見出し画像

アヴィニヨンOFF演劇祭2024を終えて-フィリップ・ペルソン評全文訳


奥野衆英の公演が治療効果を持つとまでは断言できない。しかし、不思議なほどに心が安らぎ、劇場を出る頃には、現代のあらゆる困難に立ち向かう準備が整うのだ。

ーフィリップ・ペルソン

2024年のアヴィニヨンOFF演劇祭では、7つの記事に取り上げられました。掲載される以上、良い評価や批評をいただければ嬉しいというのは当然常に思っていることですが、今回はこれまでと異なる嬉しい傾向が一つ現れました。それは、いくつかの記事の中で、僕と師であるマルセル・マルソーを比較しながら論じられていたことでした。

もちろん、世界中に名を馳せた彼と肩を並べたとはこれっぽっちも思っていませんが、どの記事も比較した上で好意的に書かれていることが嬉しかったです。何より、その内容がまるで僕の心を見透かしたかのように演出意図を読み取り、さらに僕でさえまだしっかりと言語化しきれていなかったことまで明確に文字にしてくれていることは、驚きに近い喜びを与えてくれました。

今回のアヴィニヨンOFF演劇祭で発表した自作「BLANC DE BLANC -白の中の白-」が、マルソーの学校を卒業してから20年悩み続けたトンネルの出口に当たる作品だということは以前にも書きましたが、このタイミングで複数のメディアがマルソー氏と並列で述べたことは、偶然とは思えず、この作品の質をある程度認めてくれた証しであるだけでなく、僕が控えめに「こうなんじゃないかな?」と思っていた確信を、「その通りだ!」と、とても勇気づけてくれるものになりました。

やや自慢気ではありますが、ここまで書くと皆様も「どんなふうに書かれたの?」って思っているでしょう?

と、勝手に思うことにして、大変な演劇祭を、暑さにも負けず、刺すような日差しにも耐えて乗り切ったご褒美のような記事のひとつを、全文掲載させて頂きます。
パリの街角で、カフェでエスプレッソを立ち飲みしながら、この記事を読んで目じりを下げている僕を想像してください。


「Blanc de Blanc(白の中の白)」
演出・出演 奥野衆英

奥野衆英を手短に定義するとすれば、彼は日本人のマイムアーティストである。しかし彼の作品「Blanc de Blanc」を見た後には、この定義は手短すぎて彼が舞台に一時間で描いた夢のような現実にはまったく合っていないことに気づく。
「日本のマイムアーティスト」という言い方は二つの矛盾するものを掛け合わせた形容に聞こえるかもしれない。というのも、マイムアーティストは、何よりもまず顔で表現するものであるのに対し、奥野衆英の話によれば、アジア人は顔をあえて動かす表現よりも仮面を好んで使うからだ。彼らは表情を誇張したり戯画的にすることは好まない。だとすると奥野衆英は厳密にはマイムアーティストではない。彼は何よりもジェスチャー芸術を実践しているのだ。
それもそのはず彼の経歴を辿れば、1975年に日本に生まれたこの男は、この23年間、フランスと母国を行き来して生きている。彼はマルセル・マルソーの足跡をたどってフランスにやってきた。サスペンダーで吊った白いズボン、黒いシャツにグレーの小さな縁無し帽という彼のキャラクターは、彼の師の「Bip〔マルソーが作品中で演じた彼の代名詞でもあるキャラクター〕」を彷彿とさせる。〔なお、実際にはBipはそのようないでたちではない。〕
しかし似ているのはそこまでだ。マルソーがいつも何かをはっきりと示してしていたのに対し、奥野衆英は浮遊している。マルソーはピエロのようなことまでできたが、彼は違う。彼は喚起させ、提案する詩人である。彼は抽象画家なのだ。スケッチをし、色のタッチを選ぶが、この時彼は絵に決定的な意味を持たせることはない。
それゆえ、「Blanc de Blanc」を構成する6つのモーメント(そのうちの一つ、「Blanc de Blanc」が作品全体のタイトルとなっている)には、マイムに内在する暴力性が決してない。Bipのマルソーは怒ったり泣いたりすることも出来たが、奥野衆英は優しさと繊細さを選んだ。建築家・石塚菜々子がデザインした白い大きな風船が繊細に散りばめられた舞台で、決して唐突ではない彼の動き、物静かな動きに、私たちは少しずつ魅了されていく。フランコ・ジャポネ、日仏両国文化のもの、と言える彼の作品には、すべてが気品とユーモアに溢れている。
ポエティックな“Heure Bleue(トワイライト・アワー)”から始まるそれぞれのモーメントのタイトルを彼が黒板に書くとき、漢字を描くのかと思いきや…違った!ラテンのアルファベットをチョークで、東洋の書道家のように書いているのだ。

「Blanc de blanc」フィリップ・ペルソン評 2024年7月6日
https://www.froggydelight.com/article-28061-Blanc_de_blanc

フィリップ・ペルソン
(ドラマトゥルグ、演出家、俳優。カンパニー・フィリップ・ペルソンを設立。オリジナル作品から古典、現代作品など広いジャンルの上演を行う本カンパニーはアヴィニヨン演劇祭の常連参加劇団である。2009年から2015年までパリのルセルネール劇場の芸術監督を務めた後、同劇場内に俳優養成学校を設立している。)

(抜粋翻訳・田川千尋)

「Blanc de blanc」フィリップ・ペルソン評 2024.6

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?