「晴れ」と「雨」で、シンプルに未来をデザインする
まえがき
『石川県では、「曇り」のときも「晴れ」というので、この時期は「晴れ」と「雨」しか使わないんだ』。そう楽しそうに朝礼で言ったのは私の元同僚で、このご時世で石川の家からリモートワークしていた。本当に石川県の人たちがみんなそうなのかは分からないが、曇りが続いていた東京住みの私にとって「曇り」を「晴れ」と捉えると、空のように淀んでいた気持ちが少し晴れやかになった気がした。そして私も「そうしたら、こちらも晴れですね!」なんて言い放ちながら笑っていたが、ふとこの話に、ユーザーの未来の体験をデザインするヒントが隠れているのではないかと思った。
本記事のポイント
デザイナー(特にUXデザイナー)は、様々な情報の可視化・構造化を通じてサービス体験像を明確にしていく
コンセプトを決めるには、ユーザーを動かす事象の性質や特徴をシンプルに捉えることが重要
捨てること(捨象)を恐れず本質をとらえ、北極星をかかげる
その北極星をデザインすることは、事業の最初から関わっていくための我々デザイナーの武器である
デザインは可視化・構造化の連続
私はUXデザイナーとして戦略〜画面の設計やデザイン要件定義まであらゆるサービスフェーズに関わることがある。その中で共通して、現在のユーザーの心理・行動のモデル化や外部情報の構造化、あるべき体験の方向性やコンセプトの可視化を行う。大半の時間をそれにさいているといっても過言ではない。
未来を思考する戦略・企画段階では体験の肝(きも)やサービスのコンセプトがシンプルに示すことがその後のプロジェクトの成功確率を高めると考えている。実際、世界初のUSBフラッシュメモリーの発案・開発者である濱口秀司さんが示したコンセプトはこちらだ。
この時点でこのコンセプトがユーザーに受け入れられるか否かはいったん置いておいて、このプロジェクトが向かうべき方向性(北極星)はシンプルでとてもわかりやすい。
「晴れ」と「雨」の2元論から何を考えるか
ようやく本題に戻る。なぜ、「曇り」を忘れて、天気を「晴れ」と「雨」の極端な2つで分けたのだろうか。
彼らの行動に影響を与える一番重要な因子が「晴れ」か「雨」か、だからであるとUXデザイナーらしく考えてみた。
晴れであれば、洗濯物を外干し、傘を持たずに歩きや自転車で出かけることができる。雨のときは、洗濯機を回さず、傘を持って車に乗って移動するかもしれない。さて、曇りのときはどうだろうか。晴れのときと大きく行動が変わるだろうか。もちろん曇りだと影響を受ける消費者、そして生産者のかたもいることは理解している。
(日本海側では曇りの日が多く、それを曇りとラベリングすると明るい気持ちになれない。だったらそんなものは晴れにまとめてしまえ!という、実際は単純な理由かもしれない。知っている人がいたら教えてほしい。)
そもそも曇りとは体感的にどこからが曇りなんだという疑問もあり、このとき「晴れ」と「雨」の2元論で世界を捉えてしまうとシンプルなことに気づく。
しかし、シンプル化とは同時に他の特徴や性質を捨てることでもある。
捨象をして、本質に近づく
「もっと抽象化しなさい」。社会人になってから何度も言われた言葉ではないだろうか。そもそも、抽象化を行うためには物事や事象を観察し、あらゆる特徴や性質の中から目的にあったものを選択する一方で、それ以外は捨てる行為であると言える。捨象とはまさに捨てることである。
捨象の捨は「手放す」、象は「ものの姿、ありさま」を、そして抽象の抽は「抜く・引く」を表す。先程の話では、空に雲があり日差しを遮っているような特徴を捨て去ったことになる。
つまり、ユーザーの未来をシンプルにデザインするときには、ユーザーの心理・行動変容に影響が少ない要素を捨象し、重要な要素を抽象することができればよいのだ。
さて、石川の天気にもう一歩踏み込んでみよう。実際は日本海側は雨以外にも、よく雪が降るという。するとユーザーは自身の行動を決めるにあたり、本質的には空気中と地上に雨や雪といった邪魔な水分があるか、それとも邪魔な水分がないのかが重要になってくる。UXとは主観的ものなので、ここでは1人の生活者の主観的な判断とする。
未来をデザインするため強い軸を見つける方法
ユーザーに提供したい未来の体験の方向性(北極星)を示すために、ユーザーの心理行動変容に強く結びつく要素や性質=強い軸 が必要である。
ここでは1990年代の有名な事例をつかって、強い軸を見つける方法の1つを紹介したい。
結論から先に読むと、自分でもこの銀行サービスの解決策なら考えられたと思うかもしれない。これは、強い軸を抜き出す練習だと思ってほしい。
ベビーブーマー世代の人は、小銭が煩わしい、管理が手間だとおもいつつ、将来のために貯金がしたいものの出来ていなかった状態だ。この事例が記された記事には要点しか書いてないので実際には、銀行とユーザーのニーズや課題は雑多に溢れていたことだろう。ここから強い軸を見つけるために、恐れずにあらゆる特徴や性質を捨てて、ユーザーの心理行動変容に強く結びつく軸を引き抜きたい。
デザイナーとして重要なのは、軸を必ずユーザー側の言葉で語ることだ。ここでは、2つの軸の組み合わせを考えた。
①「小銭に感じる手間」×「母として家計をうまくやりくりできている実感」
②「小銭に感じる手間」×「商品やサービスを購入する楽しさ」
①②に共通する、「小銭に感じる手間」は、小銭を管理するのが煩わしい、お財布にあっても重たくパンパンになってしまうといった状態を表している。
①の「母として家計をうまくやりくりできている実感」はどうだろうか。これを確かめるためには、実際は定性調査が必要になる。
予想にはなってしまうが、自宅のダイニングテーブルのはじに転がっている小銭は彼女たちにお金をしっかり管理できていない、整理もできないと感じさせるかもしれない。当時はまだ女性が主に家計のやりくりと子育てをする時代だったとしたら、母としてうまくやれている実感はどんなときに感じていたのだろうと想いをめぐらせた。
②の「商品やサービスを購入する楽しさ」は、本来お買い物は生活を豊かにする楽しい体験のはずだ。ただ、家計のことを考えながらのお買い物はどうだろうか。すこし息が詰まってしまうかもしれない。
すると、以下のような未来の体験デザインする銀行サービスの姿が見えてくるだろう。
①”小銭の管理の手間から開放されながら、母としてうまくやれている実感が得られる“銀行サービスの姿
②"小銭の管理の手間と家計の心配から手離れした、お買い物を楽しめる“銀行サービスの姿
さいごに
銀行のサービスの事例をもとに強い軸を考えると、ひょっとするともっと面白い解決策もあるかもしれないという期待や、既存の解決策をどのような方向性で改善していくのが良いかの仮設的指針が得られたのではないだろうか。
戦略企画・プランナーは日々多くの分析とロジックの積み上げから未来を考える。ユーザーの未来の状態を、ユーザー側の言葉を使って描くことは、彼らと共創するときに重要な化学反応を引き起こす。
それはつまり、事業の最初から関わっていくための我々デザイナーの武器であり、あるべき姿ではないかと考える。
この強い軸でつくった北極星の確からしさや、実際にここから強いアイデアをえる方法は別の機会に記事にしたいと思う。
はて、今この記事を読んでいるあなたがいる場所の天気はどうだろうか。
Twitter: @shoty_k2
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