#013 坂本龍一さんを題材にキャリア戦略を考える

坂本龍一さん、亡くなられてしまいましたね。僕は子供のときからいろんな影響を受けてきたので、本当に喪失感がすごいです。いまでもクラシックの作曲の勉強は続けていて先生について習っているのですが、これも始めたきっかけは坂本龍一さんの音楽の謎を完璧に理解したいという衝動から始めたのですよね。

結果どうであったかというと、かなりの程度は分かりましたけど、未だによくわからない部分も結構ありますね。これはこれでとても楽しい題材なのでまたどこかの機会に書きたいと思いますが、今日の記事では、坂本龍一さんの「仕事選びの上手さ」ということについて書きたいと思います。

一生懸命頑張っているのに評価されない、と嘆いている人はどこにでも見られますが、こういう人たちには共通して見られるいくつかの特徴があります。中でも「いつも80点を取っている」「どの科目も80点を取っている」というのはその筆頭に挙げられると思います。

学校で「いつも80点を取ってる」となるとかなりの優等生だということになるんですが、労働市場ではこういう人は全く評価されないわけですよね。だって、いつも80点を取っていますという人は、ほとんどは60点だけど、夢中になれる仕事については120点を取ります、という人に必ず負けるわけですから。

一方で、これを逆側から指摘すれば、集団の中から一頭抜けて突出してくる人に共通しているのは、評価や成長に繋がらない「どうでもいい仕事」は適当にやり過ごしながら、人生を大きく変える可能性のある「ここぞ」という仕事に対しては全エネルギーを注ぎ込んでいる、ということです。

これは軍事においても同じことで、前線に戦略資源を空間的・時間的に分散して投入する、いわゆる「戦力の逐次分散投入」は最も忌避されるべきスジの悪い戦略ですが、多くの「いつも頑張っているのに」と言って嘆いている人は、自分の時間と労力という戦略資源をまさに逐次分散投入してしまっている、ということなんですね。

高い評価を勝ち得て社会のステージをドンドン登っていく人は「ここぞ」という打席を見極めがうまい。その典型の一人が坂本龍一さんだと思うのです。もちろん、坂本さんの音楽的な才能と努力が、今日の坂本さんの高い評価の礎をなしていることについては論を待つまでもないのですが、ここで改めて指摘しておきたいのが、坂本さんの「仕事選びのうまさ」という点です。

皆さんもよくご存知の通り、坂本龍一さんが世に出るきっかけとなったのは細野晴臣さん、高橋幸宏さんと結成したテクノバンド、YMOでした。このバンドが世界的な評価を獲得したことで、坂本さんのところには様々な作曲依頼が舞い込むことになりますが、坂本さんはそれらの依頼のほとんどを断っていたんですね。そんな折、大島渚監督から「戦場のメリークリスマス」への「出演」を依頼されます。

そう「出演」であって「作曲」ではありません。つまり「役者」として出て欲しいということだったんですね。この依頼に対して「作曲もやらせてくれるのなら、出演しましょう」という提案をして引き受けることになります。どうして、ほとんどの仕事を断っている中で「戦場のメリークリスマス」の仕事は引き受けたのか?

決定的だったのは、この映画にデヴィッド・ボウイが出演するという点でした。どういうことかというと、デヴィッド・ボウイが出演する映画であれば、世界中の音楽・映画関係者が観るだろう、その映画の音楽を作曲すれば、自分の実力を世界中の音楽・映画関係者にアピールする最高の機会になる、と考えたそうなんですね。引用を引きます。

だって、デヴィッド・ボウイの出る映画だから、成功しないにしても、とにかく世界中のデヴィッド・ボウイ・ファンと、世界中の音楽業界の人は必ず見るでしょう。映画的にどうのこうのじゃなくて、絶対、商売的に音楽やんなきゃと思ってさ。別に俳優として評価されたいなんていう気は全然なかったんだから。今でもないけど。映画ってパブリシティとしてはものすごいメディアでしょう。「戦メリのあの音楽は素晴らしい」って、どんな国に行っても言われたしね。だから、結果としてはバッチリだったわけ。

坂本龍一「SELDOM ILLEGAL 時には違法」角川書店、1989年、P105より

この引用から、坂本さんが非常に計算高く、ほとんどの仕事を断っている中で大島渚からの依頼を引き受けたことがよくわかります。そして、坂本さんの狙い通り、この映画音楽が世界的に高い評価を得たことで、これが次の映画音楽の仕事、つまりベルナルト・ベルトルッチの「ラストエンペラー」の映画音楽へとつながっていくことになります。

結果、ラストエンペラーの映画音楽はアカデミー賞を獲得することになり、映画音楽作曲家としての坂本龍一さんの名声と信用は頂点に達することになります。ここでもやはり「ラストタンゴ・イン・パリ」を筆頭に、数々の名作を制作してきた名監督、ベルトルッチの新作の音楽を担当すれば、間違いなく多くの人に聞いてもらうことができるという計算が働いていたはずです。

引き受けた仕事に対して全力を出し切るのは美徳かも知れませんが、人間の時間と体力には限りがありますから全ての仕事に全力で取り組むことは現実には不可能です。つまり、そもそも「どの仕事を引き受け、どの仕事を引き受けないか」という「仕事選びの戦略」に裏打ちされてこそ、その「引き受けた仕事に全力で取り組む」という美徳が成果と評価につながる、ということです。では、その「仕事選び」はどのような視点で行えばよいのでしょうか?見極めのポイントは「成長につながるか?」と「評価につながるか?」の二つだと思います。

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