寄席に「下手は出すな!」は正しいのか?

お客様目線でいくと「そらそうやろ、下手は出さんといてほしい」という風に思うかもしれません・・・。しかし、

「あなたが上手と思ってる人も、別の人からすれば下手と思われているかもしれない」

ということが抜け落ちています。芸の評価と言うのは非常に主観的なものです。このように言うても、

「そんなもん、オモロイか、オモロないかは誰でもわかるやろ!」

とまだ言う人もいます。少なくともこれを言う時点で賢いか賢くないかがわかってしまうのですが、これを言える人は、なかなかハートが強いとも言えます。

ただ、アンケートなり、何なりによって「多数派から支持されてる人かどうか」=「多数派によって、上手or下手と判断される人」は判定がつきます。その場合であっても「寄席に下手は出さない方が良い」は正しいのかについて、私の意見を書きます。

結論だけ先に書くと、

①「興行が、落語マーケット内のお客を獲り合う局面なら、下手は出さない方が売上は上がる」

が、

②「興行が、落語マーケットそのものを大きくしていく局面なら、下手も出す方が売上は上がる」

です。あるいは、目的が「落語市場のお客の奪いあい」なら①であり、「落語市場そのもののお客の拡大」なら②です。
これは噺家個人のミクロの経済戦略なのか、組織全体のマクロの経済戦略なのかの違いとも言えます。

実際、落語協会(東京)、落語芸術協会(東京)、上方落語協会(大阪)の寄席興行において興行形態(戦略)は違います。そのへんを含めて分析していきます。

ちなみに、東京と大阪の寄席システムの違いについては大きく違いますので、御存知でない方は、別記事で書いておりますので先に以下の参照記事をご覧ください。(参照記事:「上方の噺家は能力の可視化を嫌う」https://note.com/shoufukuteitama/n/n0f8c5565eeb0?from=notice

本日も、概論については「無料」で、ナイーブな部分は「有料」にしています。(無料部分でも少し刺激はあるかもですが・・・)


「寄席の集客アップのために、噺家は各自、芸を努力しろ!」は間違い

「寄席に下手は出すな」を言い換えると「寄席は上手な奴だけ出せ」となります。もっと言えば「噺家全員が上手になればええ」という話になります。
では、噺家が上手になったら、寄席の売上は上がるのでしょうか?
まずはこれについて考えます。

●昔、上方落語協会で出た意見

昔、六代文枝師匠が上方落語協会の会長だった時に、繁昌亭昼席のお客様が減って来た際、「どうすればよいか」の議論が出ました。
その際、当然、「値段変更や団体誘致などの検討が必要ではないか」みたいな意見が出る一方で、

「そんなことより、皆が芸を一生懸命努力すればよい。芸が良かったら昼席にお客が来るやろ!皆の努力が足らない!」

みたいな発言をする偉い師匠がいました。

・・・思わず「結局、それって何の解決策も出さないということやんな…」と私は思いましたが、高度経済成長期の価値観の師匠方が「そらそうや!おもろかったら、お客は来る」みたいになってました(笑)

もちろん、私に似た感覚の人達は、

「ミクロ経済とマクロ経済を混同しており、マーケティング的にはおかしな話」

と思っていましたが、そんなことを思うのは中堅以下なので、誰も文句が言えず、スルーしていました(笑) 
てなことで、まずは「ミクロとマクロで戦略が違う」ということについて、解説していきます。

【ミクロの話】落語会は、芸が上達すればor人気の噺家を集めれば、集客は見込める

まず、落語会(ミクロ)と寄席(マクロ)は全く違うものです。

落語会とは「どこかの会場」で「1公演に特定された少数の噺家が数人出る公演」を「定期的にor不定期にor単発で」行われる興行です。
一方、寄席とは、「同じ場所」で「不特定多数の噺家が出る公演」を「365日=毎日」行う興行です。

イメージとしては、
落語会は、「大きな落語市場の中にある、1つの興行」で、
寄席は、「落語市場の大きな部分(あるいは、マーケットそのものを対象とする興行に限りなく近い)」です。

つまり、落語会は「内容が他の落語会より面白い」ことで、他の落語会からお客様を奪って集客することが可能です。ですので、自分の落語が上達したり、自分の落語会に面白いメンバーを集めることで、他の落語会に行くお客様を奪って、自分の落語会に誘導することは可能です。

【マクロの話】繁昌亭昼席で、それが成立するのか???

(このテーマが今日の記事の核心とも言えます。)

落語会と寄席は違います。
特に大阪の天満天神繁昌亭は、落語市場を拡大するために存在すると言っても過言ではない寄席小屋です。
ということで、

「個々の落語家の芸が向上することで、落語市場全体は大きく増えるのか?」

について考えてみます。(結論は「否」ですが…説明は以下の通りです)

例えば、
落語市場(全体のお客300人)=
「噺家Aのお客100人+噺家Bのお客100人+噺家Cのお客100人」
とした場合で考えてみましょう。

噺家Aが極端に芸が上達すれば、噺家Aのお客は増えるかもしれません。
しかし、この時、落語市場全体としてのお客様は、ほぼ増減しないのです。

どういうことかと言うと、「芸が上達する」ことで、お客が増加するためには、お客がそもそも「芸の比較ができるお客様」ということですから、そのお客様は落語市場に既に存在していたお客様です。

たとえば、噺家Aが上達しても、

「噺家Aのお客200人+噺家Bのお客50人+噺家Cのお客50人」

みたいな形になるだけです。
この状況では、噺家Bと噺家Cのお客が減っただけで、落語市場全体は増えていないと言えます(笑)

それゆえ、個々の落語家の芸が向上したところで、落語市場全体は(少なくとも短期的には)増加しないと言えます。
天満天神繁昌亭昼席の顧客の90%は、落語初心者がメインですので、この顧客を増加させる戦略として、「個々の芸を向上させる」には、あまり有意義ではないです。
そうではなく、「落語市場にいないお客様(USJや劇団四季や歌舞伎や他のカルチャーの顧客)」を「落語市場に来させる努力」の方が必要なのです。

その意味で、繁昌亭昼席の集客アップのために、「噺家は各自、芸を努力しろ!」は間違いであり、「他のエンタメのお客を寄席に来させる努力を劇場や組織がすべき!」という話になります。

【結論】
落語市場において、個人が市場を独占していることはないので、芸を上達させたり、上手な出演者を集めることでイベントの集客をアップすることは可能です。その意味で、「落語会で下手を出さない」は経済的に意味があります。
しかし、落語市場全体のお客を増やすという目的においては、芸の上手下手はさほど意味はなく、他のエンタメから落語市場にお客を流入させる工夫の方が大事ということです。つまり、「下手を出さない」は、関係ない話です。

「下手を出す」メリット

逆に「下手を定期的に出す」ということにもメリットがあるという話を書いておきます。

もちろん大前提として、最初に

「あなたが上手と思ってる人も、別の人からすれば下手と思われているかもしれない」

と書いたように、下手を認定するのは難しい話です。
しかし、アンケートや経済的指標などによって、「お客の多数派が好む噺家」と「お客の多数派が好まない噺家」には分類可能ではあります。
しかし、この「多数派のお客が好まない噺家」(以降「下手な噺家」と書く)であっても、寄席では売上貢献するということを書いていきます。

単純に「落語市場のお客様の奪い合い」においては、下手を出すことはデメリットになり、売上を低下させる危険が発生します。

一方で、落語市場にいないお客様にとってみれば、上手か下手かは全くわかりません。知名度があるかどうかしかわからないのです。ですので、まず下手な落語家が出演することで、その日の来場者数を低下させることはありません。
そして、下手な噺家であっても、その人は「この世に存在している」のですから、何らかの人間関係が存在しますので、その人目当てのお客様が発生する可能性が出ます。そのお客様は、上手い落語家の出演だけでは、寄席が絶対に手に出来ないお客様です。ですから、下手な噺家を出演させることは「一定のプラスの売上」が上がるのです。

しかも、落語ファンは「自分の気に入った噺家が一定数を超えれば、基本は来場する」のであり、他の出演者は実はどうでもよいのです。つまり、上手な噺家が一定数を超えた時点で、「落語市場のいるお客様」は、下手な噺家が出ようが減らないと言えます。(よっぽど嫌われてない限り…)

つまり、上手な噺家を一定数必ず出して、その他は出来るだけ多種多様に総出演させるほうが、新規客の来場者数が見込めることになります。またその新規客が上手な噺家を見て、落語ファンに育っていくことも期待できるのです。その意味で「下手を出すな」は間違いで、「下手も定期的に出す(上手と一緒に)」が正解かと思われます。

こういう「下手も出す」こそが、新しいお客様の流入な訳ですから、これは「他のエンタメからお客様を落語市場へ流入させる」仕掛けとも言えます。

実際、その1つが、東京の「真打興行」です。
これは芸が向上したとか、そういう話ではなく(建前は別)、
下手でも真打になれます(笑)・・・すいません。たぶんです。
そして、これは「落語初心者のお客様を、一度でええから寄席に来させる」仕掛けになっています。
→「芸歴15年=真打初心者」が人生で培った人間関係を使って、落語初心者を、寄席に流入させ、落語に触れさせるというのが、「真打興行」とも言えます。
またこれは毎年定期的に行われ、ニュース性を出すことができるので、本当によく出来た仕掛けと言えます。

それでは、最後に「落語協会・落語芸術協会・上方落語協会」の寄席番組構成からみる経営方針について分析をしてみましょう。
意外に「下手を出すべきか」という価値観で、3団体の経営方針に違いがあるようです。←私の主観もええとこですが(笑)

東西の寄席の運営形態

まず、東西の寄席番組から導き出される結論を先に書いておくと、現状は…

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