見出し画像

連載/デザインの根っこVol.08_柳原 照弘(前編)

 建築家やインテリアデザイナーにインタビューを行い、衝撃を受けた作品などのインプットについて語っていただく連載「デザインの根っこ 」。今回は「商店建築」2019年1月号掲載、柳原照弘さんの回(前編)を公開します。

発売中の最新号の「商店建築」2022年5月号はこちらから!

特別な日常がつくる豊かな光景に心動かされる

 私は、プリミティブなものや原風景から刺激を受けることが多いと思います。強く印象に残っているのは、学生時代に旅した北欧の風景。クリスマスのストックホルムやコペンハーゲンで見た、街の灯りに衝撃を受けました。そこで暮らす人たちはカーテンを使わず、部屋の灯りがそのまま通りに漏れ出していました。日本で多く使われる蛍光灯ではなく、黄色い、最低限の明るさの電球と蝋燭の灯りです。使われている照明や家具はシンプルな、デザインの主張をしないもので、見られることを意識しているのではなく、そこにある豊かな生活の一片が通りに溢れているようでした。非日常ではなく、なにげない日常がつくる豊かな光景に心を動かされました。

ストックホルムの風景(画像提供/柳原照弘)

暮らしがあってデザインが生まれる

 数年後の冬、スウェーデンのデザイナーで陶芸家でもあるインゲヤード・ローマンさんのアトリエを訪ねる機会がありました。アトリエはキャンドルの灯りで照らされ、彼女は買ってきたパンと日本茶でもてなしてくれました。日本では「ご飯を食べに行こう」というところを、北欧の人達は「ご飯を食べにおいで」と言います。インゲヤードも、自分の居場所に招いてくれて、テーブルの上には彼女がデザインした器やグラスもさりげなく置かれていました。彼女のデザインは、無理矢理インプットしてつくられたものではなく、何気ない日常の中からつくられています。一度で完成される形ではなく、若い時や子供ができてからなどで変わる考え方がそのまま反映されています。北欧の暮らしがあって、そこからデザインが生まれる。できたものも自然と生活の一部になっていく豊かさを体感しました。

インゲヤード・ローマンのアトリエ(画像提供/柳原照弘)

自由な解釈を受け入れるための核

 使っている状況を想定し、使う人にとっての「余地」をつくるために、決め過ぎないことが重要です。「完全な不完全性」とも言えるその考えは、現代アートにも通じるでしょう。現代アートは、鑑賞した人が皆違った解釈をしても成立します。自由な解釈は鑑賞者の権利としてある一方で、作品には核となる考え方も存在します。その点で、キューバの現代アーティスト、フェリックス・ゴンザレス=トレスからは大きな影響を受けました。

 「perfect lovers」という作品は、全く同じ時計が二つ並んだもので、同性愛者を表していると考えられます。同じ挙動を続けるため、針は決して交わり合うことはなく、どちらかが止まると初めて針が交わります。そこから、一生分かり合えない苦悩と、どちらかが死んだ時に初めて分かり合うことができる、という苦悩を感じ取ることができます。パートナーが亡くなった時に発表された作品だということにも深い意味がありそうです。

 例えば私が「カフェをつくりたい」という依頼を受けたら、すぐにカフェを考えるのではなく「どういう時間を過ごすか」と「コーヒーを楽しむ」というように、まず要望を分解して解釈し直してみます。その結果、カフェではない形で提案することもあるかもしれません。デザイナーの無茶で施主の首を絞めてはなりませんが、最終的に施主が良かったと思えるなら、そのためのクリエイティブなエゴはあり得るのではないかと考えています。その際に必要なのが自分の中の核となる部分。用途や形ではなく、どのような時間を過ごせる場所かを考えるのです。(次回後編へ続く)
〈談/文責編集部〉


やなぎはら・てるひろ/1976年香川県生まれ。2002年に自身のスタジオを設立。空間からプロダクトまで、さまざまなジャンルのデザインを手掛ける。最近の仕事に「竹尾 淀屋橋見本帖」(P.118)や「池渕歯科」(P.191)、「/MAISON」(18年3月号)など。
※内容は商店建築2019年1月号発売当時のものです
(ポートレート撮影/近藤泰岳)

紹介作品一覧

1.ストックホルムの風景
(画像提供/柳原照弘)
2.インゲヤード・ローマンのアトリエ
(画像提供/柳原照弘)
3.『Untitled(Perfect Lovers)』
フェリックス・ゴンザレス=トレス
作品集『FELIX GONZALEZ-TORPES』(2006)より

掲載号の「商店建築」2019年1月号はこちらから!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?