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【ショート小説】踏み潰すべき若芽もあるだろう

(作者注:この話はフィクションです。モデルなどもありません。)

この話はこちらの話のもう一方の視点です。

本文ここから********

私は佐藤。中学校の社会科教師をしている。今は校長だ。

最近、ちょっと困ったことが起きてしまった。学校の裏サイトに、私についての悪い噂が書き込まれてしまったのだ。

書き込みはこんな書き込みだ。

「今、ここの校長しているSugar先生って、私が中学の時の担任だったよ。●●中学校。とっても教え方も上手で面白い先生だったけど、一つ気になることがあって。なんか、特定の子をひいきすることがあったんだよね。ひいきって、その子だけ特別扱いして良いことする、ってわけじゃなくて、反対なの。特定の子をターゲットにしていじって周りを盛り上げるって感じ。私もその子をいじって楽しんでいたけど、ターゲットにされていたTさんって、だんだんと暗くなっていって、いつも笑っていなくて泣きそうな顔をしていて、ちょっとかわいそうだったな。バレー部で、Tさんの顔面にわざとボールをぶつけて、目に大怪我も負わせたしね。大事にならなかったのは、どうやってもみ消したのか知らないけど笑笑。Sugar先生って、今じゃそんな事していないよね?」

私は佐藤だから、同じ読み方の砂糖にかけて「シュガー」と呼ばれることもよくあった。内容から、、、

残念だが、私がやったことで間違いがない。

ってか、田中以外の生徒は、みんな私が田中をいじって盛り上げることで大爆笑して盛り上がっていたじゃないか。どうして、今さらこんな書き込みを誰がしたのか?

教室で誰か1人をいじりのターゲットにしてクラス全体を盛り上げる手法は、教員になってしばらくしてから先輩教師から教わった。

新卒ですぐにクラス担任を任された私は、クラス運営がうまく行かずに悩んでいた。生徒は言うことを聞かない。生徒の考えていることがよくわからない。指示を出しても無視される。最後は怒りが募って怒鳴ってしまう。

生徒は私の怒りに気圧されて言うことを聞くけれども、怒鳴られたくないから動いているだけで、ただ単に渋々従っている、という状態だった。

ところが、学級活動の時間、いつも大爆笑が聞こえるクラスがあった。私は恥を忍んでそのクラスの担任に、どうやってクラスを盛り上げているのか質問してみた。

その先輩教師は、声を潜めて教えてくれた。1人、いじりのターゲットを決めて、そいつをいじり倒して笑いを取れば、あとは生徒たちが勝手に盛り上がってくれると。

変ないじり方をすると問題になるから、お笑い番組を研究すれば良い。お笑い番組よりもマイルドな線を狙ってターゲットをいじり倒す。保護者や他の先生からなにか言われても、問題にならない線を保つのが大切だと。

私はそれを聞いて、その日の夜から自宅でお笑い番組を見ることにした。先輩芸人が後輩芸人をいじり倒して笑いを取るようなやつだ。酷いことをしているようだが、放送倫理にひっかかっていないのなら、倫理的にはギリギリ大丈夫な線を攻めているのだろう。

なるほど、参考になる。

その先輩教師は、ターゲットの選び方も教えてくれた。親を見るのが大切だと。世間体を気にしすぎて、先生にいじめられているなんて言えない家の子どもが一番楽だ。もしくは、完全放任で親が子どもに全く関心がない家の子か。

なるほど。私はお笑い番組を見ながら、教室の席に座る生徒たちの顔を頭に思い描いてみる。

親が完全放任な子が2人、子どもの気持ちよりも世間体が先に立つ家の子も数人いる。

さて、誰が良さそうか。生徒と親の性格を考えて、試しに完全放任で親が絶対に文句を言ってこなさそうで、気がそこそこ強い生徒をターゲットに定めてみた。

父親と離婚して、母親が介護ヘルパーをしながら育てている。仕事で忙しくて、子どものことは学校に全ておまかせする、というタイプの家だ。保護者面談にもやってこない。家庭訪問しても、先に知らせたはずの時間に行っても絶対にいない。

気の弱い子をターゲットにすると、心が折れてうつになられても困る。たくましく、自分の力で生き抜いてやる、って気概にあふれているその生徒のことを、次の学級活動の時間にいじってみることにした。

結果は大成功だった。そいつの日々の行動や言動をいじるような言葉を2回ほど入れてみたら、みんな大爆笑してくれた。その後は、いつもと同じように話を進めていたのに、食いつき方、取り組み方がぜんぜん違う。

本人も笑っていたから、別にこの程度のいじりなら大丈夫で良かったとその時は思った。

でも、何かとそいつをいじりのタネにしていたら、だんだんとそいつの顔が険しくなっていった。クラス全体の雰囲気も、そいつはいじっていいものだと言う感じに変わっていった。というか、そいつをいじることで、その他全員が団結して、クラスがよくまとまるようになった。

私は少し申し訳ないような気がしたので、高校受験のときには職業高校の推薦の話をまっさきにそいつに持っていった。でも、そいつは「先生は結局私のこと小馬鹿にしているってことなんですね」といって断りやがった。

そして、成績的には無理だったはずの、地域で3番手の公立高校へ無理して合格した。3番手でも進学校だから入っても苦労するのが目に見えているのに。

かと思ったら、そいつは地元の公立大学へ奨学金を受けて進学して、今じゃ地域でそこそこの企業の幹部クラスだ。でも、クラス会には絶対に出て来ない。でも、まあ、私のいじりのお陰で奮起したようだから、それもいいだろう。

若いうちにある程度踏み潰したことが、彼女の今の成功につながっているとすれば、私の教育方法にも一定の効果があるということだ。

この生徒での成功例から、私は毎回、担任を持つたびにいじり役を設定するようになった。私が働いている地域では、中学校では基本的にクラス替えがない。1年生入学時に持ったクラスはそのまま3年生まで持ち上がりだ。

だから、1年生で入学してから1学期いっぱいかけてターゲットをじっくりと選ぶ。選び方を間違えるととんでもないことになる。教室での生徒の様子と、家庭訪問や夏休み前の保護者面談などで保護者の様子や考え方、性格をよく観察して、夏休み中にターゲットを決めて2学期から徐々にいじりはじめる。

そうすると、その学年が終わる頃には強固にまとまったクラスが出来上がっているのだ。

それで、3周くらいしたころ、私は30代半ばになっていた。団結力が固く全員が協力的な私のクラスは、平均的な成績もよく、クラス合唱やクラス対抗戦でも良い結果を残していた。

それで、ちょっと調子づいてしまったのだろう。あるとき、ターゲットにしていた男子生徒を教卓の上に乗せて、ズボンを下ろしてしまったことが有る。もちろん、性的な意味はない。私に男色の気はない。男が男のズボンを下ろすんだ。ただのいじりだった。

でも、その話を伝え聞いた他の教師が問題視した。職員室でちょっと行き過ぎだ、普段から特定の生徒をいじっているのが気になっている。私がいじっていた生徒が高校に入ってから鬱になって自殺未遂したようだ、という話も聞いた。

それから、私は周囲からは見えないいじりの方法を研究するようにした。周りからはいじりだと思われにくく、でも他の生徒は確実に盛り上げられるような方法はないかと研究した。

この方法は、簡単にクラスをまとめて盛り上げて、成績を伸ばせる最高の方法だ。これで、私の教師としての全体的な評価も上々だ。今さら手放せるわけはない。

「トロッコ問題」っていうのがあるけど、あれは1人を犠牲にして5人を助けるのが正解に決まっている。教師として大きな声ではもちろん言えないが、1人をいじりのターゲットにして、その他30人、40人の生徒たちを楽しませることができるのなら、それでいいじゃないか。

授業はエンターテインメントであるべきだと思う。おもしろく楽しい授業が生徒の心に残り、その結果として成績向上につながるのだ。

ズボン下ろしを起こしてしまった次の学校で出会ったのが田中だった。田中の母親は大学の教育学部の同期だった。大学生の時から、世間体が第一に立つようなヤツで、こんな人間が教師になって大丈夫かと本気で心配した。

同じ県出身で、私とともに出身県の教員採用試験に合格して、田中の母親も教師になった。しかし、やはり性格的に向いていなかったようで、3年ほどで結婚退職したのは聞いていた。

4月の家庭訪問で再会して少し驚いたが、懐かしい感じはしなかった。いつもどこかお高く止まっていて、同期の男子学生を鼻で笑って小馬鹿にしているような感じが嫌いだったからだ。

そこで、私はそのクラスでは田中をいじりのターゲットにすることに決めた。母親も父親も、世間体が先に立つ人だ。父親は地元の名士の家の跡継ぎだが、家族には興味がない。籍は入れられないが、他に本命の家庭を持っていて、そちらに入り浸りだという噂話も聞いたことがある。

母親もそんな父親との関係を受け入れて、地元の名士の正式な嫁であるという地位を大切にしているような人間だ。学校で娘が多少のいじりを教師から受けている、それも自分が小馬鹿にしていたヤツから受けているなんて、訴えることすらできないだろう。

いじりはじめから最初の数カ月間は、それでも田中の母親が問題視してきたらすぐにターゲットを変えられるように、田中以外の生徒にもいじりの矛先を向けるようにしていた。

しかし、数ヶ月たっても、年末の保護者面談のときにも、田中の母親は何も言ってこなかった。大丈夫そうだ。そう思って、私は1年生の3学期から田中を本格的にターゲットに定めた。

そのクラスも、田中へのいじりを中心にうまくまとめることができた。バレー部でちょっと大怪我をさせてしまったときには問題になりかけたが、親が特に何も言ってこなかったので、それ以上は特に問題視されることはなかった。

クラス運営がいつも通りうまくいったことで、行事の結果も高校受験の結果も、どれも他のクラスよりもいいものを残すことができた。

田中たちを卒業させてから数年後、私は管理職試験に合格して、教務主任、教頭、校長と順調に出世をしてきた。管理職になってからは、いじるのはやめた。もう、クラス運営で結果を残す必要はない。職員室運営や学校運営で職員をいじって、教師を鬱にでもさせたら管理責任を問われる。

とはいっても、いじりを中心にクラス運営を成功させてきた私には、いじりのテクニックを使わずに職員たちをまとめるのは難しいことだ。

私のクラス運営の結果を知っている職員や教育委員会の期待度は高いのに、クラス担任をしていた頃のような成果をうまく上げることができなかった。

しかし、目立った成果がないだけで、失点があったわけではい。学校にトラブルが起きたときにもスムーズに大事になる前に処理をしてきた。結果的に、校長まで上り詰めることができたのだ。

今の学校が初めての校長で、その後、2校か3校の校長を務めるか教育委員会の幹部クラスでも経験したら定年だ。

その後は嘱託職員として身体が動かなくなるまで教科担任として教師を続けるか、教育関連のNPOにでも雇ってもらおう、そんな風に人生設計をしていた。

そう思っていたのに、学校裏サイトに書き込まれた私の過去の言動が問題視されてしまったのだ。

田中についての書き込みの後で、どうやら私がいじりのターゲットにした生徒本人や保護者、友人知人からの書き込みが相次いでいるらしい。

私も読んでみたが、中には私がターゲットにしたことが遠因で精神疾患を発症して自殺してしまった生徒もいるという。その生徒が自殺したのは知っていたが、元々が不安定な環境で育った子だ。私だけが遠因ではないはずだ。

ズボンを下ろした生徒とその父親からの書き込みもあった。どうやら、子どもにボイスレコーダーを持たせていて、授業中のいじりの音声データを持っているとのこと。

何だよ、父親なんて会ったこともないぞ?ボイスレコーダーも仕込んでいたなんて、子どもに無関心な家庭じゃなかったのかよ?

私は掲示板を読みながら、脇の下に冷や汗が流れるのを感じた。

しばらくしたら田中本人も書き込んだらしい。

裏サイトの掲示板への書き込みとは言え、学校や教育委員会では当然問題視された。また、マスコミの取材も始まったようで、音声データの提出や、いじられた生徒や保護者、同級生へのインタビューも行われたようだ。

最初の書き込みから1年ほどたってから、県の教育委員会に雑誌記事のゲラ刷りが送られてきた。教育委員会から、内容が本当なのかを聞かれたが、私はシラを切るしかない。とにかく覚えがないことばかりだと。

そして、私は、かつてターゲットにしていて、インタビューを受けた生徒たちに電話をかけた。記事を取り下げろと、インタビューの内容は嘘だと言えと。

誰も応じてくれなかった。それどころか、その音声も録音されて、雑誌社に提供された。

ネット記事では、ズボンを下ろした生徒が録音していたいじりの音声と、電話をかけた音声も公開されてしまった。

私は学校内では生徒たちからも職員たちからも、白い目で見られるようになってしまった。そして、PTAから校長を交代させてほしいという声が上がってしまい、私は教育委員会付となってしまった。

教育委員会からは辞表を提出するようにと迫られてた。嫌だ、定年まであと10年弱、なんとしてもしがみつくんだ。でも、教育委員会からは、もうポストはない、今ならまだ自主的な退職で退職金も出せる。

このまま、教師による生徒いじめの事実が拡散していくようなら、懲戒処分にせざるを得なくなる。懲戒解雇だと退職金も出ないと脅された。

粘れるだけ粘ろうと思ったが、結局、私は辞表を出さざるを得なくなった。私の顔写真も目線は入っていたが、学校名とともに掲載されたから、地元では私のことだとバレている。

まだ、定年まで10年近くある。子どもも大学生の子がいる。家のローンは終わったばかりだ。退職金だけでは足りない。定年後の再就職先として考えていたNPOにも連絡をしたが返事がない。

これから先どうやって生活していけばいいんだ。

畜生!どうして、俺の人生、こうひどい状態になってしまったんだ!

そうだ、トロッコ問題での栄誉ある1人の犠牲者になろうとしなかったアイツらが悪いんだ!

私は、田中の実家に電話をかけてみた。田中が今どこにいるのか聞いてみる。

最近はオレオレ詐欺もある。普通は、こういうことを親に聞いても、学校の先生だと言ってもなかなか教えてはくれない。

でも、田中の母親は、娘のアパートの住所と今勤めている会社の名前と住所も教えてくれた。

まずは、田中から片付けよう。私は新幹線で東京へ出て、田中が勤めている会社が入っているオフィスビルへ行ってみた。1階のロビーにはコンビニやカフェ、レストランなどが入っていて、誰でも自由に出入りができる。

私はコンビニでペットボトルのお茶を買って、エレベーターが見えるソファに座った。午後5時を過ぎた。終業時刻だ。徐々にエレベーターで人が下りてくる。その中に私は田中の顔を探した。

下りてくる人の数もまばらになった午後6時半、開いたエレベーターの扉の奥から、大人になった田中が出てきた。母親の大学生の頃の雰囲気によく似ている。

私は田中の前に歩み寄った。そして、カバンから包丁を出すと一突きで田中の胸に突き立てた。心臓に包丁が刺さった手応えがした。私は力を込めて包丁を押し込んだ。

「キャーッ!!」という叫び声が上がった。田中が目を見開いて私の顔を見つめながら倒れる。周辺が血の海になっていく。私は警備員に突き倒された。

いや、次の生徒のところに行くから離せよ。警備員がのしかかったまま動かない。抑え込まれている。この感じは、柔道経験者だろう。何かの研修で習った柔道の抑え込みに似ている。

動けない。

「離せ!離せ!」私は叫ぶ。次の生徒のところに行くんだ。私の人生を貶めた、あの記事でいじりを悪く言っていた生徒を全員仕留めるんだ!だから、離せよ!離せよ!

誰かが持ってきた刺股で身体を抑えられる。え?刺股って、不審者から動きを奪うものだろう?どうして、、、私が???

え?私が不審者?

横を見ると、血を流しながら横たわり心臓マッサージを受ける田中の姿があった。私が今刺した。田中はピクリともしない。私が、殺した?私は殺人者??

パトカーの音が聞こえてきた。ビルの前で止まる。警察官が何人もロビーに流れ込んできて、私に手錠を掛ける。私は教師だぞ!校長だぞ!なんだ!生意気な生徒にちょっとしたお仕置きをしただけじゃないか!なんだ!まだ、お仕置きが必要な生徒がいるんだぞ!

必死で抵抗したが、日頃鍛えている警察官たちの力に押さえつけられた。私は殺人者として逮捕されて、警察に連行された。

この小説の田中視点の物語はこちらです


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