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ココロノコリ 1-5


 自分の下半身の不可解な反応はともかく、こんなに困惑しているかわいそうな生き物をなんとかしてやらなければ、それよりも何よりも、先に水をかけた件について謝らなければ、とは、思った。
(いや、だけど)
 今もし川村が顔を上げて、雄大の身体的な異変に気づいたら、どうにも気まずい。軽く混乱していると、誰かが遠くから呼ぶ声がした。
「ユーダイ! 水やり!?」
 グラウンドでサッカーをしていた連中が戻ってきたのだと分かる。それに気づいた川村が発する、ほんのわずかな、狼狽の気配。
 ドクン、ドクン──と。
 濡れた川村のシルエットが視界に入るたびに、雄大の内側で血が騒ぐ。信じられない細さとはいえ、同性の身体に高揚する自分に、苛立ちと、恐怖に近いものさえ感じた。
(──くそ)
 衝動的に、雄大はもう一度ホースの先を川村に向けた。
「伊東くん……?」
 川村に、おそるおそるそう呼ばれて、少し驚いた。雄大自身はそのときはまだ、自分がホースでざばざばと水をかけている相手の名前すら、はっきりとは知らなかった。
「うわ、何やってんの、ユーダイ?」
「川村、びしょ濡れでしょ!」
 後ろから、クラスメイトの声がかかる。半ばは笑って、半ばはヒいている。
 動いていなければ、何か言わなければ、自分の欲情を人に知られてしまうような気がした。濡れた川村を見て勃起したなんて、知られるのは困る。当の川村には、特に。
「お前さぁ!」
 ザァザァと、逃げもしない相手の頭上に雨を降らせながら、自分をこんな、抜き差しならない状況に落とし込んだ川村に、半ば本気で腹が立ってきた。
「なんで胸隠すわけ? バカじゃねぇの?」
 二人の近くまで来ていた同級生たちが、ゲラゲラ笑った。雄大の発言を、罪のない冗談ととらえた健全な笑いの中にまぎれて、ほんの幾筋か、悪意の欠片が流れて落ちた。
「マジで? 川村ちゃん、濡れちゃって恥ずかしいのォ?」
「透けたら困ンのかよ。ブラでもしてんじゃねぇの」
 しだいに、わずかずつ、イーストのように。子供らしい下世話な残酷さが、欠片だった悪意を、膨らませ、増長させた。
「ユーダイ、背中濡らせよ! ブラ線透けるか確認しようぜ!」
 誰が言ったのかも分からない言葉のままに、川村の薄い背に水をかけたとき、雄大は何かを間違えたのに気づいた。シャツの最初のボタンを掛け違えたときの、ほんのわずかな違和感のように。今かけ直せば、一つで済む。けれどこのまま先に進めば──いずれ裾に近づくほどに、どんどん布地は歪んで、たわんでゆく。
 文字通り、降って湧いた災難の中で、撃たれる前の小鹿のように、川村若葉は立ち尽くしていた。雄大がふりまわすホースの水を、とうとう一度も、よけようとしないまま。

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