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狙ってるんだから当たって当然

 久しぶりの小旅行の帰りだったように思う。新幹線の中で二人並んで座っていた。平日の指定席車両は人もまばらで、静かで快適な空間だった。ざっと半径3メートル以内には他の人も居なかったので、概ね会話が成立する程度の声で時々ボソボソとしゃべっていた。大体たあいもない話をしていたのだが、その時ふと、将来についての漠然とした不安を漏らしてしまった。

 大学進学と同時に一人暮らしを始めて一年ちょっと。周囲は自分が予想していた以上に「似たもの同士」が集まっていた。現役と浪人の比率は恐らく4:6くらいで、同時に一人暮らしを始めたというのも全体の8割程度。ようやくそれまでの受験勉強が終わったので、もう完全にエンジョイする気満々の奴も多かったし、当時は学部の二年生くらいの時点で就職活動云々話題にあがることもなかった。でも、自分はずっとモヤモヤとした不安を感じていたのだった。

「その会社に入れたとしても、希望通りの部署に行けるとは限らないし、自分がやりたい仕事をやらせてもらえるとは限らないんだよね」

 そんな当たり前のことを、当時二十歳の学生はこぼしていたのである。今となってはちゃんちゃらおかしい。しかし、瑞樹さんはそれを特にバカにする様子もなく、当然ふざけている様子でもなく、いつもの調子でこう言ったのだった。

「つまらなかったら辞めてもいいんだし、もう後は好きにしなさいよ」

 あまりにあっさりとそんなことを言われてしまったので、正直ちょっと慌てた。うまく反応できずに、しばらく黙ってた。まあ、ちょっと離れてた時期もあったけどトータルでは間違いなく自分のことをいちばん長い間見てきてくれた人がそう言うのだから、謙遜したりする必要もないのか。

「いよいよダメそうだったら殺し屋でもやりなさい」

 いや、さすがにそれはどうかと思った。その時は。瑞樹さん、実の子供にそんなこと言う?って。





【つづく】