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新ことわざで遊ぶ辞典「仏の顔もサンダ対ガイラ」

仏の顔もサンダ対ガイラ
【ほとけのかおもさんだたいがいら】

【意味】
 仏様じゃないかと思うような高邁な人物であっても,胸の内では善悪の心がせめぎ合っているものだということ。

 サンダとガイラは,1966年公開の映画「フランケンシュタインの怪獣サンダ対ガイラ」の登場人物,いや怪物。
 三浦半島沖で大蛸に襲われた漁船は,フランケンシュタインの怪物にも襲われていた。それは,フランケンシュタインの研究施設で育てられ,1年前に富士で怪獣バラゴンと戦い死んだはずのフランケンシュタインではないかと思われた。実はフランケンシュタインは人知れず蘇り,海を拠点に活動するガイラと山で活動するサンダの二頭へと分身していた。同じ細胞から分かれた二頭だったが,その性質は正反対であり,温厚で優しいサンダに対してガイラは人を餌として喰らい続ける。そんなガイラを人間の攻撃から庇い,人食いをやめさせようと諫めるサンダだったが,ガイラは人食いをやめようとしない。サンダは,自分の最後の説得にも応じなかったガイラと対決することとなる。両者は外海に出て戦いを繰り広げるが,最後は海底火山の噴火に巻き込まれ,両者とも海深く消えていく。
 ざっとこんな話。見てないけど。
 フランケンシュタインは,本来怪物を作った博士の名前であって,怪物を指す言葉じゃないけどなあとか,最後に都合良く海底火山噴火するなあとか,冒頭に出てくる漁船を襲う大蛸って何なの?とか,もやもやする部分はいろいろあるが,ネットで検索すると,この映画に対する評価はけっこう高い。例えばこんなレビューがあった。
 「怪獣映画,恐怖映画としてよくできているが,何よりこの映画の魅力は,人型の怪獣が人間をむさぼり食うことの怖さ,これに尽きる」
 たしかに。恐怖にもいろいろあるだろうけれど,人が人外の化け物に餌となって食べられてしまうって,これ以上に恐ろしいことってあるだろうか?私はこれが一番怖い。思うに,この恐怖には,同じくらい嫌悪感が含まれているような気がする。単純に嫌なんだろう。食われたくないの。それはもう生物の誰もが持つ本能だから。本能に訴えかけてくる恐怖は強い。この恐怖がもたらす衝撃の前には,ちょっとした脚本の詰めの甘さなど取るに足らないことだ。全ての生き物の中で最上位に立つ存在であるはずの人間が,人外に為す術もなく餌にされて,生きたままむさぼり食われるんだ,想像するだけで恐ろしいし嫌。だから「進撃の巨人」も最初の.巨人が人間を食べちゃうところでギブアップ。それ以降,読んでないし見てもいない。ただただ怖いし嫌なので。ゴヤという画家の「我が子を食らうサトゥルヌス」という絵があるけど,あれも見てかなり衝撃を受けた。食べ方がリアル過ぎるんだもの。さらに今思いついたが,捕食者が人型なのも嫌悪感を増す一因だろう。それは,人として最大のタブーの一つ、共食いという行為を連想させるから。
 ということで,この手の(人間が食べられちゃう系の)作品を何度も勧められたら,いくら温厚な私でも怒るよ。3回でアウト。仏の顔も三度までだからね。

 と,まとめてみましたが,この後NETFLIXで「サンダ対ガイラ」視聴します。
 何でって?
 もちろん怖いもの見たさに決まってるじゃないか。

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