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【おしえて!キャプテン】#37『アメリカの「今」を描くコミック……フェイクニュースと環境問題編』

スーパーマンことカル゠エルの息子であるジョン・ケントが、気候変動やフェイクニュースなどに立ち向かう姿を描いた作品、『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・ライジング』が絶賛発売中です。

本書のように、近年のコミックでは、様々な社会情勢を反映したストーリーが描かれることが多く、その時代背景を理解することは特にアメコミを読むうえでは欠かせません。そこで今回のnoteでは、ライター・翻訳者の吉川 悠さんに、アメコミで描かれる環境問題や社会問題について、詳しく解説していただきました!

『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・ライジング』
トム・テイラー[作] シアン・トーミー他[画] 吉川 悠[訳]

連載コラム37回目です。今月は『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・ライジング』が2/22に発売されました。フェイクニュースや環境問題といった「力では倒せない敵」に対して、大きすぎる使命を背負ってしまった新スーパーマンことジョン・ケントがどう立ち向かっていくか……という物語です。

それにあわせて、今回は「フェイクニュースや環境問題を最近のコミックではどう扱っているか?」というお題で、それぞれ1冊ずつ紹介しようと思います。

溢れ出るアメリカの闇、『デパートメント・オブ・トゥルース』

まず取り上げるのはこの『デパートメント・オブ・トゥルース』。ライターのジェームズ・タイノンⅣは、邦訳版が刊行されている『バットマン』シリーズの脚本も担当しています。同書は彼がイメージコミックスから出版しているオリジナル作品です。

『The Department of Truth Volume 1: The End Of The World (1) 』
James Tynion IV[著] Martin Simmonds [画]

主人公は、白人至上主義者や陰謀論者について研究しているFBI捜査官コール・ターナー。彼は調査の一環で、地球平面説(*1)を語り合うカンファレンスに参加することになります。そこで彼が見せられたのは、アポロ11号の月面着陸を別アングルから撮影した映像でした。その中には、なんと宇宙服を着ずに “撮影” の様子を眺めている男性が映っていたのです。

月面着陸が捏造であるという “証拠動画” と、それを見て熱狂する参加者たちを目の当たりにした彼は吐き気を催しますが、今度はカンファレンスの主催者である大富豪の兄弟が彼に接触します。コールはプライベートジェットで “世界の果て” へと連れていかれ、さらに我が目を疑うものを見ることになります。それは海が流れ落ちないようにせき止めている氷の壁、つまり「世界が平面である証拠」でした。

そこへ、突如現れた “黒スーツ” の女性に、ターナー以外の全員が殺害されます。女性は彼を拉致してアメリカに連れ戻し、アメリカ議会図書館の地下へと連れていくのでした。そこで彼が出会ったのはやはり “黒スーツ” に身を包んだ謎の老人。彼がターナーに語ったのは、陰謀論を信じる人々が増えれば増えるほど現実が変化していき、その陰謀論が「真実」となっていくという、この世界の秘密でした。老人によって見込みがありと判断されたターナーは、“黒スーツ” の組織のために働くことになります。

「だけど、あんたたちは一体何者なんだ?」ターナーの問いに老人は答えます。
「俺の名前はリー・ハーヴェイ・オズワルド(*2)。アメリカ合衆国真実省へようこそ」


*1―地球平面説:「地球は球体ではなく、平面である」と主張する説。
(Wikipedia)

*2―リー・ハーヴェイ・オズワルド:ケネディ大統領暗殺実行犯。本人も暗殺されたため、未だに様々な陰謀論の焦点となる人物。
(Wikipedia)

第一章についてここまで説明しただけでも、かなりゾッとする筋書きだと思います。マーティン・シモンズによる表現主義的なアートが恐ろしさに拍車をかける、非常に刺激的なスタートでした。

以降、コールは “真実省” のエージェントとして様々な事件に関わるのですが、80年代の悪魔崇拝パニックに関わっていた彼自身の過去、“真実省” に対抗する組織ブラックハット、赤いドレスを着た不吉な女、“真実省” 自体が“政府が送り込む黒スーツの工作員”という陰謀論の存在という気づき……様々な要素が絡み合い、コールは虚々実々の世界に入り込んでいくことになります。

現実を蝕む陰謀論

個人的に戦慄した話は第3章、小学校での銃乱射事件により子供を失った母親の話でした。

悲しみにくれる母親は、ある動画を目にします。それは「乱射事件自体が、銃規制を推進しようとする左翼の陰謀なのだ」と主張する内容でした。バカげたデマカセだと彼女は思いますが、そこから彼女の世界は崩壊していきます。

陰謀論者たちは、「乱射事件は狂言であり、被害者の遺族は演技をして真実を隠している」という主張を始めたのです。オンラインフォーラムに集うインターネット戦士たちによって、彼女は狂言に加担したニセ被害者であると糾弾された挙句、メールアドレスや住所といった個人情報も暴露され、日常生活は地獄へと変わっていきました。

それでもフォーラムから目が離せない彼女は、気になる主張を見つけます。乱射事件で死んだ彼女の子供は子役俳優であり、そして彼女自身も、通っていた覚えすらない演技教室で目撃されたという情報です。さらに彼女の本当の子供は生きていると……そしてついに、自分と子役が演技の練習をしている様子を映した、存在するはずがない証拠動画が彼女の元に届きます。
本当は、息子が殺された事件は狂言で、自分はその陰謀に加担していたのではないか? 自分の子供は、実はどこかで生きているのではないか……? 彼女にとって現実と陰謀の境目は、だんだんと曖昧になっていきます。

陰謀論の犠牲者が壊れていき、そして陰謀論に取り込まれていくという恐ろしいエピソードでした。

しかも、このエピソードには現実の元ネタがあります。2012年に起きたサンディフック小学校銃乱射事件がそれに該当します。これはアメリカ史上最悪の乱射事件の一つですが、事件そのものが陰謀であると主張し続けたラジオ司会者/Youtuberのアレックス・ジョーンズにそっくりの人物も作中に登場します(2022年になって、ジョーンズはこの件に関しての名誉毀損訴訟で敗北しました)。

「信じる人が多ければフィクションが現実になる」という基本設定自体は、目新しいものではありません。現代に神々や妖怪が現われる作品には、そうした設定がしばしば見受けられます。ただ、そのような作品は「フィクションのはずのキャラクターが実体となって現われる」というパターンが多く、そしてキャラクターとして登場するなら相手と戦って倒したり、あるいは話し合ったり…といった解決策があると感じられるようになります。これが、信じていた真実が変わってしまうという展開になると雰囲気が違ってきますし、フェイクニュースや陰謀論、そして「もう一つの事実(オルタナティブ・ファクツ)」を根拠に人が殺されたり、議事堂が占拠されたり、NGOの活動が妨害されたりする現実世界においては、生々しい恐怖でしかありません。

実在の事件や陰謀論を取り扱うこの作品、かなりギリギリどころかアウトコースを攻めていますし、SNSで話題にすると……そのリアクション欄に怪しい人たちが現われるので、あまり余り話題にしていませんでした。しかし本作は、筆者が強くオススメするポリティカル・スリラー兼ホラーコミックです!

母なる自然は優しくない!『ポイズンアイビー』

アメリカにおける環境問題への関心は高く、山火事や水質汚染といった事件が続いたせいか、コミックでも頻繁に取り扱われるテーマになっています。
今回はそれらの作品のなかから、2022年創刊の『ポイズンアイビー』誌を紹介します。4月に日本語版が刊行される『バットマン:フィアー・ステイト』が終了したあとの展開を受けて始まった、ポイズンアイビー(パメラ・アイズリー)のソロタイトルです。

本作は非常に評価が高く、当初は6号完結の予定だったのが6号分の延長が決まり、さらにその後はレギュラーで刊行されるシリーズに変更になったという経緯から、予期せぬヒット作であることが伺えます。

『Poison Ivy Vol. 1: The Virtuous Cycle』
G. Willow Wilson[著] Marcio Takara[画]

『バットマン:フィアー・ステイト』ののち、アイビーは強大なパワーを失い、さらに自分に死期が迫っていることを悟ります。そこで彼女は最後の使命を果たすための旅に出るのですが、その使命とは、“人類を滅亡させること”でした。

今まで植物を操っていたアイビーですが、今回はオフィオコルディケプス・ラミアという菌類と融合して、粘菌・胞子・キノコの世界を中心に操るようになります。そして人類滅亡胞子を拡散させるため、彼女は人間社会の中に潜り込んで、人類を滅ぼすべく活動を始めるのでした。
しかし彼女には一つ気がかりなことがありました。それはゴッサムに残してきた恋人ハーレイ・クインのこと。

さらに、彼女を追う謎の影が現れます。その黒幕は、かつて彼女を人外の存在に変えたジェイソン・ウッドルー教授、またの名をフロロリックマン、あるいはグリーンマンでした。

多面的なポイズンアイビーの魅力

本作のまず興味深い点は、まずバットマン側の作劇上の都合に合わせて頻繁に性格が変わってきた、ポイズンアイビーというキャラクターの内面を描いていることです。今回のアイビーは科学者としての側面が強調されています。なので科学者らしく、環境に気を配っているはずの商品が逆に環境を破壊している例を挙げて、なぜ人類は滅びるべきなのかを淡々と説明してくれます。

もう一つ重要なのは、人類を滅ぼすために旅に出ているはずのアイビーがその過程で出会う人々と交流したり、人助けをしたりするところです(しかも、そのために本当に極悪なことをします)。
アイビーは個々の人間を憎んでいるのではなく、総体としての文明を敵視しているという点が、彼女の存在感に厚みと複雑さを与え、ヴィランのコミックとして見事に成立させているところが本作の魅力でしょう。

その他にも、人類滅亡胞子を国中に届けるため「従業員はトイレにも行けない、超巨大通販会社の物流倉庫」で働き始めたり、2巻では「MCUの有名女優そっくりの人物が経営する、似非科学に基づく健康商品販売会社」の事件に巻き込まれたり、現代の資本主義そのものとアイビーは戦っていきます(ただし、引き続き極悪なことをします)。

それだけではありません。才能ある大学院生パメラ・アイズリーを人体実験でポイズンアイビーへと変えたウッドルー教授との戦いは、アイビーのトラウマに踏み込んでいきます。ここで語られるテーマは「女性の肉体についての主体性」についての話です。

制作陣による巧みな表現

ここまで書くと社会派の難しいコミックのように思えるかもしれませんが、自分も胞子に侵されて幻覚を見始めたアイビーは、なんと自分にしか見えない「脳内バットマン」との会話を始めたりします。この脳内バットマンは、アイビーの戦う意思や正常な判断力を象徴する存在でありながら「バットマンはそんなこと言わない!」みたいなことばかり言うのです。こうしたユーモアを忘れない姿勢が、作品にほどよい軽さを与えています。

さらに、もっとも大事なのは、この話は本質的にラブストーリーであるということ。語り口自体が、アイビーがハーレイに対して旅先から書く手紙の形式を取っており、アイビーが成長してハーレイへの愛を再確認するという話になっています(繰り返しになりますが、その過程で極悪なことをするのは変わらないのですが……)。

担当ライターは『Ms.マーベル』シリーズでその名を知らしめたG・ウィロー・ウィルソンで、彼女によるアイビーというキャラクターの解釈は、非常に現代的なものであると感じました。彼女は、いつ打ち切りになるかわからない月刊コミックの世界を経験してきたため「(ライターは)常に2話かけて話を終わらせるという心構えでいるべき。それがこうして延長されたのは本当に嬉しい驚きでした」とインタビューで語っています。

ビジュアル面では、メインアーティストのマルシオ・タカラのアートが実に色鮮やかで美しく、かつ気持ちが悪い。雑木林の木に張っているホコリのような粘菌、毒々しい色のキノコ、アリを生きたまま “ゾンビ” に変える菌類(検索はおすすめしません!)……ここで描かれるのは、自然の片隅に潜む、気持ち悪く、人間の都合など気にしない危険な生物の世界なのです。またキャラクターデザインも、セクシーなのに性的(セクシャル)ではない作業ツナギ姿のアイビーや、彼女の “粘菌の女王” としての姿は、ポイズンアイビー史上でも非常に優れたアイコニックなものになっています。

環境テロリストというアイビーの側面を本気で掘り下げた、評判に違わぬ傑作シリーズでした。

フェイクニュースに環境問題、どちらもアメリカでの関心が高い話題です。今後も多くのコミックがこれらを取り扱っていくことでしょうが、まずは近年の目立った作品から紹介しました! 色々と解説させていただきましたが、絶賛発売中の『スーパーマン:サン・オブ・カル゠エル/ザ・ライジング』も、主人公のジョン・ケントがアメリカの現代社会が抱える問題に立ち向かい、活躍しております! 興味のある方は、ぜひ手に取ってみてくださいね。

◆筆者プロフィール
吉川 悠

翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『スーパーマン:サン・オブ・カル=エル』『アベンジャーズ:チルドレンズ・クルセイド』『キング・イン・ブラック』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。

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