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新庄耕待望の新刊『夏が破れる』、冒頭note特別試し読みスタート!

 不穏な内容に書店員さんも恐れ慄いた、この夏必読の新刊が4月25日に発売となりました。
 文庫本『地面師たち』(集英社刊)が注目を集める新庄耕の最新刊『夏が破れる』です。

 いじめをきっかけに、ひきこもりとなっていた中学2年生の進は、親の勧めで、夏の2ヶ月間を沖縄の離島・喜久島で過ごすことになります。
 美しい海辺に建つ「ラビット・ベース」。開放的な自然と、優しくて頼りになりそうな大人たち。人生を変えてくれそうな一夏になるだろうと思われました……。

 最悪の予想が、次々と実現していってしまう絶望…。みなさんが15歳の進なら、どうしたでしょうか。

 作家の橘玲さんが、書評をお寄せくださいました。まずはご一読を!

 さて、GWに書店へ出かける皆さま。
 どの新刊を買おうか、悩んでいらっしゃるかもしれません。

 小説丸noteでは『夏が破れる』の冒頭の試し読みをご用意しましたので、お楽しみいただけたらと思います。

 そして、気になる続きは、ぜひ、書籍で!
 この夏一番の刺激をお約束します。


『夏が破れる』新庄 耕著

  一

 十五のときから、夏が嫌いだった。
 夏が近づき、暑気が路上にあふれ返るようになると、心拍数が上昇し、その場にうずくまってしまうほどの息苦しさにおそわれる。夏の間はなるべく空調の効いた屋内や交通手段を利用し、じっと息を押し殺すように夏が過ぎるのを待つのが常だった。あるいはそうすることで、星霜をかさねても褪色するどころかいっそう色調豊かになっていく、あの夏の記憶から逃避を試みているのかもしれない。

 建物の外に出ると、焼けつくような暑気につつまれた。
 サッカーコート三面分はあろうかという広大な敷地を取り囲む、高さ四メートルの外壁のむこうに蒼穹がひろがり、南国の暴力的な日差しがコンクリートの地面に照りつけている。
 数歩すすむだけで汗ばみ、日本から持参したウール地のスーツやYシャツが素肌に貼りついていとわしい。湿気を多量にふくんだ空気がうまく肺に取り込めず、胸苦しさをおぼえた。嫌な暑さだった。
 かたわらの駐車場では、黒塗りの公用車が何台もつらなり、そのうちの一台の前で四十がらみの運転手が待機していた。
 進が、暑気から逃れるように運転手に近づくと、相手はすぐに気づき、百八十センチを超える彼を見上げるようにして、親しげに微笑しながら後部座席のドアを開けてくれた。
「──ホテルでよろしいですね」
 ハンドルを握った小柄な運転手が、バックミラー越しに後部座席の彼をうかがっている。
 そのようなホテル名だっただろうか。はじめて利用するホテルではあるものの、あらかじめ係員に伝達していたそれと発音が違うような気がする。
「スラウォン通りの近くの、モンティエンホテルのことですよね?」
 英語で確認すると、運転手は思案げな表情で口をつぐみ、
「すみません、どちらの通りですか」
 と、タイ語なまりの英語で訊き返してきた。
 英語の発音が拙劣という自覚はないものの、それも所詮はアメリカ英語に限ったことで、ここバンコクでどの英語話者にも通じる保証があるわけではない。そもそものホテルや通りの発音が間違っているかもしれず、アクセントの位置を変えてつたえてみたが、運転手の顔にますます困惑の色がひろがっていくばかりだった。
 進は、やや迷ったのち、
「タニヤ。タニヤの近くにある老舗のホテルです」
 と、ためらいながら告げたところ、意を得たというように運転手は相好を崩し、車を発進させた。
 厳重な警備がしかれた日本大使館のゲートを抜け、片側四車線のウイッタユ通りを南下していく。
 進は、この日出席する式典の概要資料をブリーフケースから取り出し、前髪をかきあげながら目を落とした。式典は、日本政府がタイ政府に対して技術協力を実施する、人身取引被害者の支援促進プロジェクトの発足を記念するものだった。
 タイでは、目覚ましい経済発展の一方で、性的搾取を主とする人身取引事案が引きも切らない。売買される女性たちには、自らの意思によって性を売る、ないし余儀なくして異国へ売られる成人だけでなく、なにも知らされずに娼館や富豪の邸宅に送り込まれる家畜同然の未成年者も数多くふくまれている。はなはだしい人権侵害だった。そのような時代錯誤な蛮行が存在しているというだけで虫唾が走る。たとえ被害者の救済であろうと人身取引の撲滅であろうと、一切関わりあいになりたくもない。病欠した同僚の代理で、日本政府の代表として式典に招かれているものの、できることなら辞退したい思いだった。
 用意していたスピーチ原稿を確認する気になれず、進は資料から顔をあげて窓外に目をむけた。
 通りの分離帯ではゴールデンシャワーの街路樹がつらなり、右手のルンピニ公園のモンキーポッドが旺盛に枝葉を伸ばしている。空調の効いた車内から見ると、その緑も鮮やかで清々しく感じられる。
 労働アタッシェとしてバンコクの在タイ日本大使館に赴任したのは、二ヶ月前のことだった。霞が関の厚生労働省に入省して十年目に、かねて希望していた海外勤務がかなったことになる。経済発展いちじるしく、途上国から脱却しつつあるタイは、その裏で、日本がたどった道をほぼなぞるように深刻な少子高齢化の問題に直面している。制度設計や法令の整備など、これまで省内でつちかった知見を活かす余地が大いにある環境とはいえ、本心としては、出世を期待できるニューヨークのジェトロか、ワシントンやロンドンの在外大使館あたりの辞令を受けたかった。
 今回の赴任がはじめての訪問となるタイという国自体に、なにかネガティブな心情をいだいているわけではない。食事も美味しく、人々も温和で優しい。趣味のロードバイクも盛んで、広大な専用コースも整備されている。ただ、日本の夏を思わせる、身を炙るようなこの気候だけは受け入れがたかった。その意味では、タイでなくとも、同じ熱帯に位置するフィリピンやシンガポールに出向しても、悪態をついていたかもしれない。
 車は立体交差点に進入し、右折してラーマ四世通りに入ったところで渋滞につかまった。
 ふいに空が暗くなった。
 フロントガラスに雨滴が落ちてきたかと思うと、数秒後には雨脚が激しくなり、車の走行音やクラクションが聞こえぬほどのスコールにつつまれた。
 歩道や車道が白くけぶり、バイクを走らせていた人々が路肩に停まって雨合羽をかぶっている。車列は、毎日街中に流れる国歌を静聴するかのようにその場にとどまったまま動かない。
 絶え間なく窓ガラスに流れ落ちる雨滴の蛇行をながめているうち、いつか脳裏に優子の顔が映じていた。ガジュマルの大樹の下で、雨でずぶ濡れになりながらこちらにむかって微笑している。唇が紫色に腫れ上がり、片目がふさがっている痛ましい顔が、かえっていじらしい……。
 あやうくあの夏の記憶に意識をからめ取られそうになっていると、運転手に声をかけられた。
「タニヤはよく行かれますか」
 バックミラーに映る運転手の目に、心なし卑しい光がちらついている。
 他の同行者抜きにこの運転手と移動するのは、これで二度目だった。前回の帰りしな、コーラをケースで差し入れると、こちらが逆に驚くほどの喜びようで受け取ってくれた。大使館内で働く職員をふくめ、現地人スタッフとは良好な関係を築いておくに越したことはないという、先輩の職員の助言にしたがっただけのことに過ぎない。それで運転手との距離が縮まり、外地勤務が多少とも円滑にすすむなら安いものだが、思索の時間をさまたげられるのは不快だった。
「いえ」
 進は、不満が声に出ないように英語で返した。
「どうしてです」
 いかにも不思議そうな口調で運転手が言った。
 タニヤは、昼間の金融街の顔とは別に、夜の歓楽街のそれも持ち合わせている。日本語の派手な看板がひしめく目抜き通りには、女たちが夜ごとあふれ、きらびやかな光に誘われた日本人駐在員や観光客に秋波をおくっている。店に入れば、女たちが日本語で歓待してくれ、異国生活の寂しさをなぐさめてくれる。
 そうした欲望を煮詰めたようなタニヤに興味をしめさない自分は例外にちがいなく、運転手が疑問をいだくのも無理はない。あるいは大使館職員の中に、日常的にタニヤでうつつを抜かす不届き者がいるのかもしれなかった。日本人の男と見ればまず女だという偏見や、そう思わせてしまうだけの綿々とつづいてきた実情が腹立たしく、自分がそのような目で見られていることにも屈辱を感じた。
「タニヤは年増ばかりですから」
 同性愛者とみなされかねないという一抹の懸念が、根拠なき戯言となって進の口から漏れた。
「いえいえ、若い娘もたくさんいますよ。私の知り合いのところでいくらでも紹介できますから」
 親切心をみなぎらせた運転手が興奮気味に話している。
 こちらを嘲っているわけではないと理解しているのに、そうとしか思えなかった。相手に背後からつかみかかり、その頭をフロントガラスに思い切り叩きつけたい衝動に駆られる。こらえがたかった。
 進は目を閉じ、意識して腹式呼吸を繰り返した。こうすれば、そのうちこの発作じみた暴力の衝動がしずまってくれる。十代のうちに身につけた知恵だった。
「村瀬さんは、まだ独身でしょう?」
 進はそれには答えず、会話を打ち切るように窓外の歩道へ目を転じた。
 ジューススタンドの古びたパラソルの下で、日に焼けたエプロン姿の老女がプラスチックの椅子に腰掛けて空を見上げていた。
 赴任して間もなく、歓迎会のあとで先輩職員に誘われてタニヤのカラオケスナックをおとずれた。雛壇にならぶ女たちは、日本の学生服を模したセーラー服を身にまとい、極端に短いプリーツスカートから惜しげもなく脚を出していた。髪型や化粧の感じで十代のようによそおっている者もいたが、体は嘘のつきようがなかった。
 進は、路上の老女を見つめたまま、
「……膝の筋肉の付き方がちがうんだよ」
 と、運転手に聞かれてもいいように日本語でつぶやいた。

 ホテルのボールルームには、タイ政府関係者、社会開発福祉局や人身取引対策部の幹部職員が列席し、日本側は進以外にJICA関係者が姿を見せていた。少数だが、カメラを手にした報道関係者もいるようだった。
「性的搾取される不幸な女性や子供たちが、このタイ国、そして地球上から一日も早く、未来永劫なくなることを切に願いまして──」
 進は英語のスピーチを無難に済ませ、式典後に何人かと歓談したのち、車を待たせてある敷地内の駐車場へむかった。このあと大使館でおこなわれる会議の議題を反芻しながら、大理石の敷かれたクラシックな雰囲気のロビーを横切っているときだった。
「あの、すみません」
 背後から呼び止められた。日本語だった。
 振り返ると、二十代なかばとおぼしきスーツ姿の青年が、黒革の名刺入れを両手に立っていた。先ほどの式典に参加していたJICA関係者のひとりだった。
「ご挨拶させていただいてもよろしいでしょうか」
「ええ、もちろんです」
 あいにく持ち合わせの名刺は切らしてしまっていたが、予備を入れていたのでそれで間に合わせることができた。
 訊けば、青年は東京の民間企業に勤めたのち、JICAタイ事務所でボランティア活動に従事しているという。今後は、ジェンダーの問題を研究するため、イギリスかアメリカの大学院への進学を予定しているらしい。志が高く、好感をいだいた。
「そうすると、将来的にはJICA職員とか、国連職員をお考えですか」
 進が水をむけると、まさにそのとおりなのだと相手は顔をあかるませた。
「ジャーナリストの道も考えたことはあるんですが、途上国における未成年者の人身売買や未成年者婚の問題に深く関わるには、やっぱり国連職員かなと思ってまして──」
 青年は、胸の前でせわしなく手を動かしながら、熱っぽい口調で自身の問題意識を語りはじめた。長くなりそうだった。
 相槌を打ちつつ、切り上げるタイミングを見計らっていると、ふと相手の肩越しに目がいった。
 ロビーのむこうのカフェから欧米人の家族がこちらにむかって歩いてくる。
 夫妻は自分よりいくらか年長の四十がらみで、その前を歩く子供はまだ十代の少女だった。
 少女から目が離せなくなった。
 黒いTシャツの下の胸はまださほど膨らんでおらず、膝の筋肉の付き方からすると、十二、三歳といったところだろう。ブロンドにところどころ栗毛色を織り交ぜたようなロングヘアーは健康そうに艶めいていて、青みがかった灰色の瞳であどけなく喜笑する表情には、経年による皺や皮膚の弛みは一切ない。
 すぐそこまで来た少女が、踊るようにステップを刻んで一回転している。放射状にひろがった髪が宙に輪をこしらえ、ショートパンツにつつまれた形のいい臀部の曲面が強調される。そのまま通り過ぎ、視界から消えた。
 少女を凝視していた進は、空調で冷やされたはずの全身がにわかに熱をおび、心臓が激しく胸をたたくのを自覚していた。
「ちょっと失礼」
 とうとうと話しつづける青年をその場に置き去りにすると、ロビーの片隅にあるトイレの個室に駆け込み、白い陶器製のタンクの上に持っていた手帳を放り投げるように置いた。
 はやる気持ちをおさえてベルトのバックルを外し、下着もろともズボンをおろす。バックルの金具が床のタイルにあたって硬質な金属音をひびかせた。
 ペニスが血管を怒張させながら、狂おしそうに硬直している。前夜、退勤途中の地下鉄のホームで見かけた少女に脳内で口淫を強いながら、自室のベッドで手淫におよんだばかりだった。
 進は、根元が太く、先端へむかうにしたがって細まっていくペニスを右手でつかむと、闇雲にしごいた。
 脳裏に、先ほどロビーで目にした少女の躯幹がよみがえり、未発達な臀部や胸や脚の残像が明滅する。裸にした少女を組み倒すと、まだ体毛の生え揃っていない性器にペニスをねじこみ、泣きじゃくるのもかまわず忘我の境にひたって犯しつづけた。
 獣のごとく呼吸がみだれ、射精感がつのっていく。
 間もなく限界をむかえそうになったとき、眼前にせまった少女の顔が優子のそれにかさなり、そのゆがんだ唇から優子の悲鳴と信介の高笑いが同時に噴き出た。呪いの声だった。
 呪いの声を振り払い、少女の肢体に意識をあつめた。少女の泣き声と呪いの声が大音響で頭中を錯綜するうち、卵の形に似た亀頭から白濁液が射出された。便器に溜められた水面に精子が飛び散って沈み、波紋をひろげている。
 進は、なえた性器をむき出しにしたまま背後のドアにもたれかかり、瞼を閉じた。いつか呪いの声は聞こえなくなっていた。
 激しい憎悪と自己嫌悪が胸底から突き上げてくる。甲に傷跡の残る右手で拳をつくり、力任せにドアを殴った。
「……畜生」
 なかば宙に浮くようにタンクの上に載っていた手帳が床に落ち、そのはずみで中にしのばせていた一枚の古い写真が飛び出てきた。
 彼は、幾度も握りつぶされて皺だらけになったその写真を、虚ろな目でじっとにらみつけていた。

   *

 ほんの少しだけ動揺していた。
 周りは誰も気づいていないと思うほど、揺れは微妙で小さい。それでも間違いなく、ゆったりとした不規則なリズムで前後左右にかたむいている。
 ぼんやりと手元のスマートフォンに目を落としていた進は、このまま漫画のコマを追っていると船酔いになりそうな予感がし、画面を閉じた。
 自宅を出発してからというもの、大量にダウンロードしてきた漫画はいまだほとんど消化できておらず、母親から読むように言いつけられている、夏休みの宿題代わりの近代文学にいたっては一ページもひらいていない。胸の中にただようあわい不安が、彼の意識をいたずらに散漫にさせていた。
 スマートフォンに表示された時刻を見ると、出港してからまだ十五分も経っていない。船はすでに沖合に出ているらしく、いつの間にか電波は圏外となっていた。
 船尾に設けられた吹きさらしの席に、舳先が海水をかき分ける音がしきりだった。ディーゼルエンジンの低い振動がたえず足元やプラスチックの座席からつたわり、乗客の賑わいを曖昧にしている。
「ミカだってやりたいのに、なんでショウタだけ勝手にやってんの? ずるい」
 進の隣席で、小学校低学年ほどの兄妹が携帯ゲーム機をめぐってあらそっていた。兄はまったく聞く耳をもたず、うるさそうに妹に背をむけてゲームに熱中している。
 兄をなじる妹の神経質な声が高まり、サンダルを履いたその足が進の太腿にしきりに当たる。兄妹の奥に座っている、ハイブランドのロゴが全面にプリントされたTシャツ姿の両親は、ともにスマートフォンの画面を平然と凝視していた。
 頭上をおおう屋根が強烈な南国の陽光をさえぎり、進が腰をおろす最後列の席までかろうじて濃い日陰を落としている。彼はしだいに背中が熱くなってくるのを自覚しながら、前方に視線を転じた。
 前列の座席では、四十手前の白人の男と、それよりかなり若く映る日本人の女がむかいあっている。
 白人が耳元でなにかささやくたび、日本人の女がくすぐったそうに身をよじり、分厚い唇の間から白い歯列をむき出しにして喜んでいる。
 進が見るともなしに見ていると、日本人の女が白人の首に両手をまわし、タンクトップの肩口の部分がずれた。光沢のあるリボン状の黒い下着がのぞき、ゆるい曲線をえがいてやわらかそうな肌に貼りついている。
 見てはいけないものを見てしまった気がし、一度は目をそらしたが、進はすぐにまた黒い蠱惑的なラインに未練の視線をおくっていた。
 ゆるく波打つ白人の髪をいとおしそうになでながら、女が灰色がかった青い瞳を見つめる。上向きにカールした白人のまつ毛が海面に反射した光にさらされ、黄金色に光っている。しだいに二人の唇が引き寄せられ、密着した。
 その様子を盗み見ていると、女が進に気づき、唇をあわせたままからかうような微笑を目にうかべた。まだ子供には早いとでも言いたげに彼の視線をさえぎるよう腕で隠し、唇を吸いつづけている。
 進は気詰まりをおぼえ、スーツケースを残して席を立った。
 左舷の通路をつたって階段をのぼると、彩度の高い緑色で塗られたオープンデッキがひろがっていた。乗客がデッキに車座になって談笑したり、四方を取り囲む柵に寄りかかって海をながめたりしている。
 左舷の一角で、日差しを避けるように帽子で顔を隠した作業着姿の男二人が、しゃがみこんでうたた寝をしていた。
 進は二人のかたわらにわずかな隙間を見つけ、柵に身をよせた。
 かすかな重油の臭気がただよう中、目のさめるような群青がはるか水平線までひろがっている。まばゆい陽光が目を細めさせ、軽やかに吹き抜ける海風が汗ばんだ肌の熱気をぬぐいさってくれていた。
 彼は、長い髪をなびかせながら、柵にもたせた右手の甲に目を落とした。弓形に弧をえがいた切り傷は、すでに抜糸が済み、保護テープの下で完治を待っている。背後から笑声とともにシャッター音が聞こえ、いまわしい記憶がよみがえってきた。
 進に対するクラスメイトのいじめがどのようにはじまったかは、いまとなってはよくおぼえていない。毎昼休み、気分転換に参加していたサッカーは、あるときを境にその場にいても存在しないものとしてあつかわれはじめ、授業中や自習の時間、あるいは校内を移動している際に、クラスメイトの何人かが進を指してあざ笑うようになった。
 のちに知ったことだが、この時点ですでに進以外のクラスメイトのほとんどが参加する、メッセージアプリのグループがつくられており、そこで彼を笑い者にするようなやりとりが連日行き交っていたらしい。
 進は、自分が標的にされていると気づいてからも、一貫して無視を決めこんでいた。両親の書棚から、中学生でも読み進められそうな小説や旅行記の文庫本を持ってきては、少しでも早く下校の時間がおとずれるのを祈りつつ、授業以外の時間はすべて自席で本の世界に意識を没入させていた。
 そうした態度がクラスメイトたちの気持ちを逆なでしたのか、いじめは日を追って激しさをましていき、ついには同性愛者がつどうインターネット上のアダルト掲示板に、目元の部分を黒くデジタル処理した進の顔写真が投稿されるにいたった。
 そこに記された進のプロフィールは、実際の中学三年生から高校三年生に詐称されていたうえ、進の電話番号とメッセージアプリのアカウントとともに、〝短髪ガチムチ兄貴に、失神するほどヤバ竿で種づけされたいです〟という一文が添えられていた。まだ髭も生えておらず、長髪でいくぶん幼さが残る進の顔写真は、その掲示板で反響を呼び、毎日のように見知らぬ番号から電話がかかってきたり、面会を求めるメッセージが送られてきたりするようになった。
 メッセージの中には、進の前腕ほどもある巨大な男性器が肛門にうずめられている画像や、上半身の筋肉を隆起させた浅黒い男が、パープルの性具を肛門に挿入した痩せぎすの男性に、自身の性器をくわえさせて微笑んでいる画像などが添付されているものもあった。画面に映し出された瞠目するような猥褻物が視界に入るたび、彼は周囲にさとられぬよう慌てて削除していた。
 それでも、進のスマートフォンに着信しているのが知れると、待ちかまえていたかのように教室にどよめきがわき起こり、さらなる挑発的なメッセージが掲示板に投稿されつづけた。
 もっとも、そのような犯罪まがいの嫌がらせを進にくわえてくるのは、一部の者のみだった。大半のクラスメイトは場の流れに乗じてただ笑っているだけで、ごく少数は遠巻きにながめているか、なにごとも起きていないかのように無関心をよそおっていた。
 そうした教室にかすかにただよう良識の空気を敏感に感じとり、しばらくは、心をかたく閉ざすだけでやり過ごせていた。だが、その辛抱も、牙をむいた悪童たちによってあっさりとくだかれてしまう。
 その日の昼休み、自席で読書をしていた進は、ふいにおそってきた尿意が限界に達し、やむなく教室からもっとも近い、同じ階の端にあるトイレにむかった。
 そのトイレをクラスメイトの悪童たちが溜まり場にしているのは彼も知っていたから、学校にいる間は、給食に出される牛乳をふくめ一切水分をとらないように気をつけ、どうしてもトイレに行きたくなった場合は、別棟の特別教室前や職員室脇のトイレをこっそり利用していた。ところがこの日は、実話に材をとった小説の脱走兵の逃走劇にのめりこみすぎ、しだいに切迫感を高めてくる尿意を放置してしまった。
 廊下を急ぎ、カビ臭いトイレに足を踏み入れる。騒がしい話し声がやみ、窓際で校庭を見下ろしていた四人の視線が進の方にむけられた。
「進じゃん……」
 いじめを主導している久保山がつぶやいた。好戦的で、歓迎するような声色だった。
 思わず、足が止まる。踵を返したいという欲求が胸につのったが、怖気づいた姿を見られたくないという思いが進をその場に押しとどめた。
 久保山たちと目をあわさぬよう、小便器の前に立ち、制服のファスナーをおろす。下着をずらし、もう片方の手で性器をささえると、彼は露出した亀頭に視線をすえた。
 尿意は限界に達しているのにもかかわらず、尿道を直接指でつぶされたかのようにまったく出てくる気配がない。静まったトイレに、校庭の賑わいが窓を通してひびいていた。
 彼の肩口のあたりで忍び笑いがする。
 そちらに目をやると、ついいままで窓際にいた久保山たちが背後に立ち、首をのばして進の陰部をのぞきこんでいる。
「でけえ」
 ひとりがこらえきれずに叫ぶと、どっとトイレに笑声がみちた。
「見んなよ」
 進は、あまりの羞恥に自分の顔が熱くなるのがわかった。便器に密着し、好奇の目から逃れようとしたが、久保山たちは執拗に顔を突き出してくる。
「進、掲示板チェックしてんのかよ。短髪筋肉質でポジ種のタケルくんがヤバ交尾したいってよ。よかったじゃん、童貞捨てるついでに、ポジっちゃえよ。池袋のトイレで待ってるって」
 そう言って、久保山が彼の真後ろに移動した。囃し立てるような周囲の嘲笑が冷たいモルタルの壁に反響している。
「知らねえよ。こっち来んなよ」
 彼はとがった声を出した。
 ここから脱出したかったが、すでに亀頭の先から申し訳程度に小便がしたたり落ちている。尿意はいっこうに解消される気配はなく、膀胱があるあたりの下腹部に、圧迫されたような鈍痛が生じていた。
 久保山が、動画を送ってやろうとスマートフォンを進と小便器の間にかざしてくる。
 彼は咄嗟に、
「撮んじゃねえよ」
 と、左手で払いのけた。
 スマートフォンがかたい音を立てて、細かなタイルの敷き詰められた床ではねた。
「マジかよ……」
 久保山が画面に蜘蛛の巣状の罅がはいったスマートフォンを拾い上げ、目に苛立たしげな光をうかべている。
 進は、背中に冷たいものがかけ抜けるのを意識しながら性器を見つめていた。ひらいた頭皮の毛穴から汗が吹き出してくる。ゆるんだ蛇口のように尿が亀頭からしたたり落ちるだけで、一本の流れとなって放物線をえがいてくれない。
「進、俺のスマホ割れたんだけど」
 彼のかたわらに立った久保山が無感情な声で言った。
 トイレに緊張した空気が張りつめ、他の取り巻きが無言でそのやりとりを見つめていた。廊下を走り過ぎる何人かの話し声が遠のき、天井から床にのびる窓際の下水管から、断続的に水の流れ落ちる音がしている。
「……知るかよ」
 動悸が激しくなるのを自覚しつつ、彼はどうにかそれだけつぶやいた。蛇口を閉め切ったように尿は止まっていた。
「知るかよじゃねえだろ、てめえ。弁償しろよ。十万だよ、十万。ポジ種のタケルくんとヤッて金もらってこいよ」
 久保山が声をあららげ、ふたたび進の背後にまわった。総合格闘技のジムできたえあげた太い腕を彼の両脇にすばやく差し入れ、きつく締め上げた。下着と陰茎をささえていた彼の両手がはなれた。
「やめろ」
 久保山は進の抵抗を無視し、羽交い締めにしたまま小便器に密着していた彼の体をねじるようにはがした。
 両手をだらしなく宙にたらした進のズボンは足首にまでずり落ち、中途半端に太腿に引っかかった下着と、ワイシャツの隙間から性器がのぞいている。
 取り巻きのひとりがスマートフォンをかかげ、いやしい笑みを口の端にうかべながら進の性器を撮影しはじめた。横に立つもうひとりもスマートフォンをかまえた。
「撮んなっつってんだろ」
 進は振りほどこうと足をこいでもがいてみたが、すさまじい力で身動きがとれない。シャッター音が連続して鳴り、屈辱感がつのってくる。
「ポジ種のタケルくんがお前のデカマラおがみたいって言ってくれてんだから、ちゃんと見えるようにしろ」
 久保山が両の脇をかためた状態で体をそらせ、上履きを踏んでいた進の踵がういた。
「はなせよ」
 顔をゆがめた進が怒号を発した拍子に、勢いよく尿がほとばしり出た。床の古びたタイルが濡れ、彼の下着や制服に染みをつくる。
「きったね」
 久保山が飛びのくように拘束をとき、ささえをうしなった進は床に体を打ちつけた。腰や肘が痛み、ざらついたタイルが冷たかった。むき出しの性器から音を立てて尿が流れ、衣服を濡らしていく。彼は他人事のような目でその様子を見つめていた。
 久保山たちが、彼を見下ろしながら腹をかかえて笑い合っている。
 間もなく昼休み終了をつげるチャイムの音がトイレにみち、久保山たちは進を残して去っていった。
 呼吸が乱れ、胸苦しい。全身が熱をおび、かすかにしびれている。それが、久保山たちに対する激情からもたらされているのだと気づくのに、しばらく時間がかかった。
 進は立ち上がると、汚れた制服を身につけ直し、トイレの外に出た。
 教室にむかって脇目もふらず、誰もいない廊下を歩いていく。一歩ずつ足を踏み出すにつれ、際限なく気持ちが昂ぶる。それが殺意だとわかったときには、かたわらの壁にならぶ〝希望の光〟と書かれた習字の半紙がまたたく間に後景に去っていた。まるでベルト式の動く歩道をすすんでいるようだった。
 進は、〝三‐三〟と表札のかかげられた教室の前に立った。
 すでに授業ははじまっていた。男性教師の声が聞こえてくる。ドアの上部にはめこまれた窓をのぞくと、教師の雑談を聞いているクラスメイトたちの後ろ姿が見えた。久保山たちも何食わぬ顔で教師の方に目をむけていた。
 耳の奥に、トイレにひびきわたる久保山たちの嘲笑がよみがえってくる。彼は無言のまま、にぎりしめた拳を窓ガラスに振りおろした。
 軽やかな音とともにガラスがくだけ、教室に悲鳴が飛び交った。クラスメイトの何人かは席を立ち、その他の者は席に座ったまま一様に驚愕の目を彼にむけている。久保山だけ、いなおったような表情で、割れた窓ガラス越しに進をにらみつけていた。
 血に染まった手で進がドアを引くと、ふたたび教室に悲鳴まじりのどよめきがわいた。
「なにしてんだ、お前」
 教壇に立っていた教師が切迫した表情でかけよってくる。久保山のもとへむかおうとする進を取り押さえ、強引に教室後方のロッカーに押しつけた。
 そこからの彼の記憶は曖昧だった。
 教師を振りほどこうと歯を食いしばりながら闇雲に手足を動かしていたような気もするし、涙を流しながらわめいていただけのような気もする。あるいはその両方かもしれない。気がつけば彼は、騒ぎを聞きつけた他の教師たちに、なかば引きずられるような形で保健室へ連れて行かれていた。
 保健室で病院へむかうタクシーを待つ間、教師たちは口々に窓ガラスを割った理由を問いただしたが、彼はうつむきがちに口をつぐんでいた。教師のいずれも信用ならなかった。たとえ心許せる相手がいたとしても、一切話す気はなかった。
 その日以来、学校へ通うことを放棄した。

 進の背後で歓声が起こった。
 見ると、右舷側のデッキの一角で何人かの乗客が寄り集まっている。しだいに歓声は周囲に伝播していき、つられるように左舷や後方にいた乗客もそちらにむかっている。乗客たちはカメラやスマートフォンを海の方にむけ、何人かの口から、クジラという言葉が興奮気味に発せられていた。
 進は、一度背後の人だかりに目をやっただけで、すぐに視線をもどした。船尾に引きずられた白い航跡が遠くまでのび、たおやかな海面の起伏に複雑な網目をこしらえながらあわく消失している。
「見ないか」
 ふいのぶっきらぼうな声に驚いて、彼は隣に顔をむけた。つい先ほどまではいなかった男が、柵に寄りかかりながら剣呑な目で彼を見ていた。
 妊婦のように腹が突き出た男は、地肌のすけた頭髪を肩までたらし、彫りの深い顔に白髪まじりの無精髭を生やしている。二重の目と口が大きく、スター・ウォーズの映画に登場する悪役のジャバ・ザ・ハットに雰囲気がどことなく似ていた。
 サンダルをつっかけたその足元には、日用品や衣類などの入った買い物袋がいくつも置かれていて、進の目にも、真っ黒に日焼けしたジャバが、他の観光客とはちがう島関係者に映った。
「クジラの潮吹き。見たことないだろ」
 ジャバはもう一度言った。
 進がその威圧感にたじろぎ、口をつぐんでいると、ジャバは不機嫌ともとれる表情でつづけた。
「どっから来た、ナイチャーだろ。東京か」
「……埼玉です」
 彼はまごつきながら言った。
「誰と来た」
 ひとりだと進が答えると、ジャバは不審そうに眉をひそめた。
「喜久になにしにか。海で泳ぐ?」
「……まぁ」
 うまく答えられず、彼は押し黙った。自分自身、島でどのように過ごすのかわかっていなかった。はっきりしているのは、これから喜久島という離島に行き、そこで二ヶ月ほど滞在するということしかない。
 不登校がはじまって誰よりも気をもんだのは、進の母親だった。
 化学メーカーで化粧品の営業をしている母親も、金融関連のシステムエンジニアとして働く父親も、進がドアの窓ガラスを割った件について詮索はせず、学校を欠席することも表向きには容認してくれた。十代の半分を上海やムンバイで過ごした父親は、学校教育そのものにそもそも期待をしていないためだったが、そうでない母親は仕事に忙しくしている風をよそおいつつ、その実、彼にはわからない形で不登校専門のカウンセラーに相談したり、学区外の他の公立中学校や私立中学校への転校の可能性を探ったりしていた。
 そうしてとくに具体的な策が講じられることもなく、欠席をかさねつづけたまま夏になった。学校では期末試験がせまり、クラブ活動の休止期間に入ろうとしていたその日、進が自宅のダイニングで夕食のカレーライスを口に運んでいると、
「夏休みとかどうするの」
 と、むかいでサラダを取り分けていた母親が軽い調子でたずねた。
 彼は返事をせず、テレビに視線をむけたままスプーンを動かしていた。なんの予定もないと知っていて、そのような質問を平然と投げかけてくる母親の無神経さが腹立たしかった。
「なんもしないんなら、沖縄でも行ってきたら?」
「沖縄?」
 予想外の提案に、進は母親の顔をうかがった。
「そう。喜久島っていう沖縄の小さな島。なんかね、そこで離島留学ってのがあるんだって。留学っていっても、ホームステイに毛が生えたみたいな感じらしいから、難しく考えることないって」
 そのプログラムは二ヶ月間程度の短期のものだと母親はつけくわえた。沖縄の小さな島も、離島留学もまったくイメージがわかなかった。
「気分転換に行ってみたら? パパも賛成してくれてるし。海すっごい綺麗だってよ」
「そんなのいいから。面倒くせえよ」
 進はぞんざいな口調で言った。
「ほら、これ。見てみな、こんなに綺麗なんだよ」
 母親が手元のスマートフォンを彼の方へしめす。画面には、高台から撮影された、あざやかな青のグラデーションにそまった海が映し出されている。
「行かねえつってんじゃん」
 彼は口ではそう言いつつも、この一ヶ月におよぶ不登校の日々を思い返していた。判で押したように、なんの刺激もないのっぺりとした毎日だった。
 前日の夜更かしを引きずったように昼前に起き、漫画や動画をながめるのに疲れると、ウェブサイトやソーシャルメディアを気ままに回遊したり、インターネット上の地図アプリで世界中を探索したりしていた。それはなかば作業化していて、心が動くことはなく、すぐに飽きてしまう。このままだと、夏休み中はもちろん、夏休みが明けても同じ毎日がつづくような予感がなんとなくあった。
 クラスメイトの皆が授業を受けている時間に、両親の出払った自宅のマンションにひとりでいると、時折、このままずっと大人になっても空疎な時間がつづくような気がし、言いようのない不安におそわれる。そのたび彼は、それならそれでかまわないといっそう心をかたくなにしていた。
「まだ時間あるし、気が変わるかもしれないから、考えといて」
 このときはまさか母親が本気だとは思わず、その後も適当に聞き流していたが、出発前日に荷造りを手伝わされたときにはすでに諸々の手続きが済んでいて、いまさら行かないなどとは言い出せる状況ではなくなっていた。
 そのような状態で早朝の羽田空港行きのバスに送り出された進からすれば、むしろ滞在中になにをして過ごしたらよいかジャバに教えてもらいたいぐらいだった。
「どこに泊まる」
 ジャバが面接官のような口調で言った。気まぐれに海上にあらわれたクジラはいつか姿を消し、デッキにもとの静けさがもどっている。
「えっと、ラビットベースっていうところです」
 スマートフォンのメモを見ながら進が答えると、ジャバの顔つきが差し迫ったものに変わった。
「ラビットベース? 信介……佐藤信介のところか」
 彼は動揺を押し隠しながらうなずいた。
「やめとけ」
 ジャバが声を低める。
「悪いこと言わんから」
 ジャバは島で民宿を経営しているらしく、あいにく空いている部屋はないが、広間に寝てもいいとさえ言った。
 突然の申し出に、進は困惑した。整理のつかない思考をもてあますばかりで、どう返答すべきかわからなかった。
 どうしてジャバはそのようなことを言い出すのだろう。なにかラビットベースに好ましくない評判が立っているのか。あるいはジャバとホストファミリーの間で個人的な諍いが起きているのか。それともなにか狙いがあって自分をたぶらかそうとしているのか。久保山たちが投稿した同性愛者の掲示板を見て自分に送りつけられた誘惑のメッセージが思い起こされた。
 いくつもの解釈がうかび、彼の頭をいたずらに混乱させたが、すでに申し込み済みのプログラムを自分の独断で変更できるはずもない。たとえできたとしても、会ったばかりの素性もわからない怪しげな男の誘いに乗るという選択肢は彼の中になかった。
「わかったか」
 ジャバが決定事項のように強い調子でせまってくる。進は恐怖に似たものをおぼえ、無言のままその場をはなれた。
 階下の座席にもどると、隣の兄妹は喧嘩をやめてそれぞれスマートフォンと携帯ゲームにふけり、前の席で唇をかさねていた日本人の女は恋人の肩に頭をあずけて寝入っていた。
 ジャバがあとを追ってこないかしばらく落ち着かなかったが、それもいつか気にならなくなった。進はプラスチックのかたい背もたれに身をあずけ、デッキ越しに海を見つめていた。
 やがて到着をつげるアナウンスが船内に流れ、海上に島影があらわれはじめた。
 乗客があわただしく荷物を手にして席を立っている。進もスーツケースを転がし、デッキで上陸を待つ列にならんだ。
 視界をふさぐように緑のせりあがった島が間近にせまり、船が防波堤を通り抜けていく。
 深い青をたたえていた水面はエメラルドグリーンにそまり、船上からでも海底の岩礁の影が見てとれるほど透明度が高い。
 複雑な陰影をおりなす眼下の海を食い入るように見つめていた彼は、前方に視線を転じた。コンクリートでかためられた岸壁に船の到着を待つ人々の姿が見えた。
 船が止まって見えるほどに減速し、係員によってデッキから岸へロープが投じられる。一直線にロープが緊張し、波音とともにゆっくりと岸壁が近づいてきた。

 多くの人がむらがる船着き場では、作業着を着た係員が貨物の積み下ろしをしている。そのかたわらで、民宿をはじめとする島の関係者が乗客や店の名前を記したプラカードをかかげていた。
 進は船からおろされたスロープをくだりながら、プラカードのひとつひとつにせわしなく視線を走らせていた。
 母親からは、ホストファミリーが港で彼を待っているとだけ聞かされている。性別も年齢も人数もわからず、無事に会えるかどうか不安だった。
 岸に降り立つと、人混みの中であたりを見回した。
 彼の名前やラビットベースなどと書かれたプラカードはどこにも見当たらない。それらしい何人かと目があってもすぐに視線をそらされてしまい、自分を探している者もいなかった。
 他の乗客たちは、それぞれプラカードに吸い寄せられるように民宿やダイビングショップの店員と落ち合い、待機していたワゴンに続々と乗り込んでいく。家族連れやグループ客のほか、若い男女も多い。ひとり客も目についたが、ラビットベースにむかうような十代前半の者は見当たらない。所在なくその場に立ち尽くした彼は、心細さを感じていた。
 少し離れたところで進を見ている者がいた。
 ジャバだった。なにか言いたそうな表情をうかべ、いまにも近づいてくるような気がする。彼が拒絶の意志をしめすように顔をそむけると、ジャバはあっさりとむかえの軽自動車に乗って去っていった。
 しだいに人影が少なくなり、島の反対側にあるビーチ行きのバスが乗客を満載して発進すると、あたりは港湾関係者をのぞいて進だけとなった。
 本当にむかえが来るのか、不安がましていた。
 その場にスーツケースを残し、近くにある観光案内所と待合所をかねたターミナル内を探してみたが、それらしき人はいない。自力で行こうにもラビットベースにはウェブサイトすらなく、事前に教えられていた電話番号にかけても延々と呼び出し音が鳴るだけだった。
 スーツケースを取りにもどりながら、彼は出発地のチケット売り場で他の島へ行く船がいくつかあったのを思い出した。もしや別の島に来てしまったかとあわてたが、確認するとやはり喜久島で間違いなかった。
 どうしたらいいだろう。途方に暮れかけていた矢先、集落の方からあらわれた一台の黒い外国製のSUVが彼のもとへまっすぐやってくる。
 まもなく車が進の手前で停まった。濃いスモークフィルムが後部座席の窓に貼られていて、中の様子がまったく見通せない。運転席からサングラスをかけた細身の女がおりてきた。
「進くんだよね」
 髪を後ろでたばねた女がサングラスを外し、頭の上にかけて微笑む。四十四歳の母親よりもずいぶんと若く見え、真っ白な麻のシャツが、デニムのショートパンツからのびた小麦色の脚をいっそう健康的に見せていた。
「遅れてごめんね、ラビットベースの佐藤優子です」
 進は女の顔を直視できず、小さく頭をさげた。
 もっと年輩だと勝手に思いこんでいた。それだけに無事にむかえが来た安堵より、若い大人の異性に決まっておぼえる、気恥ずかしさに似た萎縮感の方が大きかった。
「遠かったでしょう。行こ」
 優子が跳ね上げ式の後方ドアを開け、スーツケースを荷室に積むのを手伝ってくれる。彼が助手席に乗り込んだのを確認して、優子はアクセルペダルを踏んだ。
「お昼ご飯、もう食べた? お腹空いてない?」
 運転席の優子がハンドルを操りながら言った。
「空港でソーキそば食べてきたので、大丈夫です」
 彼は緊張した面持ちで答えた。
 空調がほどよく効いた車内はクリーム色のレザーで統一されていて、真新しい。洗練されたダッシュボードには高精細な純正のディスプレイが組み込まれ、島の地図と現在位置を表示している。車に詳しくない彼にも、この外国車が現行モデルか、それに近いものだと察せられた。
 大企業につとめ、それなりの給料をもらっている両親が維持費の高さを嫌って、十年落ちの国産大衆車を手放したことを思うと、この小さな島でこのような高級車に優子が乗っていることに、彼は多少の違和感をおぼえた。
 離島留学はそれほど儲かるのだろうか。優子たちホストファミリーには働かなくてもじゅうぶん暮らせるほどの財産がもともとあるのだろうか。もしそうなら、ラビットベースは意外にいいところなのかもしれない。当初、離島留学と聞いて、中学一年生のときに林間学校で泊まらされた古びた合宿施設を思いえがいていた彼は、にわかに心がうき立ってくるのを自覚した。
 車が集落の間をゆったりとした速度ですすんでいく。
 コンクリート造りの家々は、その多くが風雨と強烈な日差しに長くさらされて、塗料がところどころ剥げて黒ずんでいる。郵便局やガソリンスタンド以外は、小さな商店や飲食店がぽつぽつとあるだけで、スーパーやファストフードの店はおろか、地元の埼玉ではどこでも見かけるコンビニエンスストアひとつない。このような場所で人々が暮らしているということが、街の生活しか知らない彼には驚きだった。
 窓外に流れていた民家が切れ、ひらけた空間があらわれた。小中学校だった。赤土の校庭に緑の芝生が斑にひろがり、そのむこうに赤瓦の屋根でおおわれた二階建ての校舎が見える。授業中だからか、そもそも通う生徒が少ないからなのか、どこにも人影はなかった。
 進は、視界から消え去ろうとする校舎を目で追いながら、もし自分が埼玉の学校からここに転校したらどうなるのだろうと空想にひたっていた。
「なんもないでしょ」
 前方に視線をすえた優子が口元に笑みをうかべている。
 進は、正直に答えては相手にとって失礼にあたるような気がし、曖昧に首をかしげた。
「私も最初、東京からこっちに移ってきたとき、進くんと同じ風に思った。なんもないなぁって。電車も走ってないし、コンビニもなくてすごい不便だし。でも、都会にはないものもたくさんあるんだよ。たとえば、澄んだ海や白い珊瑚の砂浜もそう。波音や夕日もそう。のんびりした時間の流れもそう」
 進は、優子がもともと東京で暮らしていたということを聞いて、親近感にも似た安堵をおぼえていた。
「騒音とか人混みとか、わずらわしい人間関係とかもないしね」
 優子が湿っぽい調子で言う。ルームミラーにぶら下げられている松ぼっくりの形に似た銀のオブジェが揺れ、車内にあふれる陽光をはじいていた。
 優子も東京でなにかあったのだろうか。この島に移り住むきっかけをたずねてみたい気もしたが、なんとなくはばかられ、進は黙っていた。
 集落を抜け、車は山間の道をなぞっていく。
 道路の左右には水田がひろがり、稲穂の緑が目にあざやかだった。あぜ道では二頭の白いヤギが草を食み、その背後にせまった山の斜面には木々の葉が量感をはらんで深々と生い茂っている。車窓に流れる田園風景をながめながら、彼は心がなごんでくるのを感じた。
「進くん、ベースに荷物置いたらどうする。なにしたい?」
 ふいにたずねられ、進は答えに窮した。
 漫画や映画はダウンロードしてきたが、しょせんはどれも暇つぶしでしかない。勉強道具をスーツケースに突っこんだのも、母親に言いくるめられたからだった。ただ自然の中でのんびりするイメージがあるだけで、具体的になにをするかなど考えてもみなかった。
「とりあえずビーチでも行っとく?」
 彼はうなずき、気になっていたことを口にした。
「ラビットベースって、なにするところなんですか」
 離島留学はむろん、ホームステイの経験もない彼にとって、この先どのような生活をおくることになるのかおよそ想像がつかなかった。
「なんでも。進くんがしたいと思うことなら」
 優子は、彼の不安を払拭するように表情をゆるめてつづけた。
「ビーチで泳いでもいいし、シュノーケリングしてもいいし。私のハーブガーデン一緒に手入れしてもいいし、信介がシーカヤックのツアーやってるからそれ手伝ったっていいし。したいことがないんだったら、ずっと海見てたっていいし。前にうちに来た子なんかはね、本当に朝から日が沈むまでビーチで海ながめてた。進くんも、二ヶ月あるんだから、あんまり難しいこと考えずに自分の感性にしたがってのびのび愉しんだらいいんだよ」
 その言葉を聞いて、彼は体にのしかかった重しがとりのぞかれるような解放感をおぼえていた。
 勾配のきつい曲がりくねった坂道をのぼりきり、峠を越えると視界がひらけた。ガードレール越しに眼下が一望できる。
 なだらかな緑の丘陵がすり鉢状に低まり、緑がつきた先に砂浜で白くふちどられた海がひろがっている。両側の半島にいだかれた海は紺に染まっていて、熱帯の強烈な光をたたえながら遠く水平線にうかぶ島々をつつんでいた。
 進は、ここしばらく縁のなかった期待感をほんのり胸におぼえながら、車窓の中で刻々と表情を変える島の風景を見つめていた。
 車は観光客のほとんどがつどう宇座集落を抜けてなおも走りつづけ、やがて南端に位置する比部間集落にはいった。
 先ほどの宇座集落にくらべ、規模は小さくひっそりとしている。目抜き通りに昭和の空気をかもした平屋の商店が見えるだけで、ビーチへむかう観光客が数えるほどしかいない。コンクリート造りの家々は、何十年にもわたって台風と灼熱の太陽にさらされつづけてきたように朽ちて映った。
「もう、すぐそこだから」
 優子は集落のはずれまで車を走らせて通り過ぎると、海岸に沿うように数百メートルすすんだのち減速し、ハンドルをゆっくりと右に切った。枝分かれした舗装路をすすんで、間もなく車が停止した。
 海から離れていないにもかかわらず、周囲は手つかずの森のように鬱蒼としていた。
 正面に大人の背丈をゆうに超える頑丈な鉄柵のゲートが立ちはだかり、舗装路がカーブしながらその先の敷地内へつづいている。ゲートと同じ高さの金網のフェンスが左右につらなり、森の中にのびて果てが見通せない。鉄柵の両端には入り口を見下ろすように監視カメラがそなえつけられていて、金網のフェンスの上部には、侵入者を威嚇するように有刺鉄線の忍び返しがついていた。
 鉄柵にかかげられた白いプラスチックボードに、彼の目が吸い寄せられた。

  WARNING
  警告

  立入禁止
  UNAUTHORIZED ENTRY PROHIBITED AND PUNISHABLE BY JAPANESE LAW
  無断で立ち入ることを禁ずる。違反者は日本の法律によって罰せられる。

  RABBIT BASE

 進は、おだやかな南国の空気と相反するようなものものしい雰囲気にたじろぎつつ、侵入者の存在を意識しなければならないほどの特別なものが内部にあるようにも思え、胸の高鳴りを自覚していた。
 優子が手元のリモコンのボタンを押すと、格子状のゲートが動き出し、鉄柵が片側にスライドしていく。
 ふたたび車が動き出し、カーブを曲がり切った先に、テニスコート二面ほどの前庭がひろがっていた。
 優子は慣れた手つきでハンドルを操り、手前の駐車場に車を停めた。軽く四、五台は停められそうな駐車場に他の車はなく、端に原付バイクや牽引用のトレーラーが停め置かれている。
「着いたよ。お疲れ様」
 運転席から降り立った優子が両手を天にのばして、心地よさそうに目を細めている。
 進は車からスーツケースをおろし、石灰岩の敷石でできた通路を歩く優子のあとへつづいた。
 周囲を森にかこわれた敷地には芝生が敷き詰められ、二、三メートルほどの若いヤシがそこここで扇状に裂けた大きな葉をひろげている。中央には、マホガニー調の木材で組み上げられた東屋が涼しげな影を落とし、庭の奥に視線をのばせば、東屋と同じ風合いで仕立てられた木造の小屋が背後の森と調和をはかっていた。
 集落の民家とは対照的な、リゾートホテルを思わせる落ち着いた空間に彼は安らぎをおぼえ、いまさらながらこの離島留学に送り出してくれた両親に感謝したくなった。
「簡単にオリエンテーションするから、スーツケース部屋に置いたら、母屋の方に来てもらっていい? 進くんはね、三番のロッジ」
 彼は礼を述べて、小屋の前で優子から鍵を受け取った。鍵には、〝3〟と記された札のほかに、車のルームミラーに下がっていたのと同じ松ぼっくり形のオブジェがくくりつけられている。優子の趣味か、この宿泊施設のシンボルなのかなと思った。
 小屋は、手前のシャワー室をのぞいて、通路に沿って左右に二棟、全部で四棟ならんでいた。小屋の扉に貼られた銀の標識を見ると、左手前から時計まわりに〝1〟、〝3〟、〝9〟、〝11〟と表記されている。
 不思議な番号のならびだと思ったが、さほど気にはならず、彼は三番の小屋のドアをあけた。
 部屋に踏み入ると、八畳ほどの空間がひろがっていた。彼の埼玉の自室より、いくぶんひろい。ソファをかねたシングルベッド、玄関と部屋を仕切るクローゼット、テーブルとそれをはさむように置かれたスツールが二脚、腰の高さほどの本棚、水洗トイレ、鏡のついた洗面所と、簡素だが必要十分の機能をみたしている。
 掃除が行きとどいた部屋に安堵し、勢いよくベッドへ横たわった。
 彼は片手を枕にし、板張りの天井を見つめた。いつの間にか出発前の憂鬱がうすれ、気分が軽くなっていることに気づく。今日からの二ヶ月を思うと、自分の中でなにかが大きく変わりそうな予感がし、頬がゆるむのを意識した。
 優子から母屋に来るように言われたことを思い出し、起き上がって部屋を出た。
 鍵を閉めて振り返ると、むかいの九番の小屋のドアがうすくひらき、小屋の中から十歳前後の少女が彼をうかがっていた。艶のない黒髪をうすい胸のところまでのばし、歓喜とも恐怖ともとれる目で彼を凝視している。
「こんにちは」
 進がまごつきながら挨拶をすると、無視するように少女はドアを閉めた。なにか怒らせるようなことをしてしまったのだろうか。気を取り直し、その場をはなれた。
 すぐ隣にある母屋は、コンクリートの打ちっぱなしで、四棟の小屋をあわせたほどの大きさがある。木製の扉には、〝666〟と銀の標識が貼られていた。
 呼び鈴を鳴らすと、扉の内側から優子の遠い声が聞こえてくる。
 彼は、扉をあけて中にはいった。
「進くん、そのまま下におりてきて」
 平屋に見えた母屋は二層の造りのようで、吹き抜けとなった廊下のむこうから優子の声がひびいてくる。
 進は玄関でスニーカーを脱ぎ、内部にすすんだ。両側にドアのある廊下の突き当たりから、一階のリビングが見下ろせ、コの字の大きなソファに優子の姿があった。壁際の階段をおりながら、彼は口の中で感嘆の声を漏らした。
 一階から二階の天井まで一面にガラス窓が張られ、四十畳におよぼうかというリビングの床と連続するように、ウッドデッキが外のテラスに敷かれている。ジェットバスをそなえたテラスのむこうでは、長い歳月をかけて波に削られた岩礁が藻類の緑をたたえながら点々と鎮座し、それらを取り囲むように、しだいに青を深めていく遠浅の海がはるか先の島までつづいていた。
「いいところでしょ」
 優子がそう言って目で笑っている。
「……すごいですね」
 彼はソファに腰をおろしたあとも、しきりに窓外へ視線をのばしていた。
「ここのルールについて、簡単に説明するね。さっきも言ったけど基本的にはなにしてもらってもよくて、進くんの自由。なんだけど、みんなで生活してるから、お互い気持ちよく過ごせるよう最低限のマナーは守ろうねって感じ」
 彼は、同意をしめすようにゆっくりとうなずいてみせた。先ほど九番の小屋で見かけた少女が頭をよぎる。あのような冷遇をうけたのは、なにかマナー違反があったからなのだろうか。
「あとは、ここに掃除とかシャワーの使い方とか細かいルールが書いてあるから、お部屋もどって読んどいて。夜ご飯のときにまた信介から話があると思うから。とにかく、島の自然と一体となって、いい気を引き寄せて、心を空っぽにして愉しむこと」
 優子が無邪気に笑い、宿泊規則の書類がまとめられたファイルをかたわらのローテーブルに置いた。
「そうだ、最後にこれ。ざっと目通して、問題なければサインして」
 進は、優子からボールペンとともに一枚の紙を手渡された。見ると、そこには〝誓約書〟と題された下に次のような文章がならんでいる。

  私は、ラビットベース(以下、RB)に留学生として受け入れて頂くにあたり、次の事項を確実に遵守することを誓約いたします。
  1.RBの宿泊規則及び服務に関する諸規程等を尊重し、RB責任者
   (佐藤信介、佐藤優子)の指導にそって誠実にプログラムに参加する
    こととします。
    2.RB責任者に一切嘘をつきません。
    3.RBの諸規程及びRB責任者の命令・指示に必ず従います。
    4.RB責任者の許可なく、RB関係者以外の島民と一切の会話
      及び交流をしません。
    5.RB施設の利用に際しては、
      (1)RBの定める立ち入り禁止区域に立ち入りません。
      (2)RB施設を宿泊以外の目的に使用しません。
      (3)RB施設に第三者を立ち入らせません。
      (4)その他、RB諸規程及びRB責任者の指示に服します。
    6.プログラム期間中に知り得たいかなる事項についても、プログ
      ラムが終了した後といえども、RBの書面による許可なく、第
      三者に開示・漏洩し、若しくは不正使用しません。
    7.プログラム期間中は、RB責任者の特別な許可がない限り、一
      切の通信機器及び電子端末の使用(インターネットへの接続を
      ふくむ)をしません。
    8.処遇概要確認書を承諾したことを確認し、RBに一切迷惑をか
      けません。
    9.本誓約書に定めなき事項については、RB責任者の指示を仰
      ぎ、その指示に従います。
    10.万一、上記事項のいずれか一つにでも違反した場合、或いは
      RBにおいて私が留学生として不適当であると判断された場合
      には、プログラム期間(令和  年  月  日から
      令和  年  月  日まで)中といえども即時RBからの退
      去を言い渡されても異議を唱えません。また、その場合は、法
      的措置(損害賠償、差止請求)等に服します。
    11.上記に関する紛争についての管轄は【那覇地方裁判所】とする
      こと。
    12.本誓約書については、上記プログラム期間中において有効とす
      ること。
    13.本誓約書に定めなき事項及び本誓約書の運用、解釈に疑義が生
      じた場合は、法令または慣習に従い協議の上、誠意をもって解
      決する。
                                以上

 それらしく文章を目でなぞってみたが、難しい用語や堅苦しい言葉ばかりでまったく頭に入ってこない。よくわかりもせず、サインをしていいものなのか判断がつかなかった。
 顔をあげると、優子と目があった。つい先ほどまでの親しげな光がかすみ、心なしか、さっさと終わらせてしまいたいという不満がにじんでいるように映る。優子も忙しく、彼にかまっている時間はかぎられているにちがいなかった。
 進は、ふたたび紙に視線を落とした。誓約書と仰々しくあるが、スマートフォンのアプリをインストールしたときや、空港などで無料のインターネット接続サービスを利用する際に求められる同意書と似たようなものかもしれない。
 ペンを握りなおすと、〝誓約書〟をローテーブルに置いて、氏名の欄に署名した。

 小屋にもどってきた進は、スーツケースから水着を引っ張り出して着替えはじめた。
 陽の高いうちに隣の比部間ビーチへおもむき、熱帯魚や珊瑚礁でいろどられる海中の世界をのぞいてみたかった。外出したいという欲求自体がたえてひさしく、新鮮な心地がしていた。
 着替え終え、ベッドに放り投げた宿泊規則のファイルが目にとまる。目を通しておくようにという優子の言葉が頭をかすめた。宿泊規則といっても、当たり前のことが書いてあるはずで、あとで時間があるときにでも手に取ればいいだろうと思った。
 ビーチサンダルに足を通した進は、ふたたび小屋を出ると、庭の片隅にもうけられた物置でシュノーケリング道具一式をナイロンバッグに詰めたのち、ゲートの扉をくぐった。
 昼下がりの直線的な日差しが、土埃にまみれたアスファルトを熱し、彼の足元にたえず付きまとう小さな影を落としている。
 日射をやわらげようと、タオルで頭をおおった。帽子をスーツケースに入れてこなかったことが少しだけ悔やまれたが、それも汗が額を濡らすころには気にならなくなっていた。
 車も人もいない道をなぞるにつれ、血行がうながされるらしく、しだいに太腿や腹部の内側にかゆみが生じてくる。昼も夜もなく自室にこもっていた不精の日々が想起され、そのツケを支払わされているかのようだった。体の底から少しずつ活力がみなぎってくる気がし、彼は体中の細胞が音を立てて刷新されるような心地よい感覚をおぼえていた。
 道はやがて比部間集落の中に入った。
 十五分もあれば歩いて回れるほどの集落は、奇妙なまでにひっそりとしていた。何軒かあるダイビングショップのほか、カフェや食堂を併設した民宿は営業しているものの、人影は少ない。いつもこれぐらい静かなのだろうか。たまに車やバイクの走行音がするだけで、塀にかこわれた家々からも物音や人声はほとんど聞こえてこなかった。
 海側を意識しながら歩いていると、駐車場の奥に〝比部間ビーチ〟と書かれた案内板が見えてきた。
 進は、案内板の脇にある下りの細い道へすすんだ。すぐに舗装路がつき、足元が砂地に変わる。亜熱帯特有の樹木がつくるアーチをくぐりながら、自然と頬がゆるんでくるのを意識した。なかば枝葉にふさがれた視界の先に、青い海のひろがりが映っていた。
 アーチを抜け、砂浜に足をとられつつあたりを見回す。
 乳白色にかがやく珊瑚の砂浜が、ささやかな潮騒を立てる波打ち際をなぞり、ゆるやかな曲線を遠くまでえがいている。まばゆいコバルトブルーに澄みわたった海は、沖合を藍色に染め上げつつ、水平線に量感ある入道雲を幾層も積み上げていた。
 埼玉の自室でタブレット端末越しにさんざん見てきた世界中の絶景が、一瞬のうちに脳裏で色褪せていく。
 進は、デイゴの木陰に荷物を置くと、ラッシュガード代わりのTシャツを着たまま、シュノーケリングの道具を手に駆け出した。おぼえず歓喜の声をあげそうになる。まばらに見える周囲の海水浴客の目を気にして、どうにか口をつぐんでいた。
 踏みしめるたび、パウダーのごとき砂に素足が埋まる。飛び上がりそうなほど熱い。数十メートル先まで見通せる透明な海水が火照った肌を冷やしてくれた。浅瀬に身を浮かべ、波音に耳を澄ませれば、ここ何ヶ月かの鬱屈が水の中へ溶け消えていくかのようだった。
 気が済むまでシュノーケリングを愉しんだのち、彼は砂浜にあがった。
「こんにちは」
 笑顔で進に声をかけてきたのは、ホイッスルを首から下げた学生風の若い女性監視員だった。顔も手足も褐色に日焼けしていて、うすい唇の間からのぞく歯がやたらと白く映る。
「魚、見えた?」
 進は、まごつきながらうなずいた。
「アウトリーフのところがすっごい綺麗でしょ。いきなり深くなってるところ。珊瑚のまわりに魚がたくさん集まってて」
 監視員の瞳に、手放しで歓迎するような光がみちている。肩まである髪を耳にかけていて、耳ぎわから斜めにおりてくる汗ばんだ首筋が淡く浮き彫りになっていた。
「すごかったです」
 素っ気なく答えながら、内心、気さくに接してくれる監視員に好感をいだいていた。毎日このビーチにいるのだろうか。島外からアルバイトで来ていて、夏休みの間だけこの島で働いているのかもしれない。親しくなりたかった。
「家族の人と来たの?」
 首を振って、ひとりで来たのだとつたえた。
「そうなの? すごいね」
 監視員が意外といった風に眉を引き上げる。
 進は照れ臭くなって、視線を落とした。監視員の黄色いTシャツの裾から、しっとりとした肉付きのいい太腿がのぞいている。目のやり場に困り、意味もなく海の方に顔をむけたりしていた。
「日帰りじゃないよね? もう今日はフェリーないし。どこのゲストハウス」
「ラビットベースってわかりますか。そこに今日から泊まってて」
 自分の声に誇らしげな響きがふくまれているのを自覚しつつ、彼は相手の顔をうかがった。
 その表情から、ついいままであった愛嬌が消えていた。監視員の目には、おびえに近い光さえうかんでいる。
「ラビットベースって……そこ、ちょっと行ったところの?」
 彼が当惑しながらうなずくと、そうなんだ、と落ち着かない様子でつぶやいて監視員は彼のもとをはなれていった。
 なにか釈然としない思いだった。進はその場にたたずみ、持ち場へもどっていく監視員の後ろ姿を未練がましく目で追っていた。
 デイゴの木陰にもどると、すでに陽はかたむいていた。
 ビーチ一帯に金色の光があふれ、砂浜を這うハマゴウの緑が映えている。空腹をおぼえた彼は、脛やふくらはぎに貼りついた砂を払い落とし、帰り支度をはじめた。
 優子によれば、夕食には彼女の夫である信介も顔を出す予定だという。どのような人なのだろう。感じのいい優子の夫なら身構える必要はないはずで、世話になる以上は失礼のないようにしようと彼は思った。
 来た道を引き返し、ベースのゲートにたどり着いて、ポケットに入れてあったメモがないことに気がついた。メモには、歩行者用門扉にかけられた電子錠の暗証番号が記されていた。どこかで落としてしまったらしい。
 門扉の脇にそなえつけられた呼び鈴を押そうとしたとき、
「進さん」
 格子状の門扉のむこうから、六十がらみの小柄な女性が近づいてくる。皺の刻まれた顔に、以前から知っているような馴れ馴れしい笑みをうかべていた。誰だろう。
 進はいぶかしんだまま、曖昧な会釈をした。
「いま開けましょうね。ちょっと待ってくださいね」
 門扉がひらき、女性が進を敷地内へ招じ入れる。
「ご挨拶遅れてしまいました。ここのスタッフの国場フミです」
「はじめまして……村瀬進です。お世話になります」
 深々と低頭する相手につられるように、彼も腰を折った。
「泳いできたの? お腹空いてるんじゃない? 優子さんに、あとのことまかせてきたんだけど、ご飯もうできてますから」
 そう柔和に言って敷地の外へ出ようとしたフミが、ふと思い出したように足を止め、
「ビーチで、誰かとしゃべってませんよね?」
 と、じっと彼を見つめてくる。いぜんとして話しぶりは親しげにもかかわらず、顎のとがった顔に小さくおさまる双眸には警戒の色がにじんでいた。
 思いがけない質問に、彼は言いよどんだ。
 深く考えないままサインした誓約書の文面が思い起こされた。他の人と話すと、どのような不都合があるというのだろうか。先ほどの監視員とのやりとりを素直に口にすれば面倒になるような気がし、誰ともしゃべっていないと首を振った。
「そうね。なら、大丈夫です」
 フミは、乾き気味の唇に満ち足りた笑みをつくると、ふたたび慇懃に頭を下げ、また明日来ると門扉を閉めて集落の方へ歩いていった。
 踵を返す彼の胸の中で、相手の機嫌をそこねなかった一時の安堵と、しだいに重みをましてくる消化不良の疑念とがさかんに入り乱れていた。
 進はシャワー室で汗を流し、小屋で少し休んでから、母屋のドアを開けた。醤油の香ばしい匂いがただよってきて、空腹感が高まってくる。
「進くん? こっち下りてきて手伝って」
 優子の快活な声が吹き抜けのホールにひびきわたる。
 彼は返事をし、階段を下りていった。リビングの窓ガラスのむこうでは、いつか陽が落ち、残光に照らされた岩礁が深い紺色の輪郭をみせていた。
 リビングの奥にそなえつけられたキッチンに、夕食の準備をしている優子の後ろ姿があった。かたわらの十人は座れそうなダイニングテーブルには、フミの手によるものか、人参サラダや豆腐チャンプルーの皿がならべられている。
「今夜は進くんの歓迎会だから、サザエの壺焼きもあるからね」
 進は、箸や取り皿を運んだりしながら、おぼえず優子の言葉に期待を高めていた。
 埼玉の実家で引きこもっていたときは、誰とも顔を合わせる気になれず、両親と食卓をかこむことすら避けていた。空腹とはいえ、こうして誰かと食事するのをなんとも思わないでいるのが、自分でもおかしかった。
 テーブルには、取り皿や箸が三人分ならべられている。順当に考えれば、その三人は、進、優子、それに信介ということになるだろう。だとしたら、九番の小屋に宿泊している少女の分がここに用意されていないことが引っかかった。
「あの、僕の前の部屋にいる女の子は、呼んでこなくても大丈夫ですか」
 進は、包丁で薬味を刻んでいる優子の背中にむかって言った。
「ああ、ナオミちゃんは今日はお部屋で食べるから平気。あの子、すごくシャイだから」
 優子は事務的な口調でそう言い、手元に視線を固定したまま包丁を動かしている。少女が引っ込み思案ということなら、小屋の前で進に見せたあの冷淡な態度もうなずけると彼は思った。
 玄関のドアが開く音がした。
 角煮を皿によそっていた優子が、信介だ、と口の端に微笑をうかべ、
「おかえりなさい」
 と、上階に聞こえるようねぎらいの声を出す。
 進は、壁際の階段へ目をむけた。
 板張りの廊下を踏みしめる低い音のあとで、やや長い髪を無造作に後ろに流した長身の男が階段を下りてきた。
「へーい、来てるね。進くん、いらっしゃい」
 破顔の信介がリビング一杯に陽気な声をひびかせながら、進の方へ歩み寄ってくる。
 日焼けした体躯は引き締まり、Tシャツの上からでもわかるほど筋肉質だった。引き上げた口角まで白い歯をのぞかせ、鼻梁の通った端整な顔にうがたれた大きな目が優しい。いかにも人の良さそうな雰囲気に、進は無自覚のまま、ほとんど心を許す気になっていた。
「よく来たな。よろしく」
 信介が、こちらの肩に片手をそえ、握手を求めてくる。明け透けで、同世代にありがちな飾り気のようなものがない。面映ゆかった。
「……よろしくお願いします」
 遠慮がちに言って、信介の骨ばった手をにぎった。
 じっと進を見つめる相手の目に、乳児が未知のものをながめるような無垢の色がうかんでいる。なにを考えているのだろう。顔は笑っているのに、なにに対して喜んでいるのか不明だった。不安におそわれそうな予感がし、それとなく視線をそらした。
「進くんて、いまいくつになるんだっけ」
 信介が、彼の体を上から下まで値踏みするように視線を往復させている。
「四月で十五になりました」
「え、もう十五なの?」
 信介が進の顔をのぞきこんだまま、目を見開いている。どうして年齢を気にしているのか進にはわからず、信介の困惑した表情に落ち着かなくなった。
「十五じゃん」
 首をひねった信介が冷たい声でとがめると、優子がうろたえ、
「……すみません」
 と、夫婦にしては過剰とも思えるほどかしこまって頭を下げている。
「まぁ、十五でもいっか」
 気を取り直すように信介が彼の肩を軽くたたいた。
 一転して笑声交じりのなごやかな空気が流れる中、テーブルの前に腰掛けた進は、夫妻にうながされるまま料理に箸をのばしていた。
 信介が泡盛を口にしながら、かつて政治家の秘書をしていたころの苦労をおどけるように話すと、それをうけて、優子も東京のテレビ局で経験した失敗を懐かしんでいる。
 二人の華やかで都会的な前歴に意外な感をうけつつも、話題が進の嗜好や興味へうつるようになって、彼はしだいに余裕をうしないはじめていた。どこまで知っているのだろう。もしなにも知らないなら、不登校をしていたことも、不登校の原因も二人には知られたくなかった。
「学校に行かなくなったのって、やっぱ、あれ? いじめとかか」
 あっさりとそう言ったのは、正面の信介だった。
 進が驚いて言葉をうしなっていると、
「顔見ればわかるよ。ここに来る子には、結構多いし」
 と、彼の斜むかいの優子がとりなすように微笑んでいる。
「やったのは先生とかじゃなくて、クラスの奴?」
 信介が低くつぶやきながら、氷だけになった手元の琉球ガラスのグラスに目を落としたりしていた。
「……まぁ」
 進は気丈に言った。一刻も早くこの話題を終わりにしてほしかった。
「何人にやられたんだ」
 彼に顔をもどす信介の目が義憤に駆られたように光っている。
 適当に答えようとしたが、唇が動かなかった。同性愛者のアダルト掲示板に進の画像や動画を投稿していた久保山たちの顔が目に映じ、それを囃し立てる教室中の嘲笑が頭内にひびいていた。
「ひとりや二人じゃないんだろ?」
 進は思わずうつむき、屈したように小さくうなずくことしかできなかった。
 トイレの床の、ざらりとしたタイルの質感が手のひらによみがえってきては、久保山たちに羽交い締めで性器をさらされた際の、モノクロの映像が脳裏にひるがえっている。屈辱感がつのり、彼は発作的に叫びそうになるのをこらえた。
 どうしてあのときもっと抵抗しなかったのだろう。どうしてあのときすぐに、いや、もっと前にやり返しておかなかったのだろう……詮ない悔悟の念が波のように幾度も胸にせまっていた。
「いくらなんでも卑怯だよな。いくらなんでも……それは悔しいよ」
 信介の低声が頭の上に降ってくる。投げやりな言い方にもかかわらず、同情的でいたわりをふくんだ響きだった。
 進は下をむいたまま、首を横に振った。目にあふれ出てくるものがあり、手元の取り皿に残った三枚肉の食べさしがにじんで映っていた。
 斜むかいにいる優子が、そっと肩に手を置いてくれる。
 どれくらいそうしていただろう。長い時間だったような気もするが、三分も経っていないかもしれない。室内には、二人が静かにグラスをかたむける音だけがしていた。
「進、顔あげろ」
 信介にうながされ、頭を起こす。濡れた目をぬぐった。気づけば呼び捨てにされていることに、彼は少しも抵抗をおぼえなかった。
「生きてりゃ、そういうこともある。しゃあない。過ぎたことなんだ、もう忘れろ」
 信介の言葉が胸にしみる。
「大事なのは、過ぎたことをくよくよ悩むんじゃなくて、そのあとをどうするかなんじゃないか。いつまでも逃げつづけたままでいるのか、それとも、自分を変えて前にすすむのか。ここをただの避難小屋にするのも、修練の場とするのもお前の自由なんだよ。進はどうしたい。どっちだっていい、自分で決めろ」
 意見を乞うように進は信介と優子の顔を見たが、どちらの目にも突き放したような光がきざしている。
「どうする。逃げるか」
 信介が、わざとらしく冗談めかして言った。
 進は口をつぐんだまま、しっかりと首を横に振った。なにかを変えなければいけないのは自分でも薄々わかっていた。
「よし。いいぞ、進」
 信介がさっぱりとした調子で言うと、テーブル越しにふたたび握手を求めてきた。彼は、力強く握り返してくる信介にたのもしさを感じていた。
 その様子を見守っていた優子が口をひらいた。
「進くん、スマホいまあるよね。預からせてもらっていい?」
「スマホですか」
 どうして預かってもらう必要があるのかわからなかった。
「まだ規則読んでなかったかな。誓約書にも書いてあったと思うんだけど、ここに滞在してる間は通信機器類をぜんぶ預からせてもらう決まりになってるの」
 優子から説明を受けても、なかなかその気になれない。
 ハーフパンツのサイドポケットに入れている端末が意識される。中学入学前に親に買い与えられて以来、彼は肌身離さず持ち歩いていた。誰かと連絡をとっているわけではないものの、スマートフォンを介して外の世界とつながっていないと不安だった。
「進、家にいるときどれくらいスマホ見てた?」
 口をひらいたのは、信介だった。
 どれくらいだろう。引きこもっていたころは、寝ている間をのぞいて、ほぼ一日中スマートフォンやタブレット端末をいじっていた気がする。トイレの中でも、湯船に浸かっているときも、食事をしているときでさえも画面をながめていた気がする。
「それでなんか自分に変化があったか。そこにどれほどの意味があった?」
 進はなにも答えられず、信介の顔を見つめていた。
「わかるだろ。ないんだよ。スマホのむこうにはなんにも。それを手放すとこから、まずははじめなきゃいけないんだ」
 進はうなだれるようにうなずき、ポケットから出したスマートフォンを優子へ手渡した。

(つづきは書籍でお楽しみください)

  

 いかがでしたか? すでに不穏な空気が漂ってきているのを感じられることと思います。

 書籍の巻末には、その創作過程の凄まじさがうかがえる「あとがき」も収録されています。

 著者が綴った新刊エッセイでは、最初は「爽やかな青春小説」となるはずだった今作の創作秘話も。↓

 ぜひ、1冊を味わいつくしていただければと思います。

 お読みくださりありがとうございました。

 


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