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神様が与えてくれた試練(11月5日退院しました)

潰瘍性大腸炎が引き起こす全身関節痛の怖さ

2019年9月15日

僕は入院をしました。2018年3月に潰瘍性大腸炎に発症してから5度目の入院です。

入院当日は休日(日曜日)でした。朝(5時)起きると身体が動きません。身体を動かすと全身に痛みが走りました。

これはやばいと思い動かずそのままの姿勢で少しでも痛みが引くのを待ったました。

1時間経つと少しは痛みは引いたのとお手洗いに行きたくなったので、痛みを堪えながら周りの壁を使いながらお手洗いへ。

お手洗いに行くと下血が多かったのを覚えてます、、。

昼になるにつれてまた痛みが増してきました。熱を測ると39.2度。これはまずいと彼女と一緒に病院へ行きました。

病院へ行くのもいつもなら1時間かからないですが、この日は全身の痛みがすごくて駅までの道のり、駅での登り降りが苦痛でした。2時間ぐらいかかった気がします。

そして緊急で診察を受けました。採血結果でCRP(炎症濃度)が12.7と表示。即入院になりました。

もうこの痛みでこの熱が出たら入院だろうなとは思っていましたが、「また入院生活か」と落ち込みました。

毎回入院の流れは入院の翌日内視鏡→内視鏡が終わったら食事→3週間後に内視鏡→退院の流れかなと思ったました。

2回目、4回目の入院がそうだったので、そこまで長くならないだろうなと思ってました。

5度目の入院生活

2019年9月17日

そして、入院後の内視鏡。結果は想像とは違いました。大腸の炎症がだいぶ強く奥まで内視鏡で見れなかったほど、、。

2019年9月18日

大腸の悪化により絶食が決定。腕からカテーテルを通して栄養剤で対応。カテーテルを通すのは、2018年3月の初めて潰瘍性大腸炎が発症した時以来でした。

ここで初めて「やばいところまできたんだな」と思いました。そこから絶食期間が始まりました。

絶食は前にも(2018年3月)経験はしていましたが、やはり辛いです。見ても食べれないのですが、料理の動画を見てしまいます。

エレンタールの開始、即中止

2019年10月1日

絶対から2週間ほどで医師から「エレンタール開始します」と言われました。僕は「やっと前に進める」と思いとても嬉しかい気持ちだったのを覚えてます。

エレンタールは2018年3月以来でした。味はやはり「甘かった」でも絶食だったのでとても美味しく感じました。

2019年10月4日

この日は2度目の内視鏡。内視鏡の前日に医師から「明日の内視鏡の結果が良ければ流動食から始めていこう」と言われ前に進んでいることがとても嬉しかった。

ですが、、、。結果は3週間ほど絶食して大腸は回復をあまりしていませんでした。

この絶食期間はタクロリムス、エンタイビオ、プレドニンを使って炎症を抑えて来たにもかかわらず、予想以上に炎症がひどかったです。

潰瘍性大腸炎の怖さ、大腸全摘の告知

2019年10月5日

エレンタールは即中止。昼から医師に呼ばれました。医師と2人になり言われたのが、「今の状態だと今後の私生活に影響してくる。

薬もこれだけ副作用が強い薬を使用していて効果がないのであれば大腸全摘しかないです。」

その言葉を聞いて「あーここまできてしまったんだ。」と思いました。

大腸全摘は僕には関係ない世界。というよりその選択肢はないだろなってずっと思っていたので、、。

僕は医師に「少し考えさせてください。明日にはどうするか言います」と伝え病棟に戻りました。

大腸全摘は絶対に嫌でした。まだやれる薬はあるのにそれをやらないまま手術になるのは本当に嫌でした。

彼女の言葉に救われて繋がった未来

3週間の絶食で頭も回らず「どうしよう」と落ち込んでいたら、彼女から「セカンドオピニオンを受けよ。それがダメなら広島漢方試そ。

まだまだやる事はあるから諦めやんとこ。あとSNSでも繋がりがあるんやからみんなに聞いてみたらいいやん」って言われました。

この言葉があり僕はみなさん(Twitter、Instagram)へ相談の投稿しました。そうしたら予想をはるかに超える量のコメントをいただきました。

Twitterではコメント、DM含め42人、Instagramではコメント、DM45人(DMは日にちが経つと消えてしまったのがあるのでもう少し多いと思います。)

合計で消えたDMも合わせると100人弱の人が心配のメッセージやオススメの大学病院を教えてくれたり今後どうしていけばいいのかなどを送っていただきました。

それを見た時、涙が出ました。こんなにも僕のことを心配してくれる人がいて、僕のために時間を使ってくれる。

「今の時代に生まれて良かった」と心の底から思いました。

僕はみなさんが薦めてくれた病院へセカンドオピニオンを受けることにしました。

みなさんからメッセージを頂いた次の日に医師には「セカンドオピニオンを受けたいです」とを伝えました。

人生初めてのセカンドオピニオン

2019年10月21日

セカンドオピニオンを受けに行きました。(セカンドオピニオンまでには約2週間ほどかかりました。書類を集めたり向こうの病院の担当医が決まるまでなど)

セカンドオピニオンで話をしてくれた医師の方はとても優しく話を色々してくれました。

僕の内視鏡の写真をみても全然驚いていませんでした。医師は「まだ治療方法は残っているので、手術はせずに内的治療でいけますよ。

まずはご飯を食べましょう」と言われて一瞬耳を疑ったのを覚えてます。

今まで1ヶ月以上絶食だったのにいきなりご飯を食べれる。びっくりしました。

正直その時は食べれると信じれませんでしたが、、。

医師によると「食べて腸を動かしてあげることも重要。それとプレドニンもやめましょう。

プレドニンは炎症が大きい時にはとても効果があります。ですが、症状が落ち着いている時に使用しても大腸の回復を遅延させてしまいます。

後はタクロリムスとエンタイビオの効果がなくなってきてるのであればレミケード、ヒュミラ、シンポニーを試しましょう。

それでも効果がないのであれば治験も試してもいいと思います。」

なんか解決策が次から次へと出てきて「絶対この病院に転院しよう。」と心のそこから思いました。

転院で変わった僕の人生

2019年10月25日

僕は転院しました。転院した当日にいきなり内視鏡をしました。10月4日よりかは大腸の悪化もなくなっていました。

そして転院当日内視鏡が終わりその夜から三分粥がスタート。

本当に医師が言っていた通りだ。と驚きと嬉しさで感動しました。(だって1ヶ月半以上ぶりのご飯だったので。)

本当に美味しくて恥ずかしいのですが、病棟で涙を流しながら食べました。

転院前はお手洗いの回数は10回以上だったのが、転院後は4回〜6回に減りました。

とても不思議でした。大腸の調子もよく(下血は出ますが、、。)

そして、常食になるとエビフライ、カレーピラフ、なども出てきて何年ぶりかに口にして幸せを感じました。

52日間の入院生活に終止符

2019年11月5日

そして11月5日退院することが決まりました!!彼女の支え、そして皆さま(SNSで情報を送ってくれた方々)に助けていただきました。

本当にありがとうございます。もう一度言いますが。「今の時代に生まれて良かった」と心の底から思いました。

あとがき

今まで潰瘍性大腸炎をナメていたところがありました。悪化したらまた入院して治せばいいやって軽い気持ちでいました。

そんな態度でいたから神様が試練を与えてくれたのだと思います。今回の入院で彼女、家族の大切さを学び、潰瘍性大腸炎の怖さを知り、皆さん(SNSで関わってくれた方々)の優しさを知りました。

僕はこの5度目の入院でたくさんの大切さ、怖さ、優しさを学びました。

今だから言えるのですが、神様からの試練は本当に僕自身を成長させてくれました。

入院中、今まで僕に関わってくれた方々本当にありがとうございました。

そして引き続きSNS(Twitter、Instagram、note)での更新はしていくので、今後もどうぞ宜しくお願い致します。

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11年間野球一筋でした。2018年3月14日潰瘍性大腸炎発症(全大腸型 2年目)Webディレクター、Webマーケッター👨‍💻noteにて「ぼくは腸と生きている」公開中。「西野亮廣エンタメ研究所」「尾原のオンラインサロンハック」入会中。