墜落〈ショートショート〉
1人乗りの小さな飛行機が煙をあげながら島へ降りていく.
轟音とともに砂浜に滑り降りた機体から男が飛び出ると,すぐに機体は黒い炎に包まれた.
「ゴホゴホ,死ぬところだった」
「整備不良かもしれぬ,整備士めクビにしてやるからな」
男は操縦の経験は豊富であった.
世界中を飛び回ることが趣味なだけあり,腕はたしかだった.
だが整備はいつも,安く雇ったどこの国の生まれともわからない男に任せきり.
機体の安全確認など考えたこともなかった.
政治家という身分の男は,そんな面倒なことはしないのだ.
「大丈夫ですか.怪我はありません?」
「死ぬところだったよ」
砂浜で立ち尽くす男に話しかけてきたのは,1人の女だった.慣れた様子で着物を着こなしている.
「今日はうちに泊まってください」
「すまないな」
「どうぞ,あちらにお乗りになって」
女が指差す方向には,時代劇で見たような駕籠が2つと,体格の良い担ぎ手たち.
男と女がべつべつに乗り込むと,持ち上げられた駕籠は老人の散歩のような速さで進みはじめた.
はじめて乗る駕籠の揺れに感動しながら,男は女に問いかけた.
「驚いた.こんなことははじめてだ.君はこの島の村長,女王様と言ったところだろう」
「ええ,先祖代々」
「しかし,地図ではこの島は無人島だと」
「ええ.もう長い間,隠れ忍んで島の中で自給自足の生活をしております」
「どうしてそんな不便なことを」
「戦争禍での徴兵から島の若者を守るために,無人島を装ったと,祖父から聞きました」
「なるほど…私も実は政治家でしてね.このお礼はしっかりとさせていただきますよ」
「いえいえ」
女は素気なく言葉を返した.
しばらくすると駕籠が傾き,男は斜面を登っていることに気がついた.
「山の上に家があるんですか」
「ええ.近くに滝があって,夏は涼しいのです」
窓がないから駕籠の外は見えないが,たしかに水の音が遠くから聞こえてくる.
「素敵な家だ.だが山の上とは不便な」
「不便や面倒事の中で,生きる上での重要な素養が育まれると,この島では皆が考えています」
「さっぱりわかりませんな.面倒事は人に任せるに限る」
男は女の説教のような態度と言葉に,乾いた笑いと一緒にそう返した.
男の気まずい沈黙が続く.
「この島の外に興味を持つ人も居るでしょうに」
と男.
「そうなんです…」
女からそれ以上の言葉は返ってこない.
さっきの会話に気を悪くしたのだろうか.
気が付けば滝の音が大きくなっていた.
そして駕籠はゆっくりと停まった.
「おや,着きましたかね」
その瞬間,駕籠が急に持ち上がる.
直後,駕籠の中の男は浮遊感を感じた.
「そう.だから外の世界の情報をもたらすあなたのような人間が1番困りますので…」
駕籠から降りた女は,滝壺に呑まれていく駕籠と男を眺めて,そうポツリと呟いた.
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