尋の神隠し」も龍だ!
江口 なので、和風ファンタジーで「龍の国」という設定はすごくいいと思います。
吉田 これ、帯にも書かれているので話しても構わないと思うのですが、男女逆転の話なんですよね。舞台となっている「龍ノ原」では、女性は龍の声を聞くことができる、という設定です。ただ、その能力を持たずに生まれた女性たちは、異端として、人知れず闇に葬られてしまう。その理不尽に、女性なのに皇子として生きることで立ち向かうのが、主人公の日織。
浜本 男女逆転ものというのは、ともすれば無理があるように感じられてしまうこともあるんですが、これはちゃんと説明されていて、読んでいて納得しました。説得力がある。
吉田 これ、何巻まで出ているんですか?
江口 最新刊は第六巻で、9月に刊行されています。
吉田 人気シリーズなんですね。
浜本 今回読んだのは第一巻ですが、続きが読みたくなりました。
吉田 同じくです。日織と二人の妻たちが、これからどんな運命を辿るのか気になります。あと、本筋とは関係ないのですが、触れておきたいのが、ファンタジーの文庫における表紙イラストについて。今回とりあげた4冊すべてに当てはまることなんですが、イラストの持つ力ってすごくないですか? どれも喚起力が強い。とりわけ、日織が表紙の『龍ノ国幻想』は、書店でもぱっと目を引くと思う。
浜本 イラストの力はもちろんすごいと思うんですが、私は逆にイメージが限定されてしまう気もします。自分が想像する余地を残したい。
吉田 あぁ……。
江口 表紙で敬遠してしまうこともありえますよね。そもそもファンタジーにはついていけない、という人もいるでしょうし、絵空事でしょ、みたいな感じで手を出さない人もいる。でも、だからこそ、その絵空事のなかにリアリティを感じさせる作品があることをもっと知ってほしいし、そういう作品を書くことのすごさも知られてほしいです。
吉田 幼い頃は「昔々、あるところに~」というお話を聞いて育ったのだから、ファンタジーを読む素地は誰にでもあるとは思うんですよ、だから、臆さずに手を出してみて、と言いたい。
江口 そろそろまとめに入りましょう。『波の鼓動と風の音』をグランプリの本選候補にするか、どうか。
浜本 候補に残す、でいいと思います。
吉田 同じくです。
江口 私も残したいと思いますので、全員一致ということで『波の鼓動と風の音』をグランプリ候補とします。
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