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記念写真【怪談】
「おい、なんか写真挟まってるぞ」
本棚から取り出した漫画本から、僕は、しおりのように挟まっていた一枚の写真を取り出した。
セピア色の、ずいぶんと古ぼけた写真だった。
夏休みもお盆を過ぎて、終盤にさしかかろうという土曜日のことだった。僕は、手つかずの夏休みの課題を抱えて、親友の信二の家を訪れていた。
同じく課題をやっていない信二と一緒に、彼の家で協力し合って課題を片付けようという算段だった。
信二の両親は、彼を残して今日から二泊の国内旅行に出かけているという。今夜は、信二の家に泊まって、夜を徹して課題に取り組む予定だ。
一人では集中力も長続きしそうにないが、やはり二人で取り組むとなると捗るものだ。予定よりだいぶ良いペースで進んでいる。これなら、目標通り、明日の午前中には終わるだろう。
目算が立ったところで、信二と二人、買っておいたコンビニ弁当で早めの夕食を済ませ、さらに、食後のコーヒーで一服しようとしている時だった。信二の本棚から借りた漫画本の中に、僕はそれを見付けたのだった。
どうやら集合写真のようだった。高校生くらいと思しき学生服の若者たちが整然と並んで写っている。
「ずいぶんと古そうな写真だな。これ、修学旅行とかで撮るやつだろう。」
僕の言葉に、携帯ゲームに没頭していた信二は、愕然として振り返った。おずおずと、僕の手から写真を受け取る。
「どうした。なんか様子がおかしいぞ。大丈夫か」
僕の心配そうな声にもお構いなしで、信二は、食い入るように写真を見つめている。
「その写真がどうかしたのか」
「また来たんだ」
「何が」
「これ、心霊写真なんだよ。お盆の頃になると、どこからともなく届くんだ」
「おいおい、夏だからって幽霊話でおどかそうってか。心霊写真?どこかに幽霊でも写ってるって?」
僕は、再び信二から写真を受け取ると、写真に眼を凝らした。
クラスごとの写真と思われた。中央に担任と副担任と思しき中年男性二人が椅子に座り、それを囲むように一段目に椅子に座った学生たちが並ぶ。そのすぐ後ろには、直立した学生の列が並び、さらに三段目は、台の上に立っている学生たちの列だ。総勢四十名近い男子学生が写っている。男子高なんだろうか。
特に不審な点は認められなかったが、一つ違和感を覚えるとすれば、写っている全員の顔に生気と言えるよような雰囲気が感じられないことだった。
「だいたいこの類いの写真だと、誰の手だこれって、あり得ない位置に誰のものか分からない手があったり…」
丹念に調べてみたが、どこにもそんなものは写っていなかった。
「信二、詰めが甘いんじゃないか。人を怖がらせたいって言うならさ。本物の心霊写真持って来いよ」
「だから、これがその本物なんだよっ!」
突然の大声に唖然としたが、信二の怯えようはそれ以上だった。
「前に話したよな。俺に年の離れた兄貴がいたって」
「あっ、ああ。なんか事故で亡くなったって…」
いきなり家族の話が始まった。僕は、直前の剣幕に気圧されて、なぜ、そんな話を始めるのかと、疑問を差し挟む余地もない。
落ち着きを取り戻した信二は、僕の持つ写真を見つめながら口を開いた。
「詳しいことは話してなかったよな。実は、兄貴、高校生の時に飛行機事故で死んだんだ。正確に言うと目的地に着く前に行方不明になったんだけどな。五年前に、おかしな飛行機事故があったの覚えてないか」
信二は、その飛行機事故について詳細を語ってくれた。五年も前のことで、最初は記憶も曖昧だったが、聞いていく内に、僕は思い出していた。
たしかにそれは、何とも奇妙な飛行機事故だった。羽田を出発して沖縄に向かっていた航空機が、離陸して1時間も経たない内に、突然レーダーから消えたのだ。まったくの消息不明だった。ただちにレーダーからの消失地点を中心に捜索を何年も続けたらしい。だが、遺体はおろか、機体の欠片すら見つからず、捜索は三年後、終了となった。乗客乗員二百三十九名は、全員死亡したものと推定された。
これが、よくある飛行機の遭難事故と違うのは、機長と管制官とのおかしなやりとりが記録されていたからだ。
機長は、自機が現在どこを飛んでいるのかまったく分からない、外が真っ白で何も見えないと報告している。当時、天候は快晴で周囲を視認できないはずはなかった。どこを飛んでいるのか、教えてほしいと伝えた直後、機長の言葉は次のように続いたという。
「連れて行かれる…」
この後、レーダーから機影は消えた。以降、当該機は行方不明となったのだ。
「たしか、現代の神隠しとか日本版バミューダトライアングルだとか、毎日のようにワイドショーでやってたよな」
「ああ、兄貴は修学旅行でこの飛行機に乗ってた。そして事故に巻き込まれたんだ。機体トラブルやハイジャックに機長の乱心、米軍機に誤って撃墜までいろんな説が唱えられたが、まったくの原因不明さ。なにしろ手がかりが何もないんだから」
「ちょっと待て。今修学旅行って。じゃあ、その写真は…」
「そうだよ。そんな写真が存在する訳ないんだ。沖縄に辿り着けなかった兄貴たちが、そんな写真撮れる訳がないんだよ」
どこかに霊が写っているわけじゃなかった。その写真に写っている者全てが亡霊だったのだ。
僕はそのことに気付くと、ごくりと生唾を飲みこんだ。
信二が手にしている写真に写っているのは、一体どこなんだろう。この世ではない、亡者の世界ということなのだろうか。
「その翌年からさ。毎年、お盆のころになると、家の中から、こんな写真が見つかるようになったんだ。そしてどんなに厳重に保管していても、しばらくすると、またどこかに消えてしまうんだ」
疲れ切ったような声で言葉は続く。
「去年は、鍾乳洞…玉泉洞とかいうところで撮られた写真だったよ。班別行動だったのかな。四、五人で写ってた。でも、笑顔はなくてさ…」
信二の声は、涙ぐんでいた。五年経っても、写真の中の信二の兄貴は、もう一つの沖縄にいて観光しているというのだろうか。
「なあ、これって兄貴は生きてるってことなのか。だったら、どうして帰ってこないんだよ。どうして五年前の若いまんまなんだよ」
抑えていた思いが溢れたかのように信二はまくし立てた。
僕には、返す言葉もなかった。彼の家族は、いったいどんな思いで、この写真と対峙しているのだろうか。僕には想像もつかなかった。
ただ、信二の手にしている写真を見つめることしかできなかった。
そしてその写真を見ているうちに、僕は、気付いたのだった。
「おい、信二。写真が変わってる!」
信二は、自分が手にしていた写真に眼を落とすと、驚愕の叫びを上げた。
「父さん!母さん!何で…」
写真が、修学旅行の集合写真から、家族写真に変わっていた。信二の両親と兄貴、三人が写っている写真だった。空港の玄関口と思しき場所で撮られている。笑顔はない。生者のものとは思えない、虚ろな顔が並んでいる。
「ああ、なんで、そんなこと…」
「信二、お父さんたちどこへ旅行に行ったんだ。まさか…」
「ああ、沖縄に。兄貴を探すって、この時期毎年、出かけるんだ。兄貴は生きているって言って…」
その時だった。つけっぱなしだったテレビの上部に速報のテロップが流れたのは。
――本日午後五時三十七分頃、羽田発那覇行きの××航空370便が東シナ海洋上で消息不明――
おわり
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