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母の代わりに、晩御飯を作ってみた
いつも通りの昼、リビングに出ると笑顔で迎えてくれるはずの母が、珍しくぐったりしていた。
「疲れた…」
どうやら、大分疲れた様子。
顔面からは完全に生気が抜けて、ゾンビみたいになっていた。
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ラインをみると、弟からこんなメッセージが。
時計を見ると、時刻は午後二時。
他の家族はその時既に各々の予定で外出しているようだった。
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いつも家族のために家事に勤しむ母。
思えば、子供だけでも5人いるこの家で、こうなる日が今までなかったことの方が不思議だった。
ゾンビのような顔を見ながら、僕はしばらく考えた。
そして、決めた。
「よし、今日の夜ご飯は僕が作ろう」
その旨を母に伝え、メニューを決めた僕は、
ざっとシャワーを浴び着替えを終えると、それからすぐ近所のスーパーへと繰り出した。
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帰宅すると、母は依然ソファにもたれていた。
しかし、少しだけ元気が戻ったようで、
「ママ、今日は回鍋肉にするから」
と声をかけると、「いいね」と小さく返事をくれた。
これはもう、母が元気を取り戻すくらい美味しい回鍋肉を作るしかない。
やる気を出した僕は、それから直ぐ台所へと歩を進めた。
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難しいことはない。
要は、切って炒めて盛り付けるだけだ。
そう息巻いて、僕は食材をカットしはじめた。
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実は僕、小学校高学年時代に家族の朝ご飯担当をしていた。
母のためを思ってというのもあったのだが、何より僕は料理をするのが大好きだった。
毎朝テレビを付けて、ZIPをラジオ代わりにしながら一生懸命作っていたっけな。
食材を切り進めながら、そんな事を思い出した。
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肉を解凍しないまま無理やり切ったので、若干肩が凝った。
ということで、ここで束の間の息抜きタイムを入れることに。
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最高でした。
滋養をつけたらさっそく調理だ。
実をいうと、僕にもこの先個人的な予定があり、そこまでのんびりと料理をしている暇はなかった。
え?
なら何故、ティータイムを挟んだのかって?
そりゃあもう、カステラが食べたくって仕方がなかったから。
それに尽きる。
甘いものには目がない。
それは僕という人間の、弱点の一つだった。
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ジュ~。
熱した油が発するこの音が、僕は好きだ。
指で触れればやけどする。
目に飛び跳ねればプチ惨事。
しかし、野菜を入れるといい音がなる。
たったそれだけ。
痛いことはまったくないどころか、ちょっとした爽快感すら味わえる。
キッチンは、熱した油という恐怖の液体と、まともな関わりを持てる唯一の場所だ。
しかし、一応危険物であるため、その場に立つものは皆真剣な顔を覗かせる。
僕は、母のその表情を眺めるのが昔から好きだった。
顔を出すと、こちらを振り返って笑う顔も好きだ。
幼い頃から毎日のように見てきたからだろう。
台所に立つ母は、僕にとって安心感の象徴のような存在だ。
きっと、母が死んでからも僕はその姿を何度か思い出すのだろう。
そんなことを考えつつ、キャベツを一度引き上げる。
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続いて、未だに解凍しきれていない、頑固な肉どもを放り込む。
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油を敷かなかったせいで、しつこくひっついた。
鬱陶しかったので、追いで油を投入。
すると、やっとのこと肉たちは抵抗を諦め、白旗を上げてくれた。
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ある程度火が通ったところで、キャベツが合流。
ここに来てようやく何となく、料理をしているような雰囲気が出てきた。
この感覚、久しぶりだな。
気づけば僕は、鼻歌を歌っていた。
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最後に仕上げ。
ネギと回鍋肉のタレを入れて、弱火で混ぜる。
底の方にある汁をすくうように混ぜると、上手いこと色が均等になった。
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ということで完成。
我が家ではいつものことだが、相変わらず量が多い。
一人暮らし家庭の人だったら、三食どころか三日は持ちそうなボリュームだ。
味見をすると、
ちゃんと美味しく出来ていた。
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これは、我が家の男たちも大満足に違いない。
そう思って味見を続けていたら、お腹が一杯になってしまった。
図らずしも、ごちうさま。
手を合わして、食器を片付け、それからやっと大皿をテーブルに運ぶ。
これで良しと。
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写真を撮っていたら、母が近寄ってきた。
どうやら、お腹が空いたたみたいだった。
「できたよー。」
いつもの母の真似をして僕がそういうと、母がニコっと笑った。
未だ疲れてそうだった。
その証拠に、まだまだ顔がゾンビのままだった。
今度は可愛いゾンビだったけど。
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食べたら少しは、元気になるだろうか。
俯きがちに、僕は考えた。
出たらいいな。
単純に、そう思った。
思い直して顔を上げると、母はまるで子供のように、笑顔で皿を並べていた。
その顔には、明らかに
「自分以外の人が作った料理を食べるの、楽しみ♪」
と書いてあった。
それだけでも僕は、作って良かったと思うことが出来た。
母が作るご飯にも、こういう目に見えない愛情が毎回込められているのだろうか。
考えた僕は、ふいにセンチな気分になった。
しかし、そんなこともつゆ知らない母は、その頃のそのそとご飯をよそっていた。
「そこまでやってあげれば良かった」などと思いつつ、僕はしばらくその姿を眺めた。
その時僕の目には母の背が、腹をすかせた子供のように見えた。
彼女はもしかして、母であることに疲れてしまったのかもしれない。
なんとなく、そんなことを思った。
しかし、その後ご飯を美味しそうに食べる母の姿を見る内に、僕も釣られて笑顔になってしまった。
何が辛いのかはわからない。
しかし何にせよ、僕にできることはそれほど多くない。
辛そうだったら、また作ろう。
そう、心のなかでつぶやいて、僕は自分の支度に入った。
(完)
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