オタクは何故誇張表現を好むんだ?
オタクじゃなくてもそういう表現を好む人はいるけどさ。
なんかオタク特有の文化というか、「⚪︎億年ぶりにこれやった」とか「頷きすぎて首もげた」だとか、物事を大袈裟に表現する行為をオタクは好んでいる気がする。そして私も日常的に使ってしまっている。でもシンプルに嘘じゃん。
このなんてことない事を大きく表現したくなる心理はなんなんだろうか。
やっぱ自分が面白いと思ってるからか。
とはいえ大袈裟にいう事によって笑いを得ようみたいな感覚じゃないんだよな。
ほんの小さな自己満足みたいなもん。
人類は昔からこんな感じなんだろうか。
平安時代の「歌を詠む」という行為は現代のTwitterと例えられるが、その頃から誇張表現ニキは存在していたんだろうか。
そもそも和歌に詳しくないんだが、ひょっとしたら大袈裟な表現をしているものもあったのかもしれない。ちょっと調べてみたら、
Togetterでこんなまとめを見つけた。
なるほどな、確かに大袈裟と感じるものも多そうだ。
結局は現代人の考証や解釈でしかないんだが、概ね的を射ている考え方なんだろう。物事を大きく表現するのは人類の特徴の一つらしい。
そう考えたらエジプトの壁画とかもそうなのかもな。
神格化された架空の存在などはその当時の信仰や祈りなどもあるから別物になりそうだが、かといって壁に刻まれている全てが当時のまんまのものとは考えにくい。発掘されていないだけで「ピラミッド建設まで8兆日かかったわwwww」みたいな記録も残っているかもしれない。
更に遡って考えると、ひょっとしたら原始の頃からそういう考えはあったんじゃなかろうか。物事を大きく見せる = 凄いと思わせることでもあると思うので、例えば「今日17mぐらいのマンモスがいて凶暴だったけどなんとか逃げ切ったわ! 明日こそ仕留めたいなぁ」みたいな嘘を平気で集落の人々に伝える事によって「こいつすげぇ!」と思わせたりとか。
(マンモスの体長は3mぐらいらしい)
生物が繁殖するためには「強くある」ことがまず第一にあると思うので、男性が女性にアピールするためにそういう手法を使う事で魅力を伝えたりしてたのか?
現代のオタク特有の誇張表現は別に強く見せる為に使ってる訳じゃないんだろうけど、遺伝子的に「大きく見せる」という名残だけが引き継がれて、面白として扱われているだけなのかもしれない。
まぁ私は考古学者でも遺伝子学者でも歴史学者でもなんでもないので、上記のことは全く見当違いな解釈という可能性も大いにある。
図書館で文献を熱心に読み漁ってもない。ネットで軽く調べただけだし。
なので不愉快に感じた方はごめんなさい。
もし有識者の方がおられれば、ご教授いただければ幸いです。
おわり。
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