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【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った

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5月21日に集英社文庫から岩井三四二さんの『鶴は戦火の空を舞った』が発売されました。 近代を舞台にした歴史時代小説の新地平! この日本の戦闘機パイロットの最初期を描いた、胸が熱く…
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【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った 第一章 6/岩井三四二

(第一章 死と隣り合わせの任務 ) 六  桜がちらほらと咲きはじめた三月二十八日、英彦たちは朝六時に滑走路前に並んでいた。 「用意はよいか」  飛行服に身をかためた徳川大尉が、英彦たちを見ながら声をかける。英彦たちは真っ先に駆け出そうと、右足を半歩前に出していた。  滑走路には、すでに点検を終えた会式機二機とブレリオ機が置かれ、整備員たちがまわりを取り巻いている。 「では、かかれ!」  大尉の声で、英彦と八の字髭の木村中尉がまず駆け出した。徳田中尉と武田少尉がそれにつづ

【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った 第一章 5/岩井三四二

(第一章 死と隣り合わせの任務 ) 五  明けて大正二(一九一三)年の正月──。  英彦は亜希子とともに、年賀のため麻布の実家を訪れていた。 「しかし飛行機ちゅうのは、危なくないか」  床の間を背にした父が、ほぼ真っ白になった鼻の下のカイゼル髭をひねりつつ問う。英彦は答えた。 「危ないといえば危ないのですが、そこはなんとか注意を払って乗り切るしかないです。機体と発動機の整備を念入りにやって、気象の悪いときには無理に飛ばないようにすれば、そこまで危険なものではありません」

【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った 第一章 4/岩井三四二

(第一章 死と隣り合わせの任務 ) 四  陸軍は毎年秋に、国内の一カ所をえらんで特別大演習をおこなう。  大正元年秋の特別大演習は、天皇陛下を大元帥として埼玉県川越町の仮設大本営にお迎えし、近衛、第一師団などを南軍、第十三、第十四師団などを北軍として実施された。  第一師団などの南軍は相模方面から北上し、第十三師団などの北軍は加茂の宮、粕壁の線に防備をかためている、との設定で、川越、所沢、立川を会戦地として、合わせて五万人ほどの兵で攻守を競うのである。  研究会の飛行機

【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った 第一章 3/岩井三四二

(第一章 死と隣り合わせの任務) 三 「このグノーム式発動機というのは、ちょっと変わった構造になっている」  その新しい教官は、訓練生たちをファルマン機の横に立たせて、発動機を指さしながら言った。 「気筒が七つ、星形についているだろう。このひとつひとつにピストンがあり、中央のクランク軸につながっている。ああ、発動機ってのは、この気筒の中で爆発が起きてピストンが上下動し、その動きでクランク軸を回す仕組みになっている。それは習ったかな」  教官の問いかけに、訓練生たちは硬

【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った 第一章 2/岩井三四二

(第一章 死と隣り合わせの任務 ) 二  翌朝、英彦は所沢の飛行場にほど近い借家で目覚めると、布団の上で腹筋運動をはじめた。朝と寝る前の日課である。  百回を終えたところで腕立て伏せにうつり、五十回をこなしてから、片手腕立て伏せを左右それぞれ十回ずつ。朝の仕度にかかるのはそれが終わってからだ。  新婚当時、妻の亜希子から、 「どうしてそんなに熱心に体を鍛えるの」  と訊かれたものだが、 「なにごとも常に向上するようつとめるのは、軍人として当たり前のことだからな」  と答

【刊行直前特別連載!】鶴は戦火の空を舞った 第一章 1/岩井三四二

第一章 死と隣り合わせの任務 一  埼玉県の所沢には、陸軍が造った“日本初”の飛行場がある。  もともと芋畑だった二十三万坪の敷地の中に幅五十メートル、長さ四百メートルほどの滑走路をそなえ、三階建ての気象観測所や格納庫、兵舎なども設けられている。  ここには五機の飛行機がおいてあるが、そのうちの一機、アンリ・ファルマン式飛行機がいま、滑走路に引き出されていた。 「やっぱり凧のお化けとしか思えねえな」  陸軍“初”の操縦訓練生である錦織英彦工兵中尉は、いまだにそういう感想