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あんなに好きだった文章を書くこと、今はこんなに難しい

ご無沙汰しております。

ここのところ文章が書けなくなって、ブログも何もかも更新せずにいました。うまく文章が書けなくなったのは、うまくしゃべれなくなったからです。ネットのわたしはうまく書けないし、リアルのわたしはうまくしゃべれません。

これは自分にとってショックな出来事でした。小さい頃から読むのも書くのもしゃべるのも得意だったからです。まとまった文章を書けることや、人前で堂々と話せることは、あまり自信がない自分の中でも、少なからず自信を持っている部分でした。

ところが、ある時から頭の中で言葉がまとまらなくなり、同じところをグルグルグルグルするようになりました。言葉の認識力がどんどん下がり、世界がどんどんぼやけていきました。いきましたというか、今もそうです。得意だったことがうまくできなくなると、自分が自分じゃないような気がしてきます。なんだか居心地が悪いです。

では、なぜうまくできなくなってしまったのか。それは鬱だからです。

鬱といっても、べつに死にたいわけではありません。自殺未遂もしないし、自傷行為もしません。薬ものみません。暴れたり、泣きわめいたりもしません。ただ、四六時中体がだるくて、頭がぼんやりして、気力や体力や根性などのあらゆるキャパシティが狭まっているだけです。

つまり、どちらかというとフィジカルな問題です。もちろん原因はメンタルにあるのでしょうが、わたしはもとより情緒不安定なので、精神状態が悪いのはまあ通常運転というか、自分で自分をハッキリ「鬱だ」と認識しているのはほとんど身体的な問題についてです(「身体的な問題」には、脳の働き、つまり思考回路がバグっていることも含みます。これは一見精神的な問題に見えるかもしれませんが、ハイパー鬱状態の時は明らかに思考回路がおかしいのです。なんというか、とにかく物理的に)。

なかには、そんなの鬱じゃない、と思われる方がいらっしゃるかもしれません。わたしも正直わかりません(自律神経の問題という説もあります。わたしの中で)。厳密に言えば、わたしの症状はうつ病とも躁鬱とも新型うつとも発達障害ともADHDとも違う気がしています。じゃあ何なのか?それがわかりません。ただずっと何かが不調なのは確かで、それを伝えるのにちょうどいい言葉が「鬱」しかないので、暫定的に「鬱」と呼んでいます。そのあたりご容赦くださいネ。

で、話を戻すと、とにかくそういった「鬱」い状態が、言語能力に作用しているということです。

これは「鬱」になってから感じるようになったことのひとつですが、言語ってメッセージの解像度が高すぎると思いませんか。言ってみれば、言語は「思い」の一次情報ですよね。人間は(っていうと主語デカいかも、少なくともわたしは)言語で思考するからです。わたしにとって言語を話すということは、頭の中の思考を取り出して人に見せることとほぼ同一です。

そう考えると、「鬱」状態の時にうまく言葉が出てこないのにも合点がいきます。大元の思考回路がバグっているんです。ソースがガタガタなんですから、そりゃ一次情報も二次情報もガタガタです。正常に「考える」=「思い」を言語化する、ことができなければ、当然、スムーズに言葉を発信する(書くあるいはしゃべる)こともできません。

一方で、絵や音楽やダンスなどの芸術は、言語の婉曲表現であると思います。言語が「思い」の一次情報だとすれば、芸術は二次情報です。わたしの解釈ではこのような感じです。

思い
↓(言語化)
言葉
↓(昇華)
芸術

うまくしゃべれなくなったわたしは、絵を描くことが前よりも好きになりました。なんとなくでしゃべることは難しいですが、なんとなくで描くことはできます。感情の言語化を緻密にやる必要がないからです。絵は、そもそも解像度の低い伝達手段です。絶対にこれを伝えたいと思って描いても、相手がその通りに感じ取ってくれるかはわかりません。反対に、こちらが全く意図しなかったことを(良くも悪くも)感じ取ってもらえる場合もあります。今はそういう余白がかえって心地良いです。だから最近は絵ばかり描いていました。

とはいえ、わたしは25年の人生の中で、23年くらいは言葉のことを好きでした。言葉を勉強するための大学にも行きました。だからいつかはまた、書くことや話すことを好きになりたいです。そういうわけで久しぶりにブログを書いてみました。相変わらずわたしは思考回路がバグっている(たぶん)ので、この文章がちゃんと書けているのかどうかもよくわかりません。これ大丈夫かな? 大丈夫だよね?(??)でも絵を描くときのように、しばらくはつれづれなるままに、心にうつりゆくよしなしごとを、思うがままに、書いてみたいと思います。面白いかどうかはわかりませんが、これは古来より伝わる随筆という手法です。よろしければまたお付き合いください。どうぞお手柔らかに。

秋の夜長に 🦖

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