番外編:不良中学生の休日(廃業したラブホテル)
犯罪に手を染める不良中学生
未成年の喫煙、飲酒にはじまり、ドラッグ、そして様々な犯罪。
"一生を棒に振る"とよく言われるが、時に少年にはそんな判断力はなく、些細なことや付き合いがきっかけで犯罪に手を染めることもある。
治安の悪い地域で育った僕の属している不良仲間のグループも、徐々に校区を出て行動範囲が広がることで、喧嘩やカツアゲをする者もいれば、カツアゲに遭ってしまう者もいた。
1990年代、真面目な学生ももちろんいるが、どこか不良=カッコいいという風潮もあり、反抗期と重なる年代ではすぐに悪いことに手を出してしまう。
僕らの中学にはヤンキー・パンクロッカー・ダンサー、さらには学力の高いヤンキーと様々な種の不良的なメンバーが入り混じっており、それぞれに仲が良く、休日につるんで悪さをするのはよくあることだったが、大抵の場合は叱られて終わりというレベルのことが多かった。
しかしある日、いきなりレベルの違う話が舞い込んできた。
廃業したラブホテルのBoseのスピーカー
ある日、ヤンキーのカッちゃんが「隣町に廃業したラブホテル」があることを発見したと、当時溜まり場になっていた陸上部の部室で話した。
そしてそういうホテルは夜逃げの様に立ち去ったケースが多く、高級スピーカーなどが残っているらしいと、事実か都市伝説か分からない情報を持ってきたのだ。
中学生になった僕らは、少しずついろんなブランドを知って興味が湧く様になっていた。例えばBoseのスピーカー、ゼファーというバイク、ラルフローレンのシャツ、刺繍たっぷりの特攻服、鋲入りのライダースジャケット。
様々な人種が入り混ざった僕らの学校では、どんなジャンルにどんなモノやブランドがあるのかという情報交換的な勉強会をよくしていた。
そして"廃業したラブホテルにはBoseのスピーカーがあるらしい"とカッちゃんが言った。当時の僕らの認識では、最高級かつ最高音質のスピーカーだ。
なんとも中学生らしい…
BOOWY、COBRA、A Tribe Called Questとそれぞれに好きな音楽は違うが、みんな何かしらの音楽が好きで、コンポなどでいい音楽を聴くことが、不思議とステータスになっており、よくKENWOOD・Panasonicなど色んなブランドのオーディオカタログをみんなで眺めていた。
BoseのスピーカーをGETしたいというカッちゃんの希望と、各部屋にスピーカーがあるから、みんなで良いスピーカーがGET出来るかもというカッちゃんの提案は、要は不法侵入と窃盗だ。
侵入方法
14歳の僕らにとって、これまでに経験したことのない犯罪。
「捕まったらどうしよう」「さすがにバレるだろう」と、様々な思いが溜まり場の中に渦巻いているが、同時に「弱音を吐いたら不良として情けない」という暗黙の了解もあり、複雑な表情をしているメンバーもいる。
僕ももちろん、母の顔が思い浮かび「捕まるのだけはな…」と気乗りはしないが、こういう時にイケイケなメンバーもやはり存在しており、もうストップは効かない。
どうせやるなら、バレずに完璧に。
僕は覚悟を決めるしかないと思い、侵入方法のチェックや見張りの必要性を感じたが、そこはすでにプランニングが済んでいた。
準備周到なカッちゃんは、すでに裏口のドアをぶっ壊しているらしい。
「あとは見張りと逃げ場を確保して、侵入するだけだ」と自慢げに言った。
そして、あらかじめ準備をしておくという、悪いことをしているのだが、どこか優しい笑顔のカッちゃんが憎めない。
さすがに見つかったら洒落にならないと思いつつも、こういうグループの結束は固いもので、僕はBoseのスピーカーは貰わないが手伝うことには参加することになった。
プラン
廃業したラブホテルまで、自転車で30分ほど。
先を越されたらモノがなくなるため、決行日は「早めに決行」ということで次の休日。
ホテルは住宅街にあり、侵入者半分、見張り半分の2組に分かれて実施。
当日は逃げ場を確保して、もしも警察が来たら一目散に逃げ、それぞれ中学校に集合。
盗んだスピーカーは自転車のカゴに入れて持ち帰る。
なんとも中学生が考えたような甘いプランだ。
そもそも警察が中学校まで追いかけてきたならば、全員バレるだろうとツッコミどころ満載だが、誰も気づかない。
決行日
特段早朝からという訳でもなく、様々な種の不良が20人ほどで自転車で移動する。冷静にもうこの時点で目立ちすぎてアウトだ…
そして30分ほどの間、多くの住民の目に触れながら廃業したラブホテルに到着する。
僕ら運動神経の良いダンサー組は、もちろん見張り役ではなく侵入担当だ。
厳しい家庭環境のコウスケも来ており、僕以上にバレるとヤバいだろうなと心配するが、お互いに「バレずに行くぞ」と励まし合う。
ラブホテルには裏口と表の入り口があり、裏口に回る覚悟を決めようと全体像を眺めていた時、ふと表の入り口に目を向けると、ドアが開いているように見える。
周囲には僕ら以外に誰も居ないのを確認し、表の入り口に回ると"普通に開いていた"
不法侵入
急遽プランを変更して、僕らは普通に表の入り口から廃業した非常に薄暗いホテルへと忍び込む。
たくさんの部屋、それぞれの部屋にベッドが設置され「これがラブホテルなのか」と、人生初のラブホテルを経験するのだが、どこにもスピーカーもなければ電化製品もない。
僕らが想像していたのは、吊り下げ式のスピーカーか、埋め込み式のスピーカーで、すでに天井にスピーカーが設置されていたであろう場所は取り外された後があった。
カッちゃんは「しまった、先を越された」と言っていたが、僕には高級スピーカーのようなものを置いて廃業するものなのかの判断はつかず、とにかく「不法侵入はしているが窃盗はしなくて良さそうだ」と少し安堵していた。
次の瞬間、僕らに戦慄が走る。
未知の声
「おい!」とホテルの奥から野太く怖い声が響き、全員の身体が一瞬凍りつく。そして次の瞬間には、全員が入り口に向かって全速力で走る。
気づけばホテルの中はシンナー臭い。
走って逃げる僕らのずっと後ろには、うっすらと次元の違うヤンキーが見える。
一瞬で全員が逃げ出す瞬発力の良さに感心する暇もない。
僕らの感覚では「捕まったらアウト」多分警察に捕まる方がマシだ。
素早い鹿の様に入り口に向かって逃げながら、外が見え始めると見張り役で待機しているメンバーに「逃げろ!!!」という声が響く。
気の利くメンバーが入り口のドアから逃げ出しやすくなるように、ドアを開けて押さえている。
僕らはその間を走って抜けて、自転車に乗って一目散に、全速力で逃げる。運動神経が異常に良い僕らは、ここまで来れば捕まることはない。
すでに廃業したホテルは、誰かの溜まり場になっていた。
安心できる区間まですっ飛ばした後に「危なかったなー」と全員で笑いながら振り返り、スピーカーが無かったことを話しつつ見張り役に状況を報告した。
そしてカッちゃんが「また武器を持って来週行くぞ」と言ったが、今度は全員一致で「もうダメだって」とストップをかけた。
Boseのスピーカーは、先客が持っていったのか、そもそも廃業時に撤収したのか、もっと言えばそもそもBoseのスピーカーなんてあったのか。そんなことは僕にとってはどうでも良いことになっていた。
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