適応戦略 想定外の出来事をポジティブに取り込んで「人生の計画」を修正する

少し前のNOTEの記事で、ライフ・サイクル・カーブのコンセプトに基づいて、人生のマスタープランを俯瞰的に描き、長期的な人生の戦略計画を描くことの重要性について説明しました。

しかしとはいえ、キャリアは当初立てた戦略計画に基づいて進行していくものではなく、さまざまな偶然によって紡がれていくということもまた確かパです。こちらについて、過去にプランド・ハップンスタンスの理論をもとに説明しました。

両者を統合すれば「ライフ・マネジメント・ストラテジーの実践においては、長期のマスタープランを策定することは重要だが、一方で、実践の過程で立ち現れてくる偶然のもたらす機会もまた重要だ」ということになります。

人生は「適応戦略的ゲーム」

これを概念化してみれば、人生は「適応戦略的ゲーム」だということになります。適応戦略とは、企業や組織が、固定された戦略や計画に固執するのではなく、事業推進にともなって立ち現れてくる機会や脅威に適応するために、柔軟に対応し、資源配分を調整することで目標を達成するという考え方です。

適応戦略の重要性を最初に指摘した経営学者がヘンリー・ミンツバーグでした。ミンツバーグは、マイケル・ポーターに代表されるポジショニング理論があまりにも固定的で静的であり、予測できない変化がさまざまに起こる今日の企業環境には適用しにくいと批判し、そのカウンターとなる戦略コンセプトとして適応戦略の重要性を訴えました。

実際のところ、企業の環境変化の度合いは産業によってかなり異なる側面があるので、ポーターに代表されるポジショニング理論とミンツバーグが唱える適応戦略の理論とでは、企業ごと、産業ごとに応じてその有用性は変わってきます。

しかし、これを「人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジー」に当てはめるのであれば、これからの時代に環境変化の影響から逃れられる人はいないわけですから、私たちはすべからく適応戦略の考え方に基づいて、人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーを柔軟に変更していくことが求められます。

計画の策定・実行・修正を織り交ぜる

さて、このような指摘に対して、読者の皆さんは「計画があって、実行があって、評価があって、適応がある」という、実験計画法のようなメカニカルなシークエンスをイメージされたかもしれませんが、実際の適応戦略はそのように秩序だったものではなく、それらすべての要素が同時進行的に起きているというイメージに近いと考えてください。

スタンフォード大学教授のキャスリーン・M・アイゼンハートとベナム・N・タブリージが、米国、欧州、アジアのコンピューターメーカー36社による72の製品開発プロジェクトに関する調査をおこなったところ、イノベーティブなプロダクトやサービスを生み出すことに成功したチームほど、計画段階にかける時間が少なく、実行段階にかける時間が長い傾向があることが判明しています。

私たちは一般に、事前の計画が、ディテールに至るまで考慮され、綿密で詳細なものであればあるほど、プロジェクトはスムーズに進むと考えてしまいがちですが、実証研究の結果はその真逆で、事前の計画に時間を費やせば費やすほど、プロジェクトの進行は遅くなり、プロダクトやサービスの競争力も低下するという結果が出ているのです。

成功したプロジェクトチームは、仮説に基づいて大まかな計画を一気に作った上で、プロジェクトの進行に従って明らかになっていく仮説の検証結果に従って、その場その場で新しい計画を策定し、それに乗り換えていったのです。言うなれば、プロジェクトの実行過程全体にプロジェクトの計画と修正を溶かし込んでいるのです。

当初想定した仮説が間違っているということは、長期にわたるプロジェクトでは往々にして起こりうることです。思っていたよりもコストがかかる、想定していたほど顧客から支持されない、競合企業が似たようなポジションのサービスを打ち出してしまった・・・このようなことがさまざまに起こるからこそ、計画と実行をない混ぜにした即興型チームの方が、市場での成功率が高かったのです。なぜなら、プロジェクトの進行に伴って明らかになる顧客の仔細な欲求やニーズを、設計に織り込むことができたからです。

適応戦略を実践する上でのキーポイント

具体的には、適応戦略の実践にあたっては、次の三つが重要な要素なります。 

長期計画の重要性
長期計画は、キャリアのビジョンを明確にし、目標を設定するために不可欠です。これはあなたのキャリアゲームの「初期設定」に相当し、どのようなキャリアを築きたいのか、どのようなスキルや経験が必要か、そしてそれらを達成するための大まかなロードマップを提供します。しかし、この計画は石に彫られたものではなく、あくまでも目指すべき方向性、さらに言えば「修正されるための叩き台」を示すものです。

 インシデントへの適応性
キャリアの進路はしばしば予期せぬインシデントや機会によって変化します。これらの変化に柔軟に対応できる能力は、ゲーム理論でいう「戦略的動き」に相当します。市場の動向、新技術の出現、個人的な生活の変化など、外部からの影響に対して、適応的な対応をとることが求められます。 

進行中の再評価と調整
長期計画を持ちつつ適応性を持って対応するというアプローチでは、定期的な自己評価が欠かせません。これは、進行中のゲームにおいて、現在の状況を評価し、次の動きを計画するプロセスに似ています。何が上手く行っているのか、どの領域に改善が必要か、そして目標に向かって正しい方向に進んでいるかどうかを定期的に検討し、必要に応じて計画を調整します。

 読者の皆さんからすると、ここで「長期計画の重要性」が指摘されていることに違和感があるかもしれません。予測不可能なことが次々に起き、修正に修正を繰り返すのが適応戦略なのだとすれば、そもそも「長期計画」など必要ないではないか、という考え方ですね。

確かに、人生は超長期にわたるゲームですから、必然的に適応戦略を採用せざるを得ないわけですが、だからといって長期計画が必要ないということではないのです。そもそもからして、適応戦略とは「元からある戦略や計画を発生する出来事に応じて修正していく」という考え方ですから、修正の対象となる計画がなければ、適応も何もあったものではありません。

注意して欲しいいのが、長期計画があり、最終的に到達したいゴールや、そこに至る大まかな道筋があるからこそ、想定外の出来事や環境変化に対してセンシティブになれるということです。

私たちは一般に、ある出来事に対する感度、つまり「敏感さ」や「鈍感さ」を、「感性の問題」として捉えてしまいがちですが、しかし実際のところ、これらの感度は「知性の問題」として考えるべきです。

なぜなら、事前に計画や戦略を考え、どのようなインシデントや出来事が、戦略にプラスに働くか、あるいはマイナスに働くかを理解しているからこそ、ある出来事が目の前で起きた時、その出来事が戦略や計画にもたらす意味合いを理解することができるからです。

適応戦略の実践にあたって成功の鍵になるのは、1:計画や戦略に影響のある出来事にどれだけ早く気づけるか、2:その出来事のもたらす意味合いをどれだけ正しく理解できるか?3:出来事に適応してどれだけ効果的な計画・戦略の修正ができるか、という3点になりますが、これらのKSFは、事前の計画・戦略があるからこそ、はじめて成立しうるものなのです。

創発戦略 自ずと立ち現れてくる戦略を取り込む

ここまで、本節では適応戦略について説明してきましたが、適応戦略とよく似た概念として、ここで創発戦略についても少し触れておきたいと思います。適応戦略と並んで、こちらもマギル大学の経営学者、ヘンリー・ミンツバーグが提唱した概念です。両者の違いを簡単に整理すると次のようになります。 

定義の違い
創発的戦略:
意図的に計画された戦略とは異なり、現場での経験や学びを通じて創発的に生まれる

適応戦略:
意図的に計画された戦略を、想定外のインシデントや環境変化に対応するために修正し、適応させる 

戦略形成のアプローチ
創発的戦略::
非計画的で、企業内部の現場から自然発生的に生まれる
トップダウンではなく、ボトムアップ
現場における学習とフィードバックに基付いて戦略が創発的に生成される

 適応戦略:
計画的なアプローチを基本としつつ、必要に応じて戦略を修正する
トップダウンとボトムアップの両方を通じて、計画を修正し、適応する
外部環境の変化を観察・感知し、計画された戦略を柔軟な変更または調整する 

典型事例
創発的戦略:ホンダの米国市場進出での小型オートバイ「スーパーカブ」の成功
現場からのフィードバックに基づく戦略の転換。

適応戦略:
アマゾンの市場変化への迅速な対応
新規サービスやビジネスモデルの導入
継続的な環境分析と戦略の更新

 ここで創発戦略の典型例としてChatGPTに挙げられたホンダによる米国進出の事例を簡単に紹介しておきます。

ホンダによる米国進出の事例

適応戦略の成功例として、非常にわかりやすいのがホンダによる米国進出の事例です。ホンダの米国市場への進出は、適応戦略の典型的な事例として広く知られています。この事例は、計画された戦略と現場での学びを通じて自然に生まれた戦略の重要性を示しています。以下に、その経緯と創発的戦略の側面を説明します。

背景と計画された戦略
1960年代初頭、ホンダは米国市場に進出する計画を立てました。当初の計画は、当時の主力商品である中型・大型のオートバイを米国市場に投入し、主に若年層向けの高級モデルを販売することでした。ホンダは、ヨーロッパでの成功を背景に、同様の戦略で米国市場でも成功を収めることを期待していました。

市場での初期の困難
しかし、実際に米国市場に進出すると、ホンダはすぐに困難に直面します。米国市場はヨーロッパ市場とは異なり、中型・大型バイクに対する需要が予想以上に低く、またアメリカの道路環境や長距離移動のニーズに合わなかったため、販売が伸び悩みました。さらに、ホンダのオートバイは当時のアメリカの荒々しいイメージのバイカー文化とは異なる日本製品としてのイメージが強く、文化的な壁もありました。 

創発的戦略の形成
このような状況下で、ホンダの現地スタッフは戦略の転換を迫られました。彼らは、実際の現地の市場調査とフィードバックを基に、当初の計画から外れた形で、主に日本国内で人気のあった小型オートバイ「スーパーカブ」の販売を試みることにしました。この決定は、アメリカの市場での実際の需要に対応したものであり、必ずしも本社が計画していた戦略ではありませんでした。

ホンダの「スーパーカブ」は、低価格で軽量、使いやすさが特徴であり、特に若者や女性、都市部での移動手段としての需要が高まりました。また、「You meet the nicest people on a Honda(ホンダに乗ると素敵な人に会える)」という広告キャンペーンは、オートバイに対する悪いイメージを払拭し、一般市民に受け入れられる製品としての認識を広めるのに成功しました。

この広告クリエイティブは広告関係者にはよく知られています。いま見ても可愛らしい、ポジショニングの明確ないいクリエイティブだと思います。

結果と学び
ホンダの米国進出は、最初は計画と異なる方向に進みましたが、現場での学びと柔軟な対応によって成功に至りました。この事例は、企業が現地の市場環境や文化に適応しながら、計画外の戦略を採用することで成功を収めることができることを示しています。創発的戦略の概念は、固定的な計画ではなく、現場での経験と学びを重視し、戦略を動的に変化させていくプロセスを強調します。ホンダの米国市場での成功は、この創発的戦略の重要性を強く示す例となっています。

人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーへの適用

ここまで適応戦略と創発戦略について説明してきましたが、人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーの実践には、意図的戦略・適応的戦略・創発的戦略のすべてが必要だということになります。私たちの人生は「計画と無計画のあいだ」で織り紡がれていくタペストリーのようなものなのです。

計画は確かに重要です。しかし、私たちの人生は、社会・組織・個人を取り巻く状況の変化によって、大きな影響を受けることになります。ここでポイントになるのが、作成した計画や戦略にとって、ネガティブに思えるような出来事を、できるだけ逆手にとって、それをポジティブな機会として、人生に織り込んでいくことです。

これは特に、自分の夢やビジョンにこだわってしまいがちな「人生の春」を生きている若い人にとって重要です。自己の人生の経営戦略=ライフ・マネジメント・ストラテジーに固執するのだはでなく、新たな機会や状況変化に対して開かれた姿勢を持つことが成功への鍵となります。

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