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安寧〈ショートショート〉

「今年度の人口は100億人を突破すると予想され…」
テレビの中の綺麗な女アナウンサーは暗い顔,真面目な声で喋り続けている.

どうやら,地球の人口は文明を維持するには増え過ぎてしまったらしい.
もはやとっくに適正だと思われる人口は超えてしまった.
ジャングル,砂漠を開拓したり,海を埋め立てて人が住むことのできる土地を作るスピードより,子どもが産まれるスピードの方が速いのだ.
食糧問題に紛争…
各地で問題が発生し,各国の政府はその処理に追われていた.


そんなある日のことだった.
空を覆い隠すほどの,大きなスペースシップが突然あらわれ,街の大きな公園に降りてきた.
大きな銀色の扉が少しずつ開いていく.
そして中から出てきたのは、3階建てのビルくらいありそうな巨人だった.

当然世界中の軍隊が動き出し,報道陣が集まるより早く,公園の上空は戦闘機で埋め尽くされた.

だが,安易に攻撃はできなかった.
なにせ,自分たちよりも高い技術力を持っていることは確かなのだ.
返り討ちにされることも考えなければならない.

テレビにもその様子は映し出され,街がパニックに陥るなか,各国の代表から対策部隊が組まれ交渉が始まった.

「なぜ地球に来られたのでしょうか」
恐る恐る拡声器で問いかけてみると,案外巨人は優しそうに応えてくれた.

「うーん、人助けだよ人助け」
頭上から大きな声が響き渡る.
その目的が侵略では無かったことに,地球上のこの時ばかりは,皆がそろえて安堵した.

「君たち、明らかに一つの種族で増えすぎだ」

そう言われると反論のしようもない.
まさか宇宙人に初めに言われることが説教だと,誰が想像できただろうか.
たしかに近年は,環境を破壊しつくした代償からか,謎の伝染病も流行の兆しを見せている.
その後しばらく説教は続き,最後にこう言った.

「僕たちの星は退屈するほど広くてね.よければうちに移住しないか?」

今の状況を考えれば魅力的な申し出ではあるが,向こうの星で巨人のおやつになりかねない.
むしろ多少おやつになった方が地球のためだ,と考える研究者もいた.

人類はひとまず重い犯罪を犯した囚人を巨人の星に送り込み,その様子をカメラで中継してもらうことにした.


数か月後,遂に中継の日がきた.
人類はみなテレビに釘付けになった.

囚人の一人がビデオに向かって嬉しそうに話している.
「いやあ,いい場所ですよここは.好きな時に好きなだけゲームをして,本を読んで,体を動かす.食事も決して最高とは言えないが,健康的なメニューで最近は体の調子もいいんですよ」

囚人の肌は,たしかに健康そうな色をしていた.
表情を見ても,あの巨人たちに脅されているとも思えなかった.

「ただね,毎日1時間散歩に連れて行かれるんですよ.逃げたりするわけないのに腰にひもを着けられてね.一体なんのつもりなんでしょうかねえ…」

上から注がれる巨人の妙に優しい視線に困惑しながら,囚人は不思議そうにつぶやいた.


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