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HERO

柄にもない事はあまりしない方がいい。
もし俺が誰かに教訓を伝えるとしたらこれに限る。
要するに、身の丈に合わない事をするとその身を滅ぼしてしまうという話しだ。
何かを成し遂げるのに、ぶっつけ本番の一発逆転なんか無い。



自画自賛しているようで気持ち悪いが、我ながら頭が良いと思っている。
会社では人間関係も良好で、営業の成績もトップ。
昇給もほぼ確定していた。
それもこれも今思えば昔俺をいじめていたヤツらのおかげだと思う。
たった一度だけ、いじめっ子グループに向かって喧嘩を売った事がある。そして次の日から俺がいじめの標的になった。
いじめられていた俺は、いじめられないようにする為に必死に努力した。
話し方、見た目、全てにおいて、人から好感を持たれる為にはどうすればいいのか調べ、実行した。
社会人になり、ようやくその成果が出たところだが今となっては何の意味もない。
何故なら、全てゾンビになってしまったからだ。
もう、俺以外の人は居ないんじゃないのか。
人に好かれる必要がなくなってしまった。

しかし、持ち前の頭の良さは健在だ。
脱出までのロードマップを計画し、今まさに遂行中。
もちろん順調に進んでいる。
後は、ゴールであるあのボートに乗るだけだ。

案外俺は1人の方が上手く生きていけるのかもしれない。
誰にも気を使わなくていいし、自分の意思で行動しても文句を言われない。
失敗しても、自分の責任だ。
人のせいにする事も、自分のせいにされる事もない。


「誰か!助けて下さい!」

その甲高い音はハッキリとした人間の女性の肉声だった。
久しぶりに人の声を聞いた。
気づいた時には俺はその場を離れ、声の方に向かっていた。
そこには、電柱にぶつかりぺしゃんこになった車がある。車内身体で挟まり、身動きが取れなくなっている男と、それを前にして何もできずパニックになっている女性がいる。
女性の声に釣られ向こう側からゾンビが走っている。
女性は、必死に男に声をかけているようだが、その男の姿はどう見ても生きてるようには見えない。
多分、もういっときもすればゾンビになるだろう。
状況から推測すると、車でここまで逃げてきたがゾンビに襲われ事故に遭い、彼女を庇いながら彼女だけでも車から脱出させたのだろう。
そして、彼女はその現実を受け入れられていない状態。
見てられない光景だ。
俺は力ずくで女性の手をひきボート近くの安全な所まで走った。
女性はいっとき泣いていたが、何かを悟ったように急に静かになった。

正直、見て見ぬふりをしても良かった。
独りの時の沈黙は心地いいのに、誰か1人でも居るとこんなにキツイのか。
こんな状況で何と声をかけるべきか…
頭の良い俺でも分からない。
この一連の騒動で、俺たちを追ってきたゾンビがボート前に群がっている。
最悪の状況だ。
唯一の脱出ルートであるボートが今目の前で絶たれた。
こうなったら囮役が必要になる。

あ、そうだ。
全部責任取ってもらえばいい。

責任って?誰が?

それはもちろんあの女に決まってるだろ。アイツのせいでゾンビがここまで集まってしまったんだ。アイツを囮にして俺がボートに乗って逃げればいい。


だったら何故?

何故って何がだ。何も考えるな。沈黙は余計な事を考えてしまう。


そもそも彼女のところに向かわなければよかったのでは?


助けたのは誰だ?


何故助けた?


その責任は?


「ここから出ましょう」

久しぶりに喋ったからか、俺の声は震えていた。
急に話しかけたからか、彼女は驚いた顔でこちらを向く。

「あそこにボートがあるのが見えますか?あのボートは唯一動くボートです。俺はあれに乗ってこの街から出る準備をしてきました」

彼女の返事を待たずに俺は立ち上がって説明を続けた。

「でも…どうやって?ボートの前にはこんなに沢山ゾンビが…それに、私はもういいんです。彼がいない世界なんて生きる意味なんかない…」

そう言いながら泣きそうになる彼女を見ると少しムカついてきた。

「生きる気がないなら、せめて俺がボートに乗れるよう囮にでもなってくれませんか?俺は見ず知らずのあんたを踏み台にしてでも生きてここから出るつもりですよ」

「・・・」

ほらな。だんまりだ。
死ぬ勇気もないくせに、死にたいだなんて言う。その割に生き抜く覚悟もなく、守ってくれる人に寄生して生きながらえている。

「俺には分かりません。どうせ人は死ぬのに、何故死にたいなんて思うのか。普通は死にたくないでしょ。でも、不死身にはなれないから、せめてちゃんと死にたいです。俺は。あんたはここでゾンビになりたいんですか?」

俺は一体何を言ってんだ。何でムキになってんだ。
でもなんか、ムカつくんだよな。

「…ゾンビになりたくないです。」

俺はその一言を聞いて何故かスッと心が落ち着いた。何故か分からないが安心した。苛立ちも治った。
そして彼女の手を引きボートまで全力で走った。
ゾンビは俺たちに向かって突進してくる。一切容赦はしない。襲いくるゾンビたちを避けながらなんとかボート前まで辿り着く。

そして俺は彼女を独り置き去りにした。

彼女はどんどん小さく離れていく。
俺に向かって何か叫んでいるようだが、あまり聞いてなかった。


らしくない事してしまったな。
どうして、俺は彼女1人だけをボートに乗せる選択肢を選んでしまったんだろう。
自己犠牲なんて俺らしくないな。
でも、何故か悪い気はしなかった。
今思えば、俺は最初からこう在りたかったのかもしれない。
誰かの為になりたかったのかもしれない。
そういえば子どもの頃はヒーローになりたかったんだったっけ。
俺は子どもの頃のいじめの標的になってしまった事を思い出す。
当時いじめられてた気の弱い女の子がいて、その子を助けたくてアイツらに喧嘩売ったんだったな。
でも、それ以来ヒーローになる為に出来ることなんて何一つしてこなかった。
ヒーローが好きだった事も忘れてた。
そんな俺がいきなりヒーローぶっても、こうなる事は分かりきってる。
本当は、もっと考えれば2人で脱出できる方法はあったはずだ。

あー、死ぬのは怖いな。


柄にもない事はあまりしない方がいい。
もし俺が誰かに教訓を伝えるとしたらこれに限る。
要するに、身の丈に合わない事をするとその身を滅ぼしてしまうという話しだ。
何かを成し遂げるのに、ぶっつけ本番の一発逆転なんか無い。

何かになりたいと思った時、もうすでにスタートの合図鳴っている。

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