弁護士のキャリア設計に関する雑感

年末、電通主催の「ACC TOKYO CREATIVITY AWARDS 2019」に参加した。

最近はほとんどテレビを見なくなったので、必然的にCMを見る機会も減り、日々、目にする広告と言えば電車の車内広告かウェブ広告くらいのもので、受賞作品もほぼ全て初見だった。

広告業界に仕事での接点はないけれど、広告は「課題把握・創出」「ソリューション提供」「クリエイティビティ」の3点について学びが多い。これらはすべてのビジネスに汎用性がある。

本イベントの最後に、各部門の審査委員長らが全部門からのグランプリを非公式に決定する運びとなり、「#この髪どうしてダメですか」と「注文をまちがえる料理店」から、決選投票の末に後者が選出された。

今回の受賞作品全体を見ると、この2作品を含め、「プロダクトやサービスのマーケティングや売上拡大」を目的とするものよりも、「社会課題の解決や課題の認知拡大」に向いたものが多いように見受けられた(後日、委員を務めた知人に聞いた話だが、この傾向は4,5年前くらいから顕著になってきたらしい)。

それがどこまで意図的だったかは分からないが、広告賞が社会課題へのフォーカスを強めたことは、近年、国際社会でESGやSDGsが提唱され、企業にEthicやIntegrityが求められるようになった風潮にも沿う。企業はただ利益を出すのではなく、「正しく稼がなければならない」時代になっている。

そしてそれは、弁護士法に守られる代わりに、一般市民以上のEthicやIntegrityを求められる弁護士の性質と合致するように見える。

悪くないだろう。

キャリア設計という命題

日頃、大学等で法科大学院生や修了生向けの就活セミナーに登壇したり、コンサルタントとして修習生や弁護士の就職・転職相談のカウンセリングを行っていると、毎年同じような問いに出会う。

「弁護士として良いキャリアを築くにはどうすればいいですか?」
「最初の就職先はどこを選ぶべきですか?」
「やりたいことが見つからない場合はどうすればいいですか?」

法科大学院が創設されて10年以上になるが、未だに修了生の就活はそのやり方すら共有、継承されておらず、学部卒の就活のようなスタンダードが確立されていないように見受けられる(スケジュールが画一的でないこと、この10年の採用マーケットの変化など要因は多岐に渡ると思うので、今年の司法試験前くらいにnoteにまとめたい)。

若手弁護士向けのキャリア論については、幾人かの先生方が非常に分かりやすく示唆に富む記事を認めておられるので、以下をご紹介しつつ、別の視点から愚考を垂れてみる。

・法律事務所ZeLo/株式会社LegalForce 角田 望 先生
未来を担う若手弁護士に向けた法律事務所とキャリア論」(Ⅰ~Ⅲ)
・READYFOR株式会社 草原 敦夫 先生
弁護士事務所の選び方
・ロー・リンクス法律事務所/BINARYSTAR株式会社 井垣 孝之 先生
知らないと損する!30代以降のキャリアのフレームワーク」(1~6)

キャリアは以下の3つの要素の影響が大きく、特にテクノロジーの進化とともに外部環境の変化が激しい時代になっているが故に、キャリア設計はもはや不可能とすら思うほどに難しい。「むしろ設計しなくて良い」という声すら聞かれる。

(1)個体差(学歴、能力、性格、経験、価値観、志向性等)
(2)環境(家族、友人・知人、同僚、居住地、学校、職場等)
(3)偶発性(運)(上記(1)及び(2)含む)

所謂「ロールモデル」などの話もあるが、上記と同様の理由で再現性が低いため、それがどこまで有意であるかは疑問であるし、行政や大学主催で実務家法曹が自身の仕事やキャリアについて話をするようなイベントも毎年各所で行われているが、あくまで一法曹の経験であり、総体として捉えるには無理がある。

もし憧れのキャリア像があったとしても、その人とは異なる時間、時代を過ごすことになるので、あくまでスキルや経験、志向性、価値観などを参考とするに留めるのが良いだろう。

というわけで、キャリア設計は、大枠の方向性(今後も変わらないであろうもの:分野や業種など)を定め、細部(今後変わる可能性のあるもの:専門性や差別化など)は良い偶然の発生に委ね(=良い偶然の発生率を上げることを意識し)て筋道を立て、半年か1年に一度など定期的に見直す――というようなマインドセットでいるのが良いのではないか、と個人的には思っている(2020年元旦時点)。

ちなみにキャリア形成でググるとこれとかこれとか、参考になる部分もあるが、いずれも内発的な要素だけが列挙されているのが気にかかる。

先の問いに「運です」と回答するのは身も蓋もないけれど、事実「運」の要素はとても大きく、「キャリアを形成する要因の8割は運」と言う人もいるご時世に「偶発性」が考慮されていないのは首を傾げずにいられない。

「運」や「偶発性」を重視するのは、設計や予測の元には思いがけないキャリアや出会い、そしてイノベーションが生まれなくなってしまう、という信仰にも似たバイアスがかかっているのは否めないが、とはいえ、この問いに正解はないし、万人に当てはまる答えは誰にも出せない。

できないときはできないと言おう。

良いキャリアを形成するために

「運」の影響が多分にある以前に、学業を修めて社会に出る時点では、将来の夢や目標、やりたいことが決まっていない人も多いだろう。それらの探し方(自己分析などの具体的な就活ノウハウ)については、また別の機会に書くとして、前述のマインドセットに付随して、夢や目標があってもなくてもまず始められるであろうことについて触れてみる。

司法試験合格を目指す学生も、仕事をしている社会人も、本質的には毎日新しい知識を習得していく=学び続けていかなければならない、という点は変わらない。故に以下の4つの「情報」(あえて情報と言うが)の獲得は本人が望めば一生続く、且つこれらの獲得なくしては良いキャリアの獲得も望めないことと思う。

(1)知識  :専門分野及び専門外のあらゆる情報
(2)スキル :(1)を活用して動作に転換するための情報
(3)経験  :(2)を活用した結果から(1)に還元される情報
(4)人脈  :外部にある(1)〜(3)の情報

僭越ながら自身に当てはめると、(1)は弁護士の就職状況や法律事務所・企業の採用動向などの業界のマーケット情報、それからキャリア事例や転職活動のノウハウなどの人材サービス関連の情報の他、広告やデザイン、宇宙、ライフサイエンス、HRなどの興味関心のある分野の情報などがある。

それらの情報を例えばカウンセリング時に活用したり、データを元に資料を作成しセミナーなどで講演したりするのが(2)であり、その過程や外部のイベントなどに出向いて(4)ができたり、そこから得られたフィードバックが(3)となり、また(1)に還元される。

様々な識者が語るキャリアやHR関連の記事などを見ていると、しばしば、2005年のスタンフォード大学の卒業式のスピーチでスティーブ・ジョブズが発した「connecting the dots」の引用が散見されるが、前述(1)~(4)の「情報」を「dots」として捉えると、「connecting」されていることが分かる。

ジョブズの逝去を最近のことのように感じるが、もう15年も前のスピーチであることに驚きつつ、「良い話だなあ、どうして当時ここまで心に引っかからなかったのかなあ、この逸話は本当にジョブズが最初なのかなあ」と訝ってググってみたけど、先例らしきものが見当たらなかったのでどうやら本当にジョブズらしい(失礼)。

このdotsとconnectingの面白いところは、本人の予期しない形、まさに偶発性によって、新たなdotsやconnectingが発生することがままあることだ。そしてその発生率は通常、dotsの数に比例する。

日頃からdotsを増やすこと、意図的にconnectingすること、そして新たなdotsやconnectingを生み出す中で、偶発的に新たなdotsやconnectingが発生しやすい環境を作るよう意識しておくことが重要だと思う(計画的偶発性理論)。

できるだけ独自のdotsとconnectingを持つことが、結果的に他者との差別化にもつながる。

近年、リーガルテックをはじめとするxTech系のサービスが次々と出てきたり、企業内でも部署を超えた仕事や役割を求められたり、様々な場所でセグメントが融解している。とすると、弁護士も法務人材もスペシャリティに依拠して従来の業務に留まっていてはいけないはずだ。

もし将来が不安だと言う学生や若手弁護士がいたら、まずは様々な分野の「情報」を収集することから始めてみてはどうだろうか。

法曹にもITリテラシーを筆頭に、スペシャリティ以外の+αの能力や専門性が求められる時代がもうそこまで来ている。

そうだろう?

キャリアの形成と生物の進化

キャリア設計は「もはや不可能と思えるほどに難しい」「運の要素が強い」「偶発性に期待しつつ様々な情報を収集しよう」という旨を述べたが、最近、生物の進化に関する文献を読んでいて気になる点があった。

生物の進化には以下の3つが大きく影響するらしい。

(1)適応力
(2)偶然性
(3)必然性

「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるのでもない。唯一生き残ることが出来るのは、変化できる者である」というのは有名だが(ダーウィンの言葉として有名だが誤解)、キャリア形成に通じる匂いを感じる。

環境へ適応(1)するための進化が生存のための必須条件であるのは言わずもがな、全く異なる条件下から偶然(2)同じような進化を遂げたり、突然変異的な進化を遂げたり、実は偶然に見えるその進化には必然(3)としか思えない再現性があるらしい(収斂進化)。

歴史が繰り返されたり、マクロに見られる事象がミクロにも見られたりするのはよく聞く話だけれど、一見運ゲー要素が強いキャリア形成にも、実は必然性や再現性があるのかもしれない。少なくともプロフェッショナリズムやスペシャリティに固執して、変化できない弁護士は淘汰される可能性は高いだろう。

思い付きで書いたのでキャリアにおける必然性——不変的で普遍的なもの、いつの時代にあっても万人に共通してキャリア形成に求められるもの——とは何か? への回答は今は持たないが、いずれじっくり考えてみたいと思う。

時を戻そう。

キャリアのゴール

冒頭の広告の下りで提示した「課題創出・創出」「ソリューション提供」「クリエイティビティ」の3点は、すべてのビジネスパーソンに共通して求められる能力で、弁護士もその例外ではない。

旧来の弁護士は、クライアントからの問い(=「課題把握」)に対して法的な目線での回答(=「ソリューション提供」)するに留まるとよく言われるが、現代の弁護士はクライアントにソリューションを提供することは勿論のこと、クライアントが気づいていない問題を顕在化(=「課題創出」)し、その解決策を創造する(=「クリエイティビティ」)こと、さらにビジネスパートナーとして伴走して顧客の事業を支援することまで求められている。

ただ、キャリア設計において個人的に最も大切だと思うのは、「○○の事務所で働きたい」「○○の専門家になりたい」というように、キャリアのゴールを自分自身に置くのではなく、「クライアントまたは社会の抱える課題は何か? その解決のために自分は何ができるか?」「どうしたら社会に対する価値提供を最大化できるか?」というように、外部にゴールを置き、connecting the dotsの意識を持って良い偶然の発生率を高めつつ、発生を期待しつつ目の前の仕事に当たっていくことなのではないかと思う。そして、その時に(特に弁護士は)EthicとIntegrityを忘れてはいけない。

この外部へのゴールが設定できない=やりたいことが見つかっていない人に言えることがあるとするならば、繰り返しになるが以下から始めてみるのが良いのではないだろうか。

(1)専門分野や興味関心のある事など様々な種類の「dots」を増やす
(2)自分の中にある「dots」で「connecting」するものがないか探す
(3)たくさんの良い「dots」を持った人を探すこと、時間を共にする
(4)良い偶然の発生を期待し、発生率を上げるよう意識する(そのためにも(1)〜(3)を徹底する)

最後に、文中にもあったが、追々、具体的な就活ノウハウや最近の5大事務所への所感、法律事務所の組織設計、クリエイティビティと0→1の話、のような点にもいずれ触れたい。

また、今後マーケットや自身のdots、connectingの動向によって考え方も変わっていくと思うので、定点観測的にこの記事の内容もアップデートしていきたい。最後まで読んでくれた方、

どうもありがとう。

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