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So many men, so many minds〈ショートショート〉

鏡を見ると,見慣れない二枚目の顔がこちらを見ている.
そう.おれは生活費を切り詰めて貯めた大金で,顔面を美容整形したのだ.

こう言うと驚かれるだろうが,元の顔にコンプレックスがあったわけでは無い.

ただ,おれの惚れた女が悪かった.
月並みな表現だが,絶世の美女と言ってもいい.
なにせ,カフェで働くその女を一目見ようと,行列ができるほどだ.
だからその女と釣り合ういい男になるため,こうするしか無かったというわけだ.

「親に貰った顔を大切にしなさい」なんて説教を垂れる奴もいたが,相手にはしなかった.
今どき街を歩けば,整形外科の広告を見ない日はない.
テレビドラマだって,主役はいつも容姿に優れた人間ではないか.おれは脇役に興味などない.

男はデパートで買った格好の良いコートに袖を通すと,街へ歩き出した.
整形を行った病院で,定期的な検査を受ける必要があるのだ.

病院の待合室のドアを開けると,1人の女が座っていた.
顔を見ると,なにか違和感のある感覚がする.
さしずめ,おれと同じ境遇だろう.
整形した顔はどこか作り物のような雰囲気が漂うのだ.これは仕方ない.

しかし男は少しの醜い優越感に包まれた.
この女,美しく生まれ変わったおれとはまったく釣り合わない,至って普通の容姿だ.
整形してこの顔では,元の顔はそうとう醜かったと見える.

男は同情するような気持ちで声を掛けた.
「整形.納得いく仕上がりでしたか」

存外,女は自然な笑顔で話し始める.
「ワタシ,目立つの苦手でね.人の視線も写真を撮られるのも嫌になっちゃったの.友達には止められたけど,親は許してくれたわ」

そんなものだろうか,と不思議に思う男.

女は続けて言う.
「これワタシの昔の顔よ.自分で言うのもなんだけど,結構綺麗でしょう」
そして女に差し出された写真の中では,おれが惚れた,もう存在しない絶世の美女が笑っていた.

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