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連載/デザインの根っこVol.09_柳原 照弘(後編)

 建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2019年2月号掲載、柳原照弘さんの回(後編)を公開します。

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形ではなく、空気をデザインする

 私は石に、他の素材とは違う、特別な感情を抱いています。石が持つエネルギーをそのまま使いたいと思っていて、そのため私の事務所には素材メーカーのカタログはほとんどありません。私はコンクリートも含めて、あらゆる素材は表面的な仕上げではなく、形をつくる層だと考えており、興味があるのは質感ではなく「質量」です。100㎜の壁があるとして、表面の5㎜をモルタルで塗ってもその裏にある95㎜が現れます。中にある力や質量から、その空間で過ごす人がどう感じるかを考えているのです。

 その点で、好きな現代アーティストにレイチェル・ホワイトリードがいます。彼女の作品は、建物を型枠にして室内に石膏を流し込み、固まった後に型枠である建物を壊すことで、空間が形となって現れるというものです。視覚に現れているものを反転しているのです。私達の仕事も同じで、実際に形となるのは外枠の部分ですが、デザインしているのは、形に包まれた居心地や見えない空気だと考えています。

GHOST/レイチェル・ホワイトリード(1990)

使い手が入る余地があること

 形そのものではなく、形がつくる空間を考えると、先にも述べた通り(19年1月号)使い手にとっての「余地」が残っていることが重要です。余地とはつまり、使っていると良くなるということで、飾って完璧なものには余地がないとも言えます。京都の陶芸家、石井直人さんがつくる器に引かれるのもそれが理由です。京丹波に住居や工房を構えて、日常の中でものづくりを続ける作家で、8年程前に、写真家の鈴木心さんと一緒に工房を訪ねたのが出会いです。最初は買うつもりなく行ったのですが、器をずっと見ているうちに「この土鍋でご飯を炊いたらおいしそう」とか「この器には魚の煮付けが合いそう」といった情景が浮かんできて、人生で初めて衝動買いをしました。その様子を見ていた石井さんは、料理人が来たのかと思ったそうです(笑)。器は熱で歪んでいたりとどれも個性的でしたが、石井さんの暮らしから生まれたもので、その個性に使い手が入る余地が残されているように感じたのです。

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石井直人氏の器(画像提供/柳原照弘)

ものの多さではない豊かさ

 豊かな暮らしを考えると、アイスランドを一周した時の風景が思い浮かびます。そこで使われている言語は、アイスランドに人が住むようになってからほとんど変わっていません。言語だけでなく風景も同じで、石をむやみに動かさないとか、枝を折らないといったことを、皆が何気なく意識しているのです。自然が残っていて、そこに人が暮らしているという環境が、とても豊かだと感じました。

 日本は豊かな国だと言われますが、果たしてそれは本当でしょうか。多くのものが溢れていますが、供給が多いと需要も膨らんでいきます。また情報も選択肢も膨大で、かえって欲しいものになかなかたどり着けない状況を不便に感じることもあります。一方アイスランドでは過剰なものがなく、多くの人が日々を快適に過ごしています。ものの多さという、先進国での豊かさの基準を持ち込むのではなく、そこでの過ごし方を意識した時に、自分にとって本当の豊かさとはどんなものかが見えてくると思います。
〈談/文責編集部〉

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アイスランドの風景(画像提供/柳原照弘)


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やなぎはら・てるひろ/1976年香川県生まれ。2002年に自身のスタジオを設立。空間からプロダクトまで、さまざまなジャンルのデザインを手掛ける。最近の仕事に「竹尾 淀屋橋見本帖」「池渕歯科」(ともに19年1月号)、「/MAISON」(18年3月号)など
※内容は商店建築2019年2月号発売当時のものです
(ポートレート撮影/近藤泰岳)

紹介作品一覧

1.GHOST/レイチェル・ホワイトリード(1990)
※作品集『RACHEL WHITEREAD(MODERN ARTIST SERIES)』(2004)より
2.石井直人氏の器
(画像提供/柳原照弘)
3.アイスランドの風景
(画像提供/柳原照弘)

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