見出し画像

正しさの味方

今にも飲み込まれてしまいそうな暗闇の中、ぼんやりと薄ら明るい街灯が立っている。
等間隔に立てられたその街灯の中には、今にも消えそうに点滅しているモノもあり、不気味さを増している。

そんな場所に似つかわしくない10代くらいの少女が街灯の灯りを頼りに歩いていた。
少女は自身と同じくらいのサイズをしたバックパックを背負い暗い夜道を街灯を頼りに進む。
恐怖をグッと堪えるその表情は眉間にしわをよせ歯を食いしばり今にも泣き出しそうな顔をしている。
決して後ろを振り向かない進みっぷりはた覚悟を決め旅に出たた勇者さながらの姿だ。
だが、壁というものはいつも後ろではなく前に立ち塞がる。
少女は目の前の光景に足を止めてしまった。
少女が目にしたものは、血を流し座り込んでいる大人の男の姿だった。

「えっ何!?」

少女は驚きを隠せず声を上げた。

その声に気づいた男は横目で少女の姿を確認し、聞こえるか聞こえないか位の舌打ちをした。

「なんでこんな時間にこんな所にいる。ここは危ないからガキは早く家に帰れ」

男は少女を追い返そうと高圧的な態度で言ったが、あまりにもボロボロの姿で全く威圧感が発揮されない。それどころか、少女の方は心配して気にかけている。

「そっちこそ、かなりの大怪我してるみたいけど大丈夫なの?」

「俺は大丈夫…それより早いところ離れた方がいい。多分追手がくるから、アンタも巻き込まれるぞ」

「だったら尚更早く行かないと…!」

少女は考えより行動が先に出るタイプのようだ。
ボロボロの男に肩をかし路地裏の狭い通路まで運んで行った。

「どうして追われてるの?」

「仕事だ」

「あら。ずいぶんと物騒な仕事をしているのね」

「俺にはこんな仕事しかできないからな…」

「何のお仕事を…」

少女の質問を遮るように遠くから「おい!」と大きな声が聞こえてきた。
恐らく、男の言った追手がきたのだろう。
ライトを照らしこちらに向かってくる追手の姿を見ると警察であった。

「あれは警察じゃないかしら!助けを求めなきゃ!」

少女は警察の方に向かって大きくてを振り合図を出そうとするが、男は少女の手を止める。

「逃げるぞ!」と言われるがままに少女は担がれてしまう。

「ちょっと貴方どう言うことなの!?訳を話しなさいよ!」

男は少女の話なんか無視し、追手を撒くのに必死だ。


警察から逃れた後、廃墟のアパートに忍び込み身を隠す2人。
廃アパートの中は夜逃げした後のように家具がそれなりに置いてあるが、放置されて何十年も経っているようで使えるほどのモノはなにもない。

まるで指名手配された気分ねと文句をブツブツ言う少女を横に男はガン無視を決め込み眠りにつこうとする。

「ちょっと!まださっきの質問の答えを聞いてないわ!」

男のガン無視なんてお構いなしに話を続ける少女に根負けしたのか、男は寝っ転がった体を起こす。

「アンタに何も話す気はない。それと、今日あった出来事は忘れろ。他言無用だ。もし誰かに話したらアンタの命に関わる」

「そうね。まず、私の名前は"アンタ"じゃないわ。私はナ…私の名前はマチルダよ!今度からそう呼びなさい。それと、あなたの名前も教えてくれるかしら?」

男は全く人の話を聞かないタイプのマチルダに頭を抱える。

「…俺の話を聞いてたか?アンタ…えー、マチルダ?も命を狙われる可能性があるんだ。だから今あった出来事を…」

話を遮りマチルダは立ち上がる。

「だから、まだ質問の答えを聞いてないじゃない!あなたの職業と警察に追われる訳を教えてちょうだい!理由次第ではあなたを助けられるかもしれないでしょ!」

自信満々に言うマチルダの姿に呆れ果てたのか、それとも圧倒されたのか男は目を丸くして空いた口が塞がらない様子でいる。

「よし、わかった。俺の事を話そう」

きっと話したら諦めてくれるだろうと思い、男は自分のこれまでについて話し始める。

「俺は元傭兵で、戦後職を失った。だから今は何でも屋みたいな仕事をしている。何でも屋と言っても、請け負う仕事の内容は殺しや誘拐とか…まともな仕事じゃない。10代の頃から戦う事しか習っていない俺はこういう類の仕事しかできないんだ。それで、今回仕事でトラブルが起きて…今に至る」

「ふーん。そうなのね」

あまりピンとこなかったのか、それとも話を聞いてないのかマチルダは特に驚く様子もない。

「分かったろ?だから俺と関わってると命を狙われるんだ。それに、もっと厳しい状況もあったから助けはいらない。少し休めば自力でなんとかできる」

「名前はなんて言うの?」

「レノだ。もういいだろ。お喋りは終わりだ」

「まだよ。だって貴方とても困ってるでしょ!私の性分は困ってる人には手を差し伸べる事よ!まぁ性分というより、世界はそうあるべきだと信じてるの。だから貴方の話を聞いた以上益々見逃す訳にはいかないわ」

マチルダの言葉には何の迷いも無かった。
ただ純粋に、そうあるべきだと信じている。
まるで雛鳥が最初に見たモノを親鳥と思うように。

レノはその強い意志に恐怖を感じていた。

「とりあえず、もう疲れたから寝かせてくれ」

レノは話を逸らすと、ゆっくりと、沈むように瞼を閉じた。


「もうここは終わりだ…まんまと敵軍にハメられてしまった。早急に撤退するぞ」

「でも!まだここには民間人も、自分達が来るまで耐えてくれた仲間もいるんですよ!?どれだけの犠牲が出たと…見捨てるって言うんですか!」

「ダメだ!本部から撤退命令が出ている!ここはもう…諦めるしかない」

「目の前で人が死んでるんですよ!見逃せる訳ないでしょ!俺はもう1人ででも行きます!」

「おい!待て…!」

「ハッ…!?」

「だ、大丈夫…?」

心配そうに眺めるマチルダの目に映ったのは子どものように怯えた姿のレノだった。

「悪夢でも見た?」

レノの身体からは滝のように汗が流れ、心音はマシンガンのように速く鼓動している。

「大丈夫…。ちょっと昔の夢を見ただけだ」

「嫌なことでもあったの?」

「まぁな…。それよりも、マチルダ。どこかで一回会ったことあるか?」

「え?なんで?」

「いや、何でもない」

「あら、そう。レノ…これからどうするの?どこか他に身を隠す当てでもあるの?」

「当ては一応ある。心配するな。だからアンタともここでおさらばだ。もう充分助かったよ、ありがとう」

レノは無愛想に礼を言い出かける支度をそそくさと済ませる。
するとマチルダはレノの腕を強く握り、出ていくレノの足を止めた。

「私も、レノと一緒に行くわ。勝手に着いて行くんだから気にしないでちょうだい。これはエゴだけど、ここでレノを見過ごしたら私は…何のために家を出て旅に出たのか分からないわ。貴方の為だけじゃなくて、私自身の為でもあるの。だから協力させて」

「…アンタの事情なんて聞いてない」

2人は廃アパートをで出て1時間ほど歩き、小さな町に辿り着いた。
マチルダはこの1時間の間、20回ほど「着いてくるな」と言われているが、そんなことお構いなしにレノの後ろを歩いている。

「ねぇ、そろそろ休憩しない?」

1時間もぶっ通しで、重い荷物を背負って歩くのはマチルダというただの少女にとっては苦行であった。

「アンタに合わせる暇は…」

文句を言うマチルダに対し、黙らせようと声ををかけたところだった。通りかかった小さな新聞屋に売ってある新聞の一面の記事が目に飛び込んだ。
その記事の一面にレノは言葉を失ってしまった。

ーナタリー姫が行方不明 本当に家出か!?王女誘拐の可能性もー

その記事の一面に貼られた写真にはマチルダの顔が載っていた。
その刹那、レノはただならぬ視線を感じる。
よく周りを見渡すと、この町の住人が全員がレノとマチルダの2人を見ている。
それもそのはず。誘拐事件として取り上げられてる最中に当人たちが堂々と町中に立っているからだ。
住人たちは通りすがるついでに2人のの顔を覗き込んでいる。

「おい、マチルダ」

周りに聞こえないように呟く。

「はい?」

さっきまで無視されていたからか、急に名前を呼ばれ驚いている。マチルダはまだこの状況に気づいていないようだ。

「なるべくこの町の奴らと目を合わせるな。そしてここらで歩くペースを上げて行く。怪しまれないように堂々としてろ。いいな?」

いつもに増して小さな声は、いつもに増して威圧感があり、緊張感が走る。
これは言う事を聞かないとヤバいと察したマチルダは足の疲れなど忘れ必死にレノの後を追う。

なるべく早く、なるべく堂々と、当たり前のように"ここを歩いている人"を演じながら進んでいく。
レノは最初からこの道を知っているかのように迷いなく路地裏に入り、迷路のような細い道をグネグネと曲がりながら歩いて行くと行き止まりにたどり着いた。

「行き止まりよ…」

レノは黙って壁を眺める。
よく見ると見事に壁と同化したドアが隠されていたのだ。
しっかりカムフラージュされたドアノブを握り、急いでドアを開きマチルダを部屋の中へ引っ張り込む。

ドアの奥には綺麗に整理整頓された部屋があった。

「ナタリー」

「なにかしら」

"ナタリー"は当然のように返事をした。

「やっぱりナタリーなんだな」

その言葉でようやく気がついたナタリー。
思わず返事をしてしまった事を後悔し、顔を下に向けたまま上げられずにいる。

「ごめんなさい。ホントの私はこの国の王女、ナタリー姫なの」

「どうして、こんな所にいる」

「私は、この国を治める者として相応しい人格でなければなりません。だから、生まれた時からありとあらゆる英才教育を受けてきました。でも私が学んだことの中に、この国の人々の話は一つもないのです。これから国を治める者になるにも関わらず、国民のことが何一つ分からない。そんなの切実じゃないでしょ?だから家出して国中を旅しようと決めたの」

「おい、何してんだお前ら」

奥からショットガンを構えた中年の男が現れた。
中年の男はレノに気づくと銃を下ろしニコっと笑いだした。

「なんだよー!お前か!久しぶりだな〜」

「すまない突然。久しぶりだなゲイリー」

この中年の男はゲイリーと言う。
レノがこの地に来てからずっと世話になっている仕事仲間だ。

「ここに用があるってことはなんかあったのか?」

「まぁな。ちょいと厄介な事になって…」

ゲイリーはナタリーの方を向くとなるほどと呟き何となく状況を察した。

「てことは仕事は無事済ませたってわけか」

ゲイリーの意味深な発言に空気が少し冷えた。
嫌な予感がしたナタリーはレノをじっと見つめる。

「ねぇ…仕事って?何のこと?」

2人の間に沈黙が続く。

「俺の仕事は…アンタを、ナタリー姫を誘拐する事だ」

「うそ…」

ナタリーの身体は恐怖と絶望に震え上がる。
自分がまんまと誘拐犯について行ってたこと、そんな誘拐犯を心底善良な気持ちで助けようと思っていたこと。
これはナタリーという1人の少女にとって初めての裏切りで、初めての挫折である。

「アンタを誘拐して、反国家勢力…ようするにテロリスト達に渡す事が俺の受けた依頼だ。アンタを人質に、国を変えようとするのがテロリストの目的だ」

「じゃ、じゃあ私からも貴方に依頼するわ!私を守って!お金なら沢山あるわよ!いくらでも払うわ!だって私は王女よ!テロ集団よりお金なら沢山あるわ!」

「すまないが、俺もこの国は嫌いだ。テロリストではないが、元々俺は戦争に負けてこの国で奴隷になっていたからな。だからこの仕事の依頼を受けた」

レノは泣きじゃくり訴えかけるナタリーに追い討ちをかけるような言葉を放った。
表情一つ変えずつらつらと話すレノのその目は少女にとってはあまりにも冷酷だっただろう。

「お嬢さん、そう言う事だ。知らない人にはついていっちゃダメなんだぞ」

ゲイリーのヤジがうざったく入るが、今のナタリーの耳には届かない。

「ナタリー…アンタの思う世界は、困ってる人に手を差し伸べるのが当たり前なんだろうが、それが命取りになる。それだけ、人ってのは生きるのに必死なんだよ。アンタの知らない世界ってのはそう言う場所だ。強くもないクセに自分の正義感を過信するな。戦場では助けた人の数より、殺した敵の数が多い方が英雄だ。どんな思想を抱いても力がなけりゃ無意味なんだよ。正しく有れないんだ」

ナタリーは人生で初めて世の中の厳しさを知った。
だが、正直ここまでとは思ってなかっただろう。まさか命取りになるなんて思いもしない。

「ゲイリー、銃を借りるぞ。それと、ナタリーを縄で縛っておいてくれ。これから合流所までコイツを運ぶ」



大きなコンテナが綺麗に並べられ、錆びた金属と海の潮が混ざった独特な臭いが漂う。
夜の暗さとその臭いがよからぬ雰囲気をだしている。
コンテナの森を抜けると大きな廃工場が聳え立っている。
廃工場の中には十数人の男たちが武器を持って誰かを待っているようだ。
真ん中の奥にいるのは、おそらくこの集団のボスで、その左右に立っているのが側近の実力者であろう。
彼ら全員には組織の一員である事を意味するトカゲのシルエットのタトゥーが入れてある。
この廃工場がテロ集団の拠点のようだ。

集団と対立しているようなポジションに立っているのはレノと、誘拐したナタリーである。

「随分と手こずってたようだな」

このガラガラした声の正体は真ん中に座っているボスだ。

「約束通り王女は連れてきた。十分だろ」

「付けられてないだろうな」

「問題ない」

「女を渡せ」

「金が先だ」

「お?今までそんな事こだわっていたか?俺ァビジネスマンだ。ビジネスは信頼が重要。この俺が約束を破ったことなんてないだろ?」

チッと舌打ちを立てナタリーを渡す。
それと同時にボスの側近にいる男が大きいアタッシュケースをレノに投げつけた。

その瞬間、ドオンっと大きな爆発音が響き渡る。

「おい!これは何の真似だ!?」

テロリストたちがすかさずレノに銃を向けるが、既にレノは姿を消していた。

「アイツ逃げたぞ!」
「探せ!散開しろ!」

テロリストらがレノを探す。
レノは事前に仕掛けた爆弾を起動させその隙に姿を眩ませた。

「ナタリー…こっちだ」

ナタリーの後ろの物陰からレノが声をかける。
テロリストたちを錯乱させている間にナタリーを連れ出し、外のコンテナに身を隠す。

「すまなかったな。無事に家に帰してやる」

「どうして?そんな事したら貴方の命も危ないのでは…」

「王女様はアイツらより金持ってんだろ?契約は乗り換えだ。とりあえずここは走り抜けるぞ」

2人は全力で出口に向かって走り出した。
だが、すぐ後ろにはテロリスト達が迫っている。
ナタリーは大きな門をよじのぼり廃工場から出て行く。

「レノも早く!」

「ナタリー、よく聞け。これからすぐ警察の元に逃げるんだ。そして家に帰れ。俺はここで時間を稼ぐ」

「そんな!ダメよ!私はもともと貴方を助けるつもりでついてきたのよ!」

「アンタは若い。それに国の王女だからまだ国を変えれる可能性がある。ここで死なれたら何の意味もない。」

「…必ず貴方の事も助けるわ。絶対に戻ってくるから」

ナタリーは決死の思いで走り出した。
後ろからは銃声が何発も消えてくる。
ナタリーは振り向かず真っ直ぐ警察の元まで一直線に走る。
いっとき走ると数人の警官が集まっている姿が見えた。

「すみませぇん!私は、私はナタリー王女です!町外れにある廃工場で、テロリストと思われる集団の抗争があってます!私はさっきまでそこに囚われてました!」


「どうしたんだキミ。これが本当ならとんでもない事だぞ!」

「おい、あの子本当にナタリー姫だ。これはまずいぞ」

もう1人の警官がナタリーに気づく。

「ナタリー姫はこちらのお車でお送りいたします」


警察達はすぐさまレノのいるところへ向かい、残った数名の警察がナタリーを家まで保護した。
こうして無事にナタリーは生還する事ができた。

ナタリーは警察の車に乗って車窓をぼんやり眺める。
レノは無事なのだろうか、その事をずっと考えていた。
服のポケットに違和感を感じたナタリーはポケットに手を突っ込んでみると、一枚の紙切れが入っている事に気づいた。
こんなもの入れた覚えのないナタリーは二つ折りにされたその紙を開けてみると、そこには手紙が書かれてあった。


もしかしたらキミに会えなくなると思い手紙を書かせてもらった。
まずキミに伝えたい事はありがとうという事。
俺は戦争中、仲間のために1人で戦ったが、結局この国に捕まり奴隷になってしまった。
終戦後の奴隷解放があっても俺の生活は何一つ変わらなかった。
自分が無力故に一生奴隷生活を余儀なくされたんだ。
だから、とにかく力を求めた。生きるためにだ。
そんな事しているうちに何が正しいのか何が悪いかなんて忘れてしまっていた。
でも、キミに出会って、キミの姿を見て思い出した。
俺は最初に"どんな思想を抱いても力がなけりゃ無意味"だと言ったがそんな事ないと思う。
そうあってはならないと思うんだ。
だから、キミの思い描く思想を貫いて欲しい。



ナタリー元王女、王族の離脱から数年にわたる戦いの末政権を獲得!

新聞の記事一面にナタリーの写真が載せられている。
王族がが牛耳っていた政治を変えるために、国民の意見を取り入れるために、絶対王政を覆した英雄として語られていた。

1人の女性が小さな墓の前で立っていた。

「お礼を言うのは私の方だったわ。あの頃の弱いままの私では成し遂げられなかったもの。貴方のおかげで私は強くなれました」


その墓にはレノと名前が刻まれていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?