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アンパンマンになったあの日、自分はヒーローになんてなれない事を知った

昔、1回だけヒーローショーのバイトをした事がある。
知人に欠員が出たので代わりに出られないかと紹介してもらい、折角ならばと派遣会社の門を叩いた。

内容としてはアンパンマンのヒーローショーで、私に割り振られた役は「だだんだん」というバイキンマンが操縦する巨大なロボットを演じろという話だった。

だだんだんはその巨体故に動きが少なく、最低限の動きを行い最終的にはアンパンマンにやっつけられて退場すればいいだけなので、覚える事が少ない初心者でも難しくないらしい。
そりゃ確かにヒーローショー未経験の私でも任される訳だ。
そう思っていた。

そう思っていたんだ。

私は急遽代役で入っただけなので、その時点で本番まで1週間というタイトなスケジュールの中で事前に送られた台本を隅々まで確認し、どういう動きをすればいいのかを頭に叩き込む。

本番三日前に最後のリハーサルを事務所で行う予定だったが、その前日に突然現場の指揮を執る監督の方から連絡が入った。

「だだんだん役の予定でしたが、着ぐるみの視界がとても狭く初心者が動くにしては危険なので、百舌野さんにはアンパンマン役の方と入れ替わってもらいたいです。 本番まで時間がないので、できる限り動きと踊りを覚えてください。申し訳ないですが、真剣にやってもらわないと困るので」

はぁ? こちとら初心者ぞ?
明日リハの本番三日前にできるわけねぇだろ、舐めてんのか?

という言葉を飲み込み、「わかりました」と返事をするしかなかった。
動きはともかく、着ぐるみを着た状態でダンスなんかしたことない。
参考として送られてきた別の現場の動画を見て頑張ってトレースし、動きを覚える。明日のリハまでにある程度形にしておかないと何て言われるか分からない。

そこからはもう必死だった。
夜通し練習を行い翌日を迎える。
リハーサルは夕方から行われるので、朝のバイトが終わり次第すぐ事務所近くの公園に向かいひたすら練習した。
通り過ぎる人が次々を私を見る。
本来アンパンマンの皮を被って踊る筈のかわいらしいダンスを、無愛想な成人男性が真顔で必死に踊っているのだ。
そりゃ見るだろ。誰だってそーする。私だってそーする。
しかし人目を気にして動きを止めるわけにはいかない。
こちとらバイト代がかかっとんねん。

その必死の練習もあってか、リハーサルでは思いの外褒められた。
これで本番はなんとかなるだろう……。
そう思っていた。

そう思っていたんだ。

リハーサルが終わった後、改めて本番当日の段取りを説明される。
朝早い時間に集合し、そこから事務所の車で現場に向かう。
指定の場所で着ぐるみを纏い、所定の時間になればショーが始まるらしい。
そしてその後観覧に来た子供達と一人ずつ撮影会が行われることをその時初めて知らされた。

まだ何かあんのかよ……。
もう少し前に伝えてくれんかね。
ウンザリしながら、まぁ一緒に撮影するだけだしいいかと考え、その日は無事終える。

本番当日。
緊張しながらもショーが公演され、ちょいちょいミスりながらもなんとか終えることが出来た。
あとは撮影会を終えるだけだ。

だいぶ前置きが長くなったが、本当に伝えたいのはこの撮影会の出来事である。

現場のスタッフの方が撮影会場まで案内してくれるとの事なので、アンパンマンの姿のままショーのステージから移動を始める。
その傍ら、子供達が私を見かけては次々と「あんぱんま〜ん!」と健気に手を振ったり無垢な笑顔を向けてきたことに衝撃を受けてしまった。

子供達からしたら、撮影会場まで向かう私は百舌野とかいう成人男性ではなく、アンパンマンそのものでしかない。
私はアンパンマンとして子供達に手を振り返し、アンパンマンとしての振る舞いをアンパンマンである限り続ける必要があった。

撮影会場に着き、スタッフの方がお子さんを連れた親御さん達に説明を始める。1組ずつアンパンマンの前に並び、順番に撮影を行なって下さいと。
瞬く間に私の前に行列が出来上がる。

撮影の順番が回ってきた子供はアンパンマンの姿をした私の横に並んだり、時には親御さんにお願いされ小さい身体を抱き抱えたられたまま記念の写真を撮られていく。

その最中で、強く思った。

「アンパンマンはこれだけ多くの人々の期待や願いを背負ってヒーローを続けているというのか……!?」

アンパンマンがアンパンマンである以上、常に弱きを助け強きを挫きアンパンマンを応援してくれる人々を笑顔にしつづけなければならない。

「自分みたいなしょうもない人間は絶対にヒーローなんてなれねぇ……。 アンパンマン、あんたすげぇ漢(おとこ)だよ……」

と、ある種の絶望に近い自分の中のヒーロー像に対する”答え”を得てしまった。

だからといって、それならヴィランになるしかねぇ……。
みたいな極端な結論に至る訳でもなく、ただただ自分自身という人間の矮小さにがっかりしながら帰路を辿った次第だった。

ヒーローは悪を討つ為にヒーローをやっている訳ではない。
ヒーローに憧れ、期待し、応援する者の為にヒーローであり続ける。

それがヒーローがヒーローたる所以だと思い知らされた。

自分はそんな重圧には耐えられない。
ただ、ヒーローを応援する者を応援し続けたいと固く誓った経験だった。

因みに後日また同じ知人から急遽出られないかと誘いが来たが丁重にお断りした。

本番3日前に無茶振りされるようなバイト先、無理に決まってんだろ。割に合わん。


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