見出し画像

「羊の告解」いとうみく著

高校時代に当時仲が良かった(今元気にしているのだろうか…)友人の1人が、ぽろっと自分の祖父の「逮捕歴」について語ったことがあったのを思い出した…証券取引法違反か何か…要するに経済・金融絡みのことで逮捕されたというのだけれど、そのせいで「皇族関係者とは俺は結婚できない」ってセリフが未だに忘れられなくって…。俺の周りにも複雑な家庭環境の人間は多いけど、そういえば中高生までの間に親族に「逮捕歴のある人間(※非行少年少女は除く)」がいるっていう話は、彼位だったかもしれない…。

「羊の告解」、告解という単語も作品を表していると思うけど、いわゆる「加害者家族」にスポットを当てたYA作品。これ…率直に言って面白かった、あっという間に読んじゃった。基本的に「いとうみく」さんの作品はご本人が以前保育関係の雑誌の記者をされていたことも関係していると思うけど、様々な面で描写や物語の背景、それに伴う説明が丁寧で分かりやすいので、ある意味ノンフィクションを読んでいるかのような錯覚に陥ってしまうほど引き込まれる作品が多い。

↑の書影がとてもいい…これまで見てきた書影の中でもトップクラスに美しいと思う。最近発売された宇多田ヒカルの「One Last Chance」の碇シンジのような、シンプルな色使いと主人公の苦悩が静かに感じられる表情のすばらしさ…。

前回紹介した「朔と新」、読書感想文コンクールの課題図書にもなった「天使のにもつ」、疑似大震災の中で引きこもり少年がどのようにサバイブしていくのかを描いている「アポリア」など…アポリアはまだ触れていないけど、この作品も色々「分かるわぁ」って描写が多かったよね…。どちらかといえば、俺は引きこもり系だから、主人公が抱いていた葛藤とかそういうことに近い位置にいるのは確かかもしれない。

さて、話を戻して…羊の告解は「加害者家族」の苦悩であったりを描いている、それはもちろんのことだけど…1人の中学生の男の子の視点から描いているのも興味深い。説明が難しいけど、これが高校生であると微妙に大人びた対応になってしまうし、小学生だと荷が重すぎる…故に、ある意味社会を少しづつ学び始める「中学生」というのは、一番適任というか…。

そして、その主人公の心情と対比するような形で存在する小学2年の男の子…あえて名前を出すけど「周平」くん。正直、前職の関係でお子さん相手に色々接客もやったりしていたので尚更なんだけど、この子がなんともまぁ、かわいいんだよね…ホント、子供かわいいよねって誰もが言いたくなる時に思い浮かぶような感じの、素直で人懐っこい感じ…だから、この子が苦しむシーンなんかはこの作品で一番キツかった…。小学2年でそれまで当たり前のように一緒に遊んで飯を食っていた父親がいなくなった「理由」を知るのは、あまりに重すぎるよね…。

他に、匿名性を感じさせるような嫌がらせ、途中主人公が環境を変えて自分と同じ境遇の女の子に遭遇するエピソードがあるんだけど、ある意味その中に登場する「嫌がらせ」が非常に「自分の形跡がトレースできないような卑怯だが相手を限りなく侮辱する」印象で…現代で問題になっているネットでのそれであったりの比喩表現…要するに、加害者に関係していれば巻き込んでオモチャにしたっていいよね、的な風潮であることへの描写でもあるように感じられて、うまい!と思う反面、非常に怖いとも感じたよね…。個人的に「学校の裏サイト」でのコラージュ写真の嫌がらせってのは…もう相当エゲつなくてね…あまり深くは触れたくないけど、学校の裏サイトからの被害の話って結構耳にしたりするからね…。

主人公が当時付き合っていた(正確には諸事情で一時的に離れた)彼女に対して「傷つけてしまう」シーンも印象的だった…途中、それをにおわせる描写があるんだけど、なるほどそういうことかと…これ、結構複雑な感情で成り立ってるというか、ある意味弱い自分を受け入れてくれるような存在としての彼女、を素直に伝えられなくって…という意味合いにもなるし、自分の心情を理解せずうわべだけで「味方」を演じる彼女にイラついて、一番やってはいけないラインをギリギリで超えるか超えないか…みたいな描写にも感じる。いずれにせよ、非常に印象深いシーンだったよね…。

ところで、あの父親は結局その後どのような人生を歩むのだろう…。間接的に「幸せの黄色いハンカチ」の健さん演じる元受刑者、のようなことを「金を貸していた大学時代の親友」相手にやってしまって…分からないけど「命の重さ」ということも一つのテーマになっていて、主人公もそうした暴力に対峙するシーンがあるけど、難しいね…何処の世界にも裏切りやクズっているし、そのせいで何人も泣かされていろんなところで恨まれた結果殺されちゃって、それでもそいつの死に「命の重さ」があるのかどうか、って他人や子供に語る際に平気な顔でいるのかってのもあるし…(幸いそうした付き合いは避けてきているから自分はまぁそれっぽく話せるのだろうが…)

逆にある時親友が「金を貸してくれ」って言ってきて、そんなこと言ったことのないやつだから余程困っているのかと善意で貸したら、いつまでたっても帰ってこないし実は話が違っていて…結果、感情が抑えられずぶん殴ったらアスファルトやら車止めに頭打っちゃって死んじゃった…って本作のようなケースだと、殺してしまった本人の罪はもちろんあるとは思うが、一方で妻子持ちの親友に金銭面で迷惑をかけておきながら、何事もなく過ごすことができてしまう神経など理解できず、本性が見えてしまい失望して…

あるいは、親友だからこそ手が出てしまった、許せないという感情が体に表れてしまったこともあるだろうし…人間、意外に相手が早い段階でクズだとわかれば結構冷たいし、距離を置くから連中長生きすることも多い故、自分自身に自覚がない分生活や環境は悪くなるけど他人のせいにしたまま、一生を終えるが故に案外幸せなまま死んでいくのかなって思うと…仲良くなることで難しいことになったりするから、なんだろうなぁ…。

ということで、難しいテーマではあったけど興味深い作品だったので、中高生の皆さんも含め…読んでみてはいかがでしょう。

にしても、読解力が本当に戻ってきた感じがしてここ最近嬉しい…同時に表現力というか語彙力も回復してきているように感じている。以前は1つの記事を書くのに語彙が浮かばなくて挫折することが幾度となくあったのだけれど…読書の効果でもあるのだろうが、やはり次第に自身のコンディションを取りもどしてきているのかなと…。

余談ですが、ヘッダー画像は小菅ヒルズこと「東京拘置所前」の差し入れを唯一購入できるというお店…をお借りしたもの。どうして小菅ヒルズなのかというと、とても高く大きいビルのようだから…だったのかな?拘置所のことを別荘という言い方もするらしいから、まぁ…色々ね。

この記事が参加している募集

#読書感想文

191,797件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?