【第11回 いきなり文庫! グランプリ】今回の優秀作は時代小説! 辻井南青紀『主君押込 城なき殿の闘い』
江口 「いきなり文庫! グランプリ」座談会、第11回です。今回優秀作に選ばせていただいたのは辻井南青紀さんの『主君押込 城なき殿の闘い』です。大名家のお家騒動ものなんですが、予想外の展開が実に面白い。
浜本 私も面白く読んだんですが、飯山藩の筆頭家老・田辺斎宮が、主君である本多重元を押込なければいけなかった理由が、今ひとつクリアになっていないように感じました。主君押込というのは一大事なので、相応の理由があったはずだと思うのですが、そこに至るまでの過程が描かれていない。
吉田 正月の主君にお目見えする時に、田辺が家臣一同に出仕はするな、というところから始まるんですが、ちょっといきなり感はありますよね。出仕を禁じた理由が詳らかにされていない。
浜本 後で説明されるのかなと思っていたんですが、説明されない。それに加えて、この田辺がわかりやすい悪役ではないんですよね。
吉田 あぁ、それは確かに。
浜本 田辺も国のことを考えて立ち上がっている、という設定なんですよ。でも、それにしては、重元がどういう悪政を行ったのか、何が悪かったのかということが描かれていない。田辺が私利私欲のためにとか、権力欲のために主君押込をした、というのならわかるんですが、田辺は田辺で、善人寄りのキャラに描かれている。
江口 背景には、藩の財政破綻があって、それをどうやって建て直すかというあたりで、重元と田辺の間に確執があったのかな、と類推できますが……。
浜本 読み進んでいくと、田辺は藩の財政難を解決するために大坂城代である藤堂盛政を頼る。それは実質、藩を身売りするのに近いことでもあるんですよね。そのあたりの田辺の方針が、水面下で重元と衝突したのかも、とわかるんですが。時代小説としては、もっとはっきりと敵役として描いた方が良かったのでは、と思いました。
吉田 「越後屋、お主も悪よのう」みたいな悪どいキャラじゃないんですよね。ただ、私は、作者は押込られたその後に物語の主眼があったと思いました。だから、押込に至るまでの詳細はさっと流しているのも、それほどには違和感がなかった。ただ、その後の詳細はここでは語れないという(笑)。
浜本 押込られた主君のその後の話がメインなんだけど、そこは帯にも表四のあらすじにも書かれていない。
江口 作り手側は、敢えて隠していると思うんですよ。なので、その後どうなるのかに触れてしまうのはルール違反なのかな、と。
吉田 そこを語りたいのに! その後に至るまでは語っていいのかな?
浜本 そこは流石にいいんじゃないですかね。ただ、後半の読ませどころが始まるまでは、割とむちゃくちゃな話なんですよね。
吉田 押込られた主君が助け出すのが郡方の大竹五郎左衛門で、この五郎左衛門との逃避行の展開が割とワイルド(笑)。
浜本 重元が山育ちだから山に詳しいとか、ちょっとご都合主義なところもあるんだけど、重元がここで死んでしまったら話が進まないので、それはしょうがない。
吉田 うん。
江口 帯に「城を失った主君と家臣。その驚くべき逆転劇」と書かれてはいるんですが、その逆転劇の中身には触れられていない。この本の妙味はその逆転劇にあるんですが、そこに触れてしまうと、これからこの本を読む読者の興を殺ぐことになりかねない。
浜本 その逆転劇が鮮やかである、とだけは言えるけど。
吉田 そうそう。時代小説とこれを組み合わせたのか、という驚きがありますよね。あー、ちょっとだけ語る、というのもダメ?
江口 丁重に却下させていただきます(笑)。
浜本 私は、五郎左衛門の妻・なおが良かったですね。夫を信じて、田辺側の圧力に屈しない。
吉田 あぁ、なおはいいですよね。背筋が伸びている感じがいい。
浜本 個人的には、なおにキャラクター賞をあげたい。
吉田 私は、五郎左衛門の師匠でもあり、五郎左衛門を信じて待つ、なおの心の支えにもなった鉄斎が良かったな。
浜本 時代小説には、こういう鉄斎のようなキャラクターが脇を固めることが多いですよね。
吉田 個人的に、鉄斎には舞踏家で役者でもある田中 泯を当てこんで読みました。
江口 私は、重元と五郎左衛門という主従の冒険小説、という側面もあるな、と思って楽しく読みました。あと、改めて飯山藩が二万石の大名、という設定も考え抜かれているな、と。
浜本 あぁ、わかります。二万石クラスだと、常に幕府の顔色を窺っていないと潰されちゃったり、いつ改易になるかわからないですからね。
江口 石高の話が出たところで、参考図書に移りましょう。千野隆司さん『おれは一万石』。二万石の飯山藩よりさらに弱小大名である一万石、下総高岡藩のお話です。これ、タイトルがいいですよね。
吉田 表四に「一俵でも禄高が減れば旗本に格下げになる」と書かれていて、一万石というのがどれだけぎりぎりなのかがわかりますよね。主人公は、その下総高岡藩に婿入りすることとなった十七歳の竹腰正紀。ざっくり言うと、この正紀と、正紀の婿入りに反対する勢力との物語。
江口 広い意味では、これもお家騒動ものかな、と。
吉田 正紀、最初はちょっと頼りないというか、ぼやっとしているんですよ。ぼんくら風味。
浜本 まだ十七歳だしね。婿入りの話にしても、次男坊の身としては受けざるを得ないんだけど、何しろ相手は一万石で、尾張徳川家の御連枝という血筋である正紀にとっては、おいしい話ではない。
吉田 それが、たまたま、堤防の普請を嘆願しにきた下総の小浮村の名主の息子と出会い、堤防の普請のため奔走することに。このことが正紀の転機になる。一万石というぎりぎり大名家とはいえ、一国の藩主になることで、成長していく姿が描かれている。
浜本 うん。だからこれは、成長小説、青春小説でもあるんですよね。
吉田 そこが読んでいてすごくいいですよね。正紀の婿入りを阻む、はっきりとした悪役もいるし。
浜本 ただ、その悪役の動機がちょっとね。国のことを本当に考えているとは思えないというか、ちょっと安っぽい。
江口 この悪役って、現代の会社にもいそうなキャラなんですよね。
浜本 あぁ、それは確かに(笑)。
吉田 これ、シリーズものの第一巻としても、すごくよく考え抜かれていると思う。この先を読みたいと思わせる塩梅とか、絶妙です。
江口 シリーズ最新刊は22巻で、それだけ続いているということは、多くの固定ファンから支持されているという証ですよね。
浜本 22巻はすごい! それだけ続くというのは、主人公のキャラクターがしっかりしているからなんでしょうね。お家騒動とか、なにか事件が起こってどうこうというよりも、主人公のキャラクターに読者が惚れ込んでいくからこそ、長いシリーズものになっていくんだと思います。
吉田 以前のこの座談会で、武家社会を描く時代小説に必要なものは、清潔感では、と話しました。その最たるものが藤沢周平作品だ、と。本書には、その藤沢作品に通じる清潔感があると思います。その清潔感もシリーズの長期化を支えている気がします。
江口 あぁ、それは大いにあると思います。私、このシリーズ、追いかけているんです。いつまでも読んでいたいんですよね。
浜本 わかります。これは、面白い。
江口 シリーズものの話になったところで、時代小説のシリーズといえば、これを取り上げないわけにはいきません。今村翔吾さんの『火喰鳥』、羽州ぼろ鳶組シリーズの第一巻です。これが出た時は、インパクトありましたよね。
吉田 武家火消しをテーマにしたところが、斬新でした。火事と喧嘩は江戸の華、というくらいで、江戸では火事が頻発するんですが、火消しといえば町火消しのイメージだったのが、このぼろ鳶組で、そのイメージが一新された。『火喰鳥』は、シリーズ一巻目なので、ぼろ鳶組のメンバーを集めていく話になっています。
江口 たとえが合ってるかわかりませんが、戦隊ものでいう、五人集まってゴレンジャーみたいな、メンバーが揃うまでの壮大なプロローグ的な意味を持つ一巻めですよね。今村さんは、時代小説のトップランナーの一人だ、と私は勝手に思っています。特に『ONE PIECE』世代の時代小説を代表している気がしますね。
浜本 トップランナーですよね。
吉田 武家火消しだから、武家社会の話かと思いきや、市井の人情話にしているところも心憎い感じです。
江口 そうなんです。話の進め方が、その人になんでこのあだ名がついているのか、というのをちゃんと描いていて、読者を引き込んでいく。
浜本 外連味があるんですよね。それがすごく効いている。
吉田 そう、そう。随所にぐっとくる言葉が出てきて、そこも痺れます。「人は心さえ決めれば何度でもやり直せる」とかね。今日びのこのご時世に、この言葉は沁みる。今村さんの作品に通底するものだと思うのだけど、それぞれの物語の芯に、人生へのエールみたいなものを感じるんです。この、羽州ぼろ鳶組シリーズは、それがとりわけ顕著な気がします。
浜本 そこ、大事ですよね。そのあたりも、人気シリーズになる一因だと思う。あと、江戸の火事、という題材も、シリーズ化に向いていた。
吉田 うん、うん。あと、読みやすいんですよね、今村さんの作品は。何を読んでも抜群にリーダビリティが高い。
江口 そもそも「ぼろ鳶」というネーミングセンスもいいんですよね。このセンスは、今村さんの作品に共通して言えることだと思うんですが。
浜本 どうして「ぼろ鳶」なのかちゃんと説明されていて、「火喰鳥」もそう。タイトルにも意味がある。
江口 シリーズ全てタイトルに意味があって、それがちゃんと物語に落とし込まれているというのがすごいですよね。
吉田 あと、華がありますよね。物語にも作者の今村さん自身にも。強い!(笑)
江口 次の参考図書に移ります。岡本綺堂ばりに闇を感じさせるシリーズになっています。あさのあつこさん『野火、奔る』。これは「弥勒」シリーズの最新刊です。他の参考図書はシリーズ第一巻なのに、こちらをあえて最新刊にしたのは、北上さんが「シリーズものは最新刊を読め」とおっしゃっていたからです。最新刊を読んで面白かったら、そこから遡ればいい、と。
吉田 北上さん、昔は「シリーズ六巻めまでなら遡れる(から、一巻めから読む)」と言っていたんですよ。でも、ここ数年は、まずは最新刊から読む方式に。最新刊はその作家の一番新しい側面が出ているのだから、その作家の〝今〟がわかる、と。
浜本 それまでは、未読のシリーズを勧められると、必ず「今、何巻まで出てる?」と確認してたんですよ。それで、五巻とか六巻なら「よし、遡れる!」と。
吉田 そういうところは律儀に守ってましたよね。でも、最新刊を読む方式に変えてから、それまでは遡れなかったシリーズも読めるんだよ! と嬉しそうでしたよね。私、『野火、奔る』を読みながら、あさのさんの『バッテリー』を思い出していたんです。『バッテリー』が光のバディものだとしたら、こちらは陰のバディものだな、と。
江口 あ、それはちょっと面白い視点ですね。
吉田 同心・木暮信次郎と、元刺客の商人・遠野屋清之介。この二人のバディものとも読めるな、と。でも、暗いんですよ、このバディが、また。信次郎にいたっては、得体が知れないところもあって。
浜本 こいつは何者だ? という感じを最初から最後まで読者に抱かせる。
吉田 善人なのか悪人なのか、判断がつかない。信次郎についている、岡っ引きの伊佐治という親分がいるのだけど、この伊佐治のキャラに救われる感じですよね。
浜本 伊佐治によって、信次郎と清之介の関係性を読者に伝えている。
江口 このシリーズを支えているのは、伊佐治だと私は思っています。たとえるなら、信次郎はモーツァルトなんですよね。伊佐治がサリエリ。天才は内面を描きづらいものですから……。
吉田 おぉ、わかりやすい! 確かに、信次郎、めちゃくちゃ切れ者なんですよね。でも、得体は知れない。
浜本 友だちにはなりたくないよね。
吉田 うん、うん(笑)。
江口 このシリーズは、女性陣がいいんですよね。
浜本 伊佐治の奥さんもいい。
吉田 遠野屋の女中頭のおみつも、静之介の義理の母おしのもいい。この「弥勒」シリーズを読んで思ったのは、時代小説って、読み手を広くカバーするジャンルなんだな、ということ。懐が深くて、間口も広い。だから、『主君押込』みたいな物語も出てくるんだな、と。
浜本 まだまだ色んなアプローチができる、と。
吉田 そう、そう。
江口 話が最初に戻ったところで、『主君押込』を最終候補に残すかどうか。どうでしょうか。書き下ろし時代小説に、この手があったか! という驚きを与えてくれたことを、私は高く評価したいと思うんですが。
吉田 私も面白く読んだので、最終候補に残したいです。
浜本 同じくです。
江口 それでは、辻井南青紀さん『主君押込 城なき殿の戦い』をグランプリ候補とします。
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