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連載/デザインの根っこVol.18_井上 愛之

 建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2019年11月号掲載、井上愛之さんの回を公開します。

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つくりたいのはシーンではなく
シークエンス

 1995年から2005年の間くらい、私が20歳そこそこだった頃を中心に10年程度、スニーカーや時計にハマっていました。スニーカーショップの「アトモス」に通ったり、時計が割安で買える時計市に徹夜で並んだりして、ずっとカルチャーに触れていた感覚です。藤原ヒロシやNIGOを中心にストリートブームが巻き起こっていて、中学生の時から代官山から原宿まで歩いたりする中で、いろいろなことを体験しました。「このスニーカーが」とか「この時計が」のようにガツンと衝撃を受けた訳ではありませんが、当時の感覚は今でも残っています。「これが格好良くて」といった自分の中の基準が培われたようなイメージです。クリエイターや最先端のカルチャーがつくる空気そのものに影響を受けたのです。

 デザインにあたって、私がつくりたいのはシーンではなくシークエンスです。ある一点から見て美しくつくるよりも、店内を歩いたり、時間を過ごす中で心地良さを感じてもらいたい。「こう体験してほしい」という方向性はあるにせよ、それを押し付けたくはなくて、自由に解釈してほしいのです。それは、私が若い頃に街を歩いていろいろな感覚を培ったことと共通するかもしれません。そしてそのために必要なのが、抽象的であることです。見る側に余白が残っている状態とも言えます。例えば、若い女性がメインターゲットのお店でも、その一点を狙い過ぎると押し付けがましくなってしまいます。そうではなくて、もう少し年上の男性が来ても楽しめるようにしたりと、具体的なシーンをいくつか重ねていくと、だんだん空間が抽象的になっていきます。評価基準を限定しないとも言えるでしょう。自分が良いと思うものと、お客さんが良いと感じるものは必ずしも直結しません。その落とし所として、抽象があるのです。

時計市で購入した腕時計「ROLEX_DATEJUST」(画像提供/井上愛之)

変化することを受け入れる

 具象と抽象のバランスと関連して、好きな画家にVincent XeusやAndy Denzlerがいます。二人の共通点は、具象的な絵の上に手を加えて抽象的にするということ。そのため写実でもありますが、抽象でもあります。いくつかの面が同時に存在することで、いろいろな見方や評価を共存させています。「この映画のこのシーンが」とか「このブランドが」といった絶対的なものがない分、私が良いと感じるものはその時々によって変わりますが、根底に似通った部分がある人達の制作物に惹かれることが多いです。Lemon Jellyという二人組の音楽ユニットが好きなのですが、彼らの一人はグラフィックデザイナーで、もう一人はランドスケープデザイナー。インストの、ポップだけど少しセンチな曲調で、音楽からプロモーションビデオまで自分達で制作しています。

 海外でも仕事をする中で、東京でもパリでもバンコクでも、世界的に流行しているものは同じだと感じます。どこにいても、ネットで最新の情報を得ることができるため、地理的な差はほとんどなくなっているのではないでしょうか。その分、私も場所によってデザインの感覚を変えているつもりはありません。そもそも自分達のスタイルや作家性を意図しているのではなく、自分達のフィルターを通ることで、アウトプットがドイルコレクションの色になります。なので、良いと思うものが変わればデザインも変化するでしょう。変化することや、いろいろな視点を受け入れることは、私のインプットはもちろん設計手法やアウトプットとしてのデザインにも共通するのです。〈談/文責編集部〉

「Fragmented Identity」Andy Denzler(2017年発行・画像提供/井上愛之)

「Lost Horizons」Lemon Jelly(2002)

いのうえ・あいじ/1977年横浜生まれ。設計事務所勤務を経て2011年ドイルコレクションを設立。飲食店を中心に幅広く店舗デザインを手掛ける。最近の仕事に「Kimchee Pancras Square」(19年9月号)、「soboro bakery」(18年11月号)、「報恩会館 柏崎」(18年5月号)など。
※内容は商店建築2019年11月号発売当時のものです。

紹介作品一覧

1.時計市で購入した腕時計
「ROLEX_DATEJUST」
(画像提供/井上愛之)
2.「Fragmented Identity」
Andy Denzler
(2017年発行・画像提供/井上愛之)
3.「Lost Horizons」
Lemon Jelly(2002)

掲載号の「商店建築」2019年11月号はこちらから!


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