#006 経済学的センスの重要性

先日来、ある企業の依頼で若手社員に向けて「独学の技術」の講座をやっています。前回のお題は「経済学」だったのですが、文字起こしがわかりやすい内容になっているのでこちらで公開します。

以下が講義内容になります。
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経済学を学ぶ意味合いについて、世の中一般でよく言われるのは「社会人としての常識だから」とか「世の中の仕組みが理解できるから」といったことなのですが、僕自身は、そういった「教養としての経済学の知識」について、その有用性を否定はしないものの、副次的なものでしかないと感じています。

ことビジネスパーソンが「知的戦闘能力を上げる」という目的に照らして、経済学を学ぶことの意味合いを考えてみれば、そこには大きく二つのポイントがあります。

まずは一つ目のポイント。質問ですが、ビジネスには当然ながら競争という側面があるわけですが、ではその競争の「ルール」は誰が規定していると思いますか?

生徒:公正取引委員会?

確かに、公正取引委員会はいくつかのルールを規定していますが、基本的な仕事は不当な競争をするプレイヤーを摘発するのが仕事ですね。他にありますか?

生徒:市場?

おお、正解。実は、ビジネスにおける競争のルールを規定しているのは市場なんです。市場という、人間が生み出したものが、人間とは個別に勝手にルールを生み出してしまう。そしてこのルールに人間は縛られるわけです。

これをマルクスは「疎外」と呼びました。疎外という言葉は聞いたことがあると思いますが、別にそんなに複雑な概念ではありません。人が作ったものとが、作り主である人から離れて、コントロールできないものになってしまう。よそよそしくなってしまうことです。

さて、人がコントロールできないものというと、他にどんなものがありますか?

生徒:天気

そうだね、天気はコントロールできないですね。他には?

生徒:女性の心

おおお!いいね、その答え。確かに人の心もコントロールできません。この講座では次回に心理学をやりますけれども、天気については自然科学が、異性の心については心理学がこれを対象とするように、市場を対象として研究するのが「経済学」ということになります。

おしなべて学問というのは全てそうですが、人がコントロールできないもの、独自の振る舞いをするものについて、そのシステムが全体としてどのような振る舞うのかを研究するわけです。

経済学は中でも「市場がどのように振る舞うか」を研究するわけで、これがビジネスのルールを理解する上ではたいへん重要だということがよくわかるでしょう?

ハーバード大学のマイケル・ポーターという先生がいますね。この人は「競争の戦略」という、競争戦略の定番テキストを書いたことで大変有名なわけですが、この「競争の戦略」という本は、基本的に経済学の、それも産業組織論の枠組みを用いて書かれています。

マイケル・ポーターという人は、もともと経済学で博士号を取っています。経営戦略の大家なので経営学の博士だと思っている人が多いと思いますが、そうではないんですね。

経済学では「厚生の最大化」を目指します。簡単に言えば、市場に健全な競争が行われて、誰もが良いものを安く買えるような社会を「良い社会」と考え、これを阻害する要因を排除することを考えます。つまり、どのようにすれば、一社が独占的に市場を支配し、新陳代謝が起こらないような状況を避けられるかということを考えるわけです。

しかしこれをひっくり返してみて、市場に参加しているプレイヤーの側から考えてみるとどうなるか。一社が独占的に市場を支配し、新陳代謝が起こらないような状況というのは、まさしく理想的な状況なわけですね。

つまりポーターという人は、経済学でずっとやってきた研究を裏返しにして、それをそのまま経営学の世界に持ち込んだということなんです。このような事実を知れば、いかに経済学を学ぶことが、ビジネスの世界における知的戦闘能力の向上に繋がるかはよくわかってもらえると思います。

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