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珍しい病気や奇妙な症状は、人と人の差と同じく、際限なく存在しています。その中には、単に珍しい、奇妙ということにとどまらず、健常な人びとからすれば「正常」「健康」と思っている、あたりまえの価値観を根底から揺らがせるものがあります。

「身体完全同一性障害」(BIID)も、そのひとつです。
いわゆる「五体満足」な状態に違和感を持ち、自分の身体の一部を欠損させる願望にとらわれる病気です。

日本でも上がりつつある認知度。

「身体完全同一性障害」(BIID)については、昨今関連本も出版され、日本でも認知度が上がってきています。

この病気の方を取材したドキュメンタリーDVDもあります。

このDVD、メロディ・ギルバート監督の『Whole』では、自分の手や足が余分で不快な異物と感じられて、それを切り落とすことを心から望む「身体完全同一性障害(BIID)」の患者が取材されています。
このドキュメンタリーDVDは大学の講義でも使われていて、人のために尽くしたいと思う、心優しい気持ちの学生たちは、自分の体を自分から失わせて障害者になることを切望するBIID患者の姿を見て、なんとも言えない複雑な表情を示したり、苦悶に満ちた表情を浮かべる人もいると言います。

さまざまな努力をした結果、やっと自分の足を切断することに成功する。

このドキュメンタリーDVDには、何人もの患者さんたちが登場します。
やっと片足を太ももから切断できたと幸福そうに語る、にこやかな表情の高齢男性は、子どもの頃からこの足は自分の身体の一部ではない感じがしていたと言います。子ども時代の日記にもその悩みが克明に記録されています。
さらに、子どもの頃に描いた自画像も片足の姿だったと言います。

BIID患者の人びとは、だいたいは幼少期から特定の身体の部位が自分の身体の一部ではないという感覚を持っていて、切り落とそうと努力をします。
切り落とすことの次善の策として、不要と思う側の膝を強く曲げて縛って片足で歩くほうが気分よく感じるという人もいます。

自ら視覚を失うことを選択した女性。

その女性は、生まれつき目が見えなかったわけではありません。何らかの病気に罹って視覚を失ったわけでもありません。自ら視覚を失うことを選んだわけです。

6歳で盲目になりたいと意識するようになり、十代になると白い杖を購入。点字の勉強も開始して、20歳のときには点字を読めるようになっていました。
願望を抑えきれなくなった彼女は、ついに自身の目に排水パイプ用液体洗浄剤を注入します。激痛に苦しみながらも、やがてほぼ全盲となりました。

「身体完全同一性障害(BIID)」の彼女は、「視覚を失いたい」という願望を持っていましたが、ほかにも前述のような足を失いたいという願望を持つ人や聴覚を失いたいという願望を持つ人たちも…。その願望はさまざまです。
非常にレアケースではあっても、一定数は存在するということで、日本国内にも相当数いらっしゃるのではないかと思います。

この病気がはじめて報告されたのは、1970年代。このときには、手足を切り落とすことで興奮を感じたり、手足の欠損した障害者だけに魅力を感じたりするという性的倒錯の一種だと考えられていたそうです。
しかし、現在では、人が脳内で身体をどう感じているか、そういう身体イメージが通常とは異なる病だと考えられ、そう定義されています。

彼ら・彼女らの「願望」、その願望を達した結果としての「幸福感」は、常人には理解できるものではありません。「その状態を本人たちが切望するのだから仕方ない」という考えもあるかと思います。
ただ、いわゆる「五体満足」な状態を自ら破壊するという心の病であることは間違いなく、その方たちが思いを遂げた結果、身近な人びとの心を傷つけていることもなくはありません。

名状し難い思いを感じます。

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