死んだら負けだ、粘っていこう

こどもの頃(昭和)は冬休みになると親族が集まり杵と臼による餅つきと大掃除が毎年の恒例行事となっていた。

バブル期(平成)の記憶もとぎれとぎれに点滅し始めたころにはそれまでづっと働いてくれた杵と臼はくたびれてしまい親族で割り勘して購入した電気餅つき機が導入された。

それから数年後、家族は離散してしまう。

もう「おいしい。」と言った唯一信じられる言葉も聞くことは無い。

祖父母と暮らしたぼろ家の物置には今も使われなくなって久しい電気餅つき機が空っぽのまま埃をかぶっている。

すこし癖がある機械だったようだがコンセントをさせばまだ動くかもしれない。だが、あのぼろ家にはもう取説を見ないでも間違いなく扱えた家族はいない。

「そんなことは言った記憶がない。」喉に餅を詰まらせる年齢になった奴らの口癖になった。

餅つきを忘れた連中は噓つきになったのだ。

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