#060 キャリアの計画は無意味・・・でも計画する

結果的に成功した人は一体どのようにキャリア計画を考え、どのようにそれを実行しているのか?この論点について初めて本格的な研究をおこなったスタンフォード大学の教育学・心理学の教授であるジョン・クランボルツは、米国のビジネスマン数百人を対象に調査を行い、結果的に成功した人たちのキャリア形成のきっかけは、80%が「偶然」であるということを明らかにしました。

彼らの80%がキャリアプランを持っていなかった、というわけではありません。ただ、当初のキャリアプラン通りにはいかない様々な偶然が重なり、結果的には世間から「成功者」とみなされる位置にたどり着いたということです。

クランボルツは、この調査結果をもとに、キャリアは偶発的に生成される以上、中長期的なゴールを設定して頑張るのはむしろ危険であり、努力はむしろ「いい偶然」を招き寄せるための計画と習慣にこそ向けられるべきだと主張し、それらの論考を「計画された偶発性=プランド・ハップスタンス・セオリー」という理論にまとめました。

クランボルツによれば、我々のキャリアは用意周到に計画できるものではなく、予期できない偶発的な出来事によって決定されます。それでは、キャリア形成につながる様な「いい偶然」を引き起こすためには、どのような要件が求められるのでしょうか?

ハップスタンス・セオリーの提唱者であるクランボルツ自身が指摘したポイントを挙げてみましょう。

  1. 好奇心=自分の専門分野だけでなく、いろいろな分野に視野を広げ、関心を持つことでキャリアの機会が増える

  2. 粘り強さ=最初はうまくいかなくても粘り強く続けることで、偶然の出来事、出会いが起こり、新たな展開の可能性が増える

  3. 柔軟性=状況は常に変化する。一度決めたことでも状況に応じて柔軟に対応することでチャンスをつかむことができる

  4. 楽観性=意に沿わない異動や逆境なども、自分が成長する機会になるかもしれないとポジティブにとらえることでキャリアを広げられる

  5. リスクテーク=未知なことへのチャレンジには、失敗やうまくいかないことが起きるのは当たり前。積極的にリスクをとることでチャンスを得られる

クランボルツによれば、私たちのキャリアは中長期的に計画して達成できるようなものではありません。人生の中で絶えず起きる偶発的な出来事や出会いによって、本人の意図しないところで進んでいくことになります。

少し乱暴に要約すれば、要するにクランボルツは「キャリアは運で決まる」と言っているのです。その上で「運を良くするため」の思考や行動の様式を提案しているわけです。

クランボルツによるこの提言は、キャリア関係者のあいだでは大変によく知られたもので、私自身も過去の著作において何度か引用したことがあるのですが、これから先のキャリアを考えるに当たっては、少し割り引いて考えなければならないところがあると思っています。というのも、クランボルツが研究を行った時期と、現在の状況があまりにも異なるからです。

クランボルツが自身の論考を発表したのは1990年代のことです。つまりこの理論は、1950年代から1980年代という、人類史の中で最も好調に経済が推移した時期に、社会人としてキャリアを送った人を観察して抽出された理論だ、ということです。つまり極めて特殊な期間にキャリアを過ごした人たちを研究対象として培われた理論だということで、この点は留意しなければならないと思います

ちなみに日本の1960年代の平均経済成長率は年平均9%でした。これはつまり、8年で平均所得が倍になるということを意味します。世の中全体が年に9%の成長をしているような世の中であれば、よほどのヘマをしない限り、成長している産業・会社に身を置くことができたでしょう。

もちろん、高度経済成長の時代においても、成長率の低い産業・衰退しつつある産業があったことも確かです。しかし、こういった産業はまた、人員の募集も積極的には行いません。つまり、当時においては、ランダムに選んだ職業や企業がたまたま「上げ潮の場」であった確率が非常に高かったわけです。そういう世の中であれば確かに「中長期的なゴールなど設定しても意味がない」ということになるでしょう。

ところが現在の状況は当時からまったく変わってしまっています。例えば2010年代の先進7カ国の経済成長率は1%程度しかありません。この数字では所得が倍増するのに70年以上の時間がかかることになります。さらに日本に絞ってみれば、2010年代の平均成長率は1%を下回っていて、事実上の「ゼロ成長社会」となっています。

世の中全体がゼロ成長になっているということは、ランダムに選んだ職業や企業が成長する確率の平均値もゼロということになります。クランボルツの理論にはいかにも言い得て妙な「偶発性理論」という名が付けられていますが、まさに「偶発」、つまり「偶然」に頼っていたのでは「上げ潮の場」に身を置くことができない時代が来ているわけです。

このように考えていくと、クランボルツによる「キャリアは偶発的に形成されるものなので、中長期的な計画に拘るよりも『良い偶然』がもたらされるような思考・行動の様式を身につけることが重要だ」という主張は、現在の社会状況においてはかなりミスリーディングなキャリアアドバイスだと言わざるを得ません。

では私たちは、クランボルツの主張を投げ捨てて、緻密で詳細な中長期のキャリアプランを作成し、その実現にこだわるべきなのでしょうか。いいえ、これもまた現実的ではないと思います。現在の社会はしばしば言われる通りVUCAとなっており、将来の見通しを立てることは20世紀の成長社会以上に難しくなっています。考えてもみれば、Youtuberやデータサイエンティスト、アプリ開発者といった、現在の社会では当たり前に存在する職業が、今からたった二十年前には存在しなかったのです。

ということで、ここで私は二つの提案をしたいと思います。

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