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Cleo Sol『Gold』

9月29日、Cleo Solの2週間ぶりの新作『Gold』がリリースされた。一時期の曽我部恵一を思わせるあまりにも短いスパンでのアルバムリリースには驚かされたが、彼女がシンガーを務めているSaultは、昨年5枚のアルバムを同時リリース、一昨年には99日間限定で『Nine』をリリースしている。SaultないしそのレーベルForever Living Originalsの特殊なリリース形態に馴染みがある方であれば、「あ〜また何か変なことやってんな」ぐらいの感覚かもしれない。

『Gold』というタイトルを見て同じくロンドンを拠点に活動するサックス奏者Alabaster Deplumeの昨年のアルバム『Gold』を想起した人も多いかもしれない。彼はOTOTSUのインタビューでそのタイトルの由来について以下のように答えている。

特に『GOLD』で意識したのは、人の優しさ、人の価値だ。だから、『GOLD』というタイトルにした。人の価値は金と同じなんだよ。

Goldとは、Heart of Gold(思いやりのある心)を意味しているということだ。人間の理性、そして慈しみの心に信頼を寄せ、金に比肩する価値を見出している。そのような精神性は、アルバムの中で彼が朗読する詩にも表れている。ジャケットにも散りばめられているように、「Go Forward in the Courage of Your Love(勇気と愛を持って進め)」と。

Cleo Solのアルバムタイトル『Gold』も、Alabaster Deplumeの意図するところの意味と同様であるといっていいだろう。「Gold」(M10)の中で彼女は何度も「I believe that your love is gold」と歌い続ける。本作のメッセージはあまりにもシンプルなものだが、そのソウルフルな歌声の美しさ、そこから滲む切実な想いが聴き手の心を掴んで離さない。

アルバムリリースに寄せて、彼女は 「this album is made for God, to honour and give thanks, always(このアルバムは常に神に敬意を表し感謝をするために作られた)」のだとツイート(ポスト)していた。このアルバムは彼女と彼女の神との対話、つまり信仰について綴られた作品なのだろう。

神という概念について考える時、有神論だとか無神論だとか、その実在の有無について問う議論は大した意味を成さない。孤独の中であなたが独り言をする時の話し相手、それが神である。Cleo Solが「Lost Angels」(M6)の中で「Our Gods may be different」と歌っているように、誰もの心の中に三者三様の神がいる。その正体は、幼い頃から自身が対話を繰り返しながら育んできた内的な道徳規範である。

小沢健二は「天使たちのシーン」(1993)において「神様を信じる強さを僕に 生きることを諦めてしまわぬように」と歌った。あの歌詞が胸を打つのは、あなたにとっての独り言の相手であるところの神を信じられないことは死を選ぶことに等しいのだと、神との対話にはそれだけの価値があるのだということを彼が真摯さをもって教えてくれたからだ。Goldのように価値ある心はこの対話によって育まれるものなのだから、その対話にも同様の価値があることは疑いようもない。

Cleo Solの言葉は、Alabaster Deplumeの詩のように受け手を勇気づけてくれる。しかし、「There will be no crying」(M1)そして「Things wil get better」(M3)などといった希望に満ち溢れた言葉の数々は、聴き手だけでなく彼女自身を勇気づけるものでもある。「天使たちのシーン」と同様、このアルバムに綴られた詩はあまりにも私秘的なものだ。そこは個人の聖域であって他人であるところの私たちには触れることはできない。しかし、作品というメディアを通して私たちは間接的に彼女の信仰に触れることができる。

信仰とは、パーソナルでありながらも普遍的な現象であり、だからこそポップスとして機能しうるのだということを、このアルバムは示している。神とあなただけが映るそのイメージは普遍的に存在するものなのだということを、Cleo Solがその歌声を通して鏡のように映し出してくれる。あなたにとっての話し相手はあなたの神だけではない。この作品もまたあなたの善き話し相手となってくれるのだ。これほど素晴らしい体験を私は他に知らない。

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