【掌編小説】清涼
清涼
神宮 みかん
号砲の音が鳴った。
奏汰は小、中学校は同じだったが、そこから疎遠になり現在は異なる人生を歩んでいる。
瞳子は奏汰のLINEを知っているが、共通の友人を介して教えてもらったものであり、個人情報の観点から言えば合法的に交換したものではない。
でも、どうしてだろう。奏汰は私より生活水準が下、私からLINE送るの? という気持ちがあった。一方で、奏汰にLINEを送らずにはいられなかった。
送信後、既読になるのに時間を要した。不安だったが、奏汰から、”久しぶり。元気だった?” と返信がきた。
当たり前、と瞳子は思ったが、嬉しかった。でも、再会の口実が見つからなかった。
ふと、私、美術部だったよな、幽霊部員だけど。奏汰は何部だったのだろうと思った。
瞳子は奏汰との共通項を探す為にLINEを送った。
〝高校時代は何部だったの? 私、美術部〝
〝帰宅部。バスケ部を挫折した感じ〝
〝あ、そうだ。よかったら、美術館行かない? 美術館がリニューアルしたの〝
瞳子は女の子が首を傾げるスタンプを送った。すると、OKという絵文字とともに約束の時間等の提案があった。
瞳子は県立美術館について検索した。佐伯祐三≪パリ郊外風景≫という絵に出くわした。
学芸員の解説によると≪パリ郊外風景≫は佐伯祐三が独自の表現方法を模索している時期であるころの絵画であると書かれていた。
瞳子は今の私も自分探しをしている。この絵を描いた佐伯祐三と同じ時期かなと思った。
美術館デートの日、瞳子の前に大人びた奏汰が立っていた。暑いのにも関わらず、ジャケットを羽織っていることに驚かされた。
瞳子は美術館、ジャケットか、努力しているな、ま、当然か。相手が私なのだからと思った。
広い公園の中央にある美術館は知的な雰囲気が漂っていた。
瞳子は事前に調べた絵画についての知識を披露しつつ観覧をした。
奏汰は瞳子の美術に対する造詣に圧倒されているようだった。
美術館に併設されているカフェで喫茶をしている時に奏汰が言った。
「詳しいんだね」
瞳子は詳しくないよ。奏汰と楽しい時を過ごしたくて勉強をしたんだよ、と思いつつ言った。
「ありがとう。少しはかじっているから。それに幼馴染にいい所を見せたかったから」
瞳子は、は、となった。そして、幼馴染と言ってしまったことを猛省した。だって、幼馴染ではなく奏汰は隣にいて欲しい存在であるのだから……。
瞳子は後戻りできない、でも、後悔するよりはましと思い言った。
「ゴメン。実は、美術について全く知らない」
「え? 知っているジャン。こんな詳しい解説初めて聴いたぜ」
「違うの。奏汰と楽しい時間を過ごしたくて勉強したの。奏汰と会いたかったから」
奏汰はこめかみを掻きつつ言った。
「瞳子の好きな食べ物は何? 俺はこの時期はきゅうりの一本漬け」
「私は夏と言えば簗で食べる鮎。嫌みかな?」
「簗って?」
瞳子は簗の画像を示した。奏汰は言った。
「高いんだろうな。いいなお嬢様」
そう。みんな私がお嬢様であることを知っている。私もそのお嬢様である為に努力し、お嬢様の客観を装っている。それって駄目なの? と時に言いたくなるが、そこで努力をやめたくない。だって、お嬢様で居続けたいから……。
「鮎、食べたくない?」
「食べたいかな。でも、金がない」
「一緒に食べようよ。親からの遺産かも知れないけど、それを含めて私は私」
奏汰はほほ笑んだ。
「じゃあ、いつか俺も努力をしてお寿司でもご馳走できるようにするよ。出世払いで返します」
「簗にはいつ行く?」
「いつでも良いよ」
「じゃ、今週末。予約しておくね」
瞳子は、奏汰が強引だな、と思っていないだろうかと思った。でも、奏汰は他人なのだから感情を明確に捉えることはできない。
唯一の事実はこの口約束をしたこと、瞳子がこれから瞳子を知ってもらう為に五千円の鮎のコースを予約することである。また瞳子も奏汰という人物を品定めしたいということである。
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