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デートをタバコで休憩すんな

タブチさんについて知っていることは少ない。美大出身。メカの絵がうまい。弟がいる。煙草を吸う。なんの仕事をしているのかはよくわからない。

タブチさんとはTwitterで知り合った。当時わたしは女子高生で、タブチさんは怪しい社会人(推定)だった。過去に書いた日記によると、彼とはじめてリプライ以上のコンタクトを取ったのは電話らしい。わたしはそのことをまったく覚えていないが、過去のわたしはこのように述べている。

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今、大丈夫やった? 急にごめんなぁ。関西っぽい訛りだった。いい声だと褒めたら、むかしアナウンスのバイトをしていたと教えてくれた。え〜、みなさま〜、本日はご来場いただき、誠にありがとうございま〜す……と、実演もしてくれた(ウケる)。なぜ美大に行ったのか聞くと、おばあちゃんが「あんたは絵が上手いねぇ」って褒めてくれたから、と言っていた。最近は、どこかの壁に絵を描く仕事をしたらしい。そういうとりとめもない話を、3時間くらいした。夜勤明けらしく、彼は電話をしている最中に眠った。

印象的だった発言:「俺、人間の一番人間らしいときってさ、食べてるときと、寝てるときと、ヤってるときだと思うんだよね。この、三代欲求のとき。すごく動物的というか、見ていて面白いなぁと思う」

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写真見せてー、と言われたので、かなり緊張しながらプリクラを送った(わかものよ、当時もっとも盛れる写真はプリクラだったのだ)。いいんじゃない?、みたいな反応だったと思う。リアルに「そう」なのでちょっと傷ついた。そこはお世辞のひとつでも言えよって感じだ。

そんなタブチさんであったが、後日なりゆきで会うことになった。下北沢の(今となっては変わり果てた)マックの方の改札で約束した。タブチさんはたしか寝坊して、数時間遅刻してきた。このあたりからもうすでに、怪しい社会人感が出ているが。

初めて見るタブチさんは、いかにも「美術やってるひと」みたいな格好をしていた。どこかエスニックな雰囲気のTシャツと、だぼっとしたサルエルパンツ(そういうのが流行っていた)、ニット帽をかぶっていた。並んで歩くとふんわりお香の匂いがした。いい匂いがする、と言うと、煙草吸ってるから、と彼は答えた。

それは平安時代の貴族とかがやってた手法だ、と思った。

なんとなくカラオケに行って、お互いに好きな歌を歌った。当時(今もだけど)ロック狂いだったこのわたしが、自分が何を歌ったのかも、タブチさんが何を歌ったのかもいっさい覚えていない。だからあんまり印象的なことはなかったんだと思う。ただひとつだけ覚えているのは、タブチさんはあまり歌詞やメロディをわかっていなくて、不明瞭なところがあると「ららら〜♪」でごまかすということ。それもあまりに堂々と、むしろ気持ちよさそうにごまかすのだ。なるほど、そういうのもアリなんだ。わたしはひとつ学んだ。

そのあとごはんを食べた。べつに禁煙じゃなかったんだけど、タブチさんはちょっと煙草吸ってくるワ、と行ってわざわざ入り口のほうにある灰皿のところまで吸いに行った。わたしは遠くからそのようすを眺めた。タブチさんは煙草を吸いながらTwitterしていた。

そういえばデート(っぽいこと)をしている相手が、煙草を吸うために離席するのは初めての経験だった。そのことに気づくと、とつぜん寂しい気持ちになった。タブチさんは5分くらいして戻ってきた。ふつうにおしゃべりして、パスタを食べて、最後にまた煙草吸ってくる、と言って灰皿のところまで行った。やっぱりTwitterをしながら煙草を吸っていた。

あれは彼にとってどういう時間なんだろう。休憩みたいな感じか。休憩ってなんのだ? わたしと喋ることの休憩か。

店を出ても、まだ少し時間があった。どこか行きたいところある、と聞かれたので、本屋に行きたいと答えた。わたしはひとと本屋に行くのが好きだ。一緒に店内を見て回って、そのひとの「これ面白いよ」とか「これ読んでみたいんだよね」を聞くのが好きなのだ。サブカル女なので、音楽の趣味と本の趣味で人間を見極めている。東野圭吾が好きな男と、森博嗣が好きな男と、浅野いにおが好きな男ではぜんぜんわけが違うのだ。

だから例の遊べる本屋に行ったのだが、タブチさんは入るなりふらふらっとどこかへ行ってしまった。わたしはあわてて追いかける。やっと追いついたと思うと、またすぐにふらふらっとはぐれていってしまう。

それで気づいた。これは……完全に別行動されている。

立ち止まると、タブチさんはどこかへ行ってしまった。ご存知の方も多いと思うが、サブカルの聖地・下北沢のヴィレッジ○ァンガードは迷子になるくらい広いのである。

わたしはとつぜんかなしくなって、そっと駅へ向かった。ちょうど快速に乗ったころ、タブチさんから「俺、見終わったけど、どこにいる?」と連絡が来ていた。

疲れたので、先に帰ります。さようなら。

すこし申し訳ない気もしたけど、ああいうひとだ、たぶん「そうなんだ」くらいの感じだろう。で、案の定そうだった。「またね〜✋」と軽い連絡が来た。携帯を閉じて、溜息をついた。なんか、すごく疲れた。怪しいひとだったな。たぶん、ものすごく「マイペース」なんだろう。

悪いひとじゃなかったと思うけど、(いかなる関係においても)あまりじょうずに付き合えなさそうな感じがしたので、あれから一度も会っていない。でも、たまに思い出すひとのひとりだ。彼はいまどうしているだろう?

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