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コルチャック先生と『子どもの失敗する権利』

  「子どもの権利条約」の草案が国連によって提出されたのは、ポーランドによってだった。1978年のことである。ポーランドは第二次世界大戦で600万人もの国民を失い、そのうち実に200万人が子どもたちだった。このように悲惨で大きな不幸を再び子どもに与えてはいけないと、ポーランドこそ子どもを守るために立ち上がらなければならなかったのだ。
 その背景には、ナチスドイツの支配下のユダヤ人地区(ゲットー)で、ユダヤ人の子どものための「ドム・シェロット(孤児たちの家)」というホームを作って孤児たちを養ったヤヌス・コルチャック先生の実践があった。ホームでは、子どもたちは意見を出し合い、ホームの運営そのものを子どもの自治によって行った。ホームでは子どもたちを見守り、尊重し、個性を伸ばして育てるために、子どもたちによる「子どもの議会」「子どもの裁判」「子どもの法典」という3つの柱の活動と、問題児を自分たちで助けて立ち直らせていく指導委員会が実践された。子どもたちはコルチャック先生の愛と信頼に応え、ホームの運営に積極的にかかわった。
 コルチャック先生はこうした子どもたちの教育を通して、戦争のない平和な世界への道を見出そうとした。コルチャック先生は、子どもは大人と同じく尊厳を持った人間であると叫びつつも、ユダヤ人絶滅政策により、200名のユダヤ人孤児たちとともにトレブリンカ殺人工場(ガス室)に消えたのである。「子どもは今を生きているのであって、将来を生きるのではない」というヤヌス・コルチャック先生の考え方は、子どもの権利を守るための普遍条約という形で、国際社会への提起につながっていった。

 「児童の権利に関する条約」が成立する前に、国際連合憲章と世界人権宣言に基づき、「児童の権利に関する宣言」が1959年11月、第14回国連総会で採択された子どもの人権を守るための宣言で、児童権利宣言・世界児童人権宣言とも言われる。
 第二次世界大戦下におけるナチのユダヤ人や重度心身障害児の大量殺害への反省,世界各国に見られた戦争孤児や浮浪児の惨状の回復は大人の世代の責務とされた。
 しかしながら、「宣言」には法的効力が伴わないため「法的効力」もつ「条約」にするため、ポーランドが児童の権利に関する条約の草案を国連に提出するに至った。

 日本では、今も子どもの権利への反発は一部で根強いのだが、日本が子どもの権利条約を批准したのは1994年。世界で158番目と遅かった。学級崩壊などに直面した教育現場で「子どもたちに権利など教えたら、学校は大変なことになる」といった懸念が当時も今も与党内にある。日本では今、子どもの生命や安全が危機にさらされている。15〜19歳の死因のトップは自殺であり、児童相談所の児童虐待相談対応件数は20万7000件と過去最多。生命や生活の危機にさらされた子どもの声を聴くことが喫緊の課題だ。この4月1
日に「こども家庭庁」が発足したものの、子どもの4つの権利「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「意見表明する(参加する)権利」のうち、「意見表明をする権利」を保障するはずの「子どもコミッショナー」の設置は見送られた。子どもコミッショナーは「子どもの声を聴く」専門機関である。

 コルチャック先生は死を前にして、子どもの権利に関する大憲章の制定を要求し、19条からなる条文を発表した。この条文の中で、コルチャック先生は「子どもには失敗をする権利がある」と提唱した。これは、子どもが失敗から学び、成長していく存在であることを、大人が認めなければならないという、子ども理解のためのメッセージである。私たち大人は、子どもたちの失敗に敏感であり、子どもたちが失敗すると怒ったり、失望したり、失敗しないように過保護になったりしてしまう。大人が子どもの失敗を心配するあまり、もしかしたら私たちは「子どもが失敗から得られる学びや気づき、喜び」を奪ってしまっていないだろうか。私たち自身の経験を振り返ってみれば、意外にも、失敗から得られた経験こそが次の成功へのステップになっていることに気付くのだ。

 アメリカのバスケットボール選手として大活躍したマイケル・ジョーダンも次のように語っている。「人生の中で、何度も何度も繰り返し、わたしは失敗した。それが、わたしが成功した理由だ。
 家族と分離されて児童福祉施設で暮らす子どもたち、ヤングケアラーとして家事などをせざるを得ない子どもたち、コロナ禍の影響や生きづらさを抱えて不登校や引きこもりになっている子どもたち…。私たちは様々な理由で弱い立場に置かれざるを得ない子どもたちを社会に送り出す前に、たくさんの失敗を経験させなければならないのかもしれない。「失敗したことで学んだことはなに?」「この失敗を次はどう乗り越える?」「この失敗を活かして、どんな準備をしようか?」と、子どもたちに問い掛けながら。 

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