見出し画像

ヒーローの歴史を変えた唯一無二の存在ヴェノムを徹底解説!

一人のヒーローに焦点をあてた、ベスト・オブ・シリーズの最新刊『ベスト・オブ・ヴェノム』が、6月20日に発売になります。今回は、ヒーローの歴史を変えたもう一人のスパイダーマン“ヴェノム”が主人公です! 
一体ヴェノムとは何者なのか? ヴィランの立ち位置を超え、恐ろしい見た目ながらもどこか親しみを感じてしまうのはなぜか……。
今回は、11月に公開予定の最新映画『ヴェノム:ザ・ラスト・ダンス』の公開に先駆けて発売される『ベスト・オブ・ヴェノム』の刊行を記念して、翻訳と構成を担当した石川裕人さんに誕生秘話から、スパイダーマンとの関係性、ダークヒーローとして圧倒的人気を誇り続けるヴェノムの魅力をたっぷりと紹介していただきます!

『ベスト・オブ・ヴェノム』
デイビッド・ミシェリーニ 他[作]トッド・マクファーレン 他 [画]石川裕人[訳]
B5判変・並製・136頁・本文4C 2,970円(10%税込)

文:石川裕人

ヴェノム、その稀有なる存在

かつてマーベル・コミックスはライセンシーに向け、「総キャラクター数は〇千人」を売り文句にしていた。自分がマーベルの極東支社で働いていた1993年頃は5千人だったと記憶しているが、要は「マーベルと契約すれば、5千人のキャラクターが使い放題ですよ」とアピールしていたのだ。
とはいえ、MCUのはるか以前の当時では、日本で一般的な知名度があるのはスパイダーマンハルク程度であり(某有名歌手が離婚した際に、[怒った奥さんは"超人ハルク"のように人が変わってしまい~」と評していた)、しかも、その3分の2はスーパーヴィランだったのである。ヒーローと様々なヴィランとの戦いが見どころのヒーローコミックスでは当然ではあるのだが、ヒーローとヴィランの総数には圧倒的な差が存在するのだ。

マーベル:AUGUST 1961
今やキャラクターの宝庫であるマーベルユニバースも、1961年の創設当時はこの程度。いわゆるスーパーヒーローはファンタスティック・フォーのみで、他はSFアンソロジー、西部劇、少女向けコミックスの主人公が大半を占めていた。

しかも、そのヴィランの世界にも"階層"があり、ある程度の知名度を獲得した古参ヴィランともなると、登場回数が増える分、名作が生まれる確率も増え、さらに登場機会が増えていくという好循環に恵まれる(『スパイダーマン:クレイヴンズ・ラスト・ハント』で逆転ホームランをかっ飛したクレイブンや、『サンダーボルツ』で人間的な魅力を引き出されたビートルなどがその好例だろう)。同期との熾烈な競争をくぐり抜けても、ベテラン勢の高い壁がそそり立つ。新人ヴィランにはあまりに過酷過ぎるこの世界だが、たった1回の登場でトップヴィランの地位を手に入れた例がある。『ベスト・オブ・ヴェノム』の主人公ヴェノムだ。

新進気鋭の新人ヴェノム登場

マーベル・コミックスの顔とも言うべき『アメイジング・スパイダーマン誌の記念すべき#300(5/1988)で、ヴェノムはデビューした。
ヴェノムの"前身"であるブラックコスチュームことシンビオートは1984年の初登場以来(『ベスト・オブ・スパイダーマンⅡ』参照)、スパイダーマンを脅かし続けてはいたものの、その目的はスパイダーマンとの再融合であり、あくまでもスパイダーマンとシンビオートの間の問題という印象が強かった。そして、そのシンビオートも『ウェブ・オブ・スパイダーマン#1(4/1985)で死滅し、物語には終止符が打たれたとの印象だったのである。

それから約3年、ブラックコスチュームがすっかり馴染んだ頃(シンビオートと分離して以降のブラックコスチュームは、元カノのブラックキャットのお手製)、ほぼ何の前触れもなくヴェノムは登場した。厳密には、数回、手先や影などが意味ありげに登場しており、前号となる#299(4/1988)のラストで姿を露わにしてはいるのだが、ヴェノムの名称、シンビオートとの融合、スパイダーマンとの因縁などは、全て#300の中で説明された。
少々、詰め込み過ぎのきらいはあるものの、現れてから20ページほどで、スパイダーマンをも凌ぐ強敵との印象を与えているわけで、新人ヴィランのデビューとしては大成功だったと言えるだろう。

『アメイジング・スパイダーマン』#316(6/1989)
デビュー作を担当しただけに、ヴェノム=トッド・マクファーレンの印象が強いものの、実際には2編のストーリーしか関わっておらず、カバーでヴェノムをはっきりと描いたのは、この『アメイジング・スパイダーマン』#316(6/1989)のみ。

一方、ヴェノムがデビューした1988年と言えば、アメリカンコミックス全体が改革の只中にある時代だった。
X-MEN』『デアデビル』といった従来のヒーローコミックスの枠を超えた作品群の台頭に、『バットマン:ダークナイト・リターンズ』『ウォッチメン』などの歴史的名作が相次いで誕生し、業界全体がターゲットを成人層にシフトしつつあったのだ。ヒーロー、ヴィランを問わず、キャラクターには多面的な魅力が求められるようになり、ウルヴァリンパニッシャーといった正邪両面を併せ持つアンチヒーローが人気を博し、大ベテランのバットマンも闇に生きるダークヒーローへと姿を変えた。

そんな時代に誕生しただけに、ヴェノムのキャラクターは意外性に満ちている。外見は大柄になったブラックスパイダーマンといった印象で、"中の人"のエディ・ブロックも典型的なマッチョマンなのだが、ブロックの元の職業は新聞記者であり、スパイダーマンがきっかけで職も社会的信用もなくしてしまったために、彼を恨んでいるというのだ。さらに、宗教が身近なだけにその扱いに慎重なヒーローコミックスには珍しく、教義に篤いカトリック教徒であることを明言しており、どんなに絶望しても、大罪である自死だけは選べなかったと告白してみせる(それでも復讐のためには、無関係な第三者を手に欠けるのだが…)。このように、禍々しい外見とは相反する複雑な人間性がヴェノムには与えられたのである。

『パニッシャー』Vol.1 #1(1/1985)
1973年のデビュー時は、自分勝手な正義を振りかざす戦闘狂のイメージだったパニッシャーも、1980年代半ばには、悪を徹底的に断じる"理想"のアンチヒーローに。それだけ現実社会の荒廃が進んだ証かもれないが…。

と、ここまで長々とヴェノム誕生の背景を説明してきたが、ヴェノムがたった一度の登場でトップの仲間入りを果たせたのは、なんと言ってもそのデザインの魅力だろう。乱暴な言い方をすれば、「ブラックスパイダーマンをマッチョにして無数の牙を生やしただけ」とも言えるのだが、ひと目で「コイツは悪くて強い」と感じさせるインパクトがある。
いかに秀逸なキャラクター設定であろうとも、読者の目に最初に触れるのはまずデザインであり、その点でヴェノムは、誌面に登場した時点で"勝利"していたと言えるだろう。
ヴェノムのデザインを担当したトッド・マクファーレンが、ヴェノムの後に手掛けたのが、日本でも大ブームを巻き起こした「スポーン」であり、ブームの際にヴェノムとスポーンは"激ヤバ"なフィギュアの代表格として人気を競い合った(コレクターの多くはヴェノムとスポーンのデザイナーが同一人物だとは知らなかっただろうが)。

フィギュアと言えば、ヴェノムのフィギュア化の速さも異例だった。1990年にトイビズ社がマーベルキャラクターのアクションフィギュア化を開始した際、第1弾のラインナップは、スパイダーマン、キャプテン・アメリカ、ドクター・ドゥームなど、マーベルの定番キャラクターばかりだった(シルバーサーファーがやや異例だったとはいえ、塗装の手間が少ない点を買われたのかもしれない)。
そして翌1991年、当時、大人気だったX-MENと共に発売された第2弾に、デビューから2年あまりのヴェノムが抜擢されたのだ。開発が始まった時期を考えると、ヴェノムはまだ3編のストーリーに登場した程度で、フィギュアの主な購買層である子供達への浸透度はゼロに等しかったと思われる。それでも敢えてラインナップに組み込んだのは、ひと目でわかるデザインの訴求力を見込んでのことだったのだろう(実際、ヴェノムの人気は高く、トーキング・フィギュアはすぐに売り切れてしまうため、台詞の過激さから自主回収されたとの噂が飛び交った)。

1991年にトイビズから発売されたヴェノムのアクションフィギュア第1号。スライムが付属し、胸の穴から吹き出す仕掛け。この頃のトイビズのクォリティは決して褒められたものではなかったが(たとえばソーは、経費削減のためかケープがついていない)、ヴェノムはなかなか。

以上のように、ヴェノムは前代未聞の出世街道を驀進してきたのだが、本書では、その転機となったエピソードを中心に選出を行った。


『ベスト・オブ・ヴェノム』収録作品


『アメイジング・スパイダーマン』Vol.1  #300(5/1988)

ヴェノムの実質的なデビュー作にして、オリジンエピソード。二人のブラックスパイダーマンが争う様は、ヒーロー物の定番である"ニセ〇〇"的でもあり、いやが上にも盛り上がる(日本の特撮番組では、着ぐるみの流用が効くためか人気のパターンだが、絵を描けば済むヒーローコミックスではさほど見かけない)。
ヴェノムの誕生には、スパイダーマン史上に残る問題作「デス・オブ・ジーン・デウォルフ」事件が密接に絡んでいるとされているものの、完全な"後付け設定"で、あまりのもっともらしさについ信じてしまいそうになる。

デビュー当時はまだヴェノムの禍々しさも抑えめなため、牙さえ除けば、大きなスパイダーマン対小さなスパイダーマンのイメージ。ヴェノムとは関係ないが、ピーターはメリー・ジェーンと結婚して間もないので、いつにも増してイチャイチャ。


『マーベル・コミックス・プレゼンツ』Vol.1 #117122(12/1992-2/1993)

 鮮烈なデビューを飾ったものの、当時のスパイダーマンは新雑誌の創刊などスケジュールが立て込んでおり、すぐにヴェノム再登場とは行かなかった。また、「脱獄→スパイダーマンと対決→投獄」というパターンができつつあり、ヴィランとしての存在感も、自身の分身であるカーネイジに奪われつつあった。そんな中、ヴェノムの"ヤバい"デザインをとことん追求したのが、本シリーズである。ニール・ゲイマンの話題作『サンドマン』で頭角を表し、大胆さと緻密さが同居する独特のスタイルで注目を集めつつあったサム・キースがアートを担当。直後に発表した代表作『マックス』の原型ともいうべきアートワークを披露する。ヴェノムのデザインの魅力を堪能できるだけでなく、当時の"グリム&グリッティ"な空気をも感じ取れる作品となっている。

大胆なデフォルメに相反する細かな描写の同居がサム・キースの持ち味。
この時代はキャラクターの性格的な振り幅が広がっただけでなく、描写に関してもかなり自由度が高まった。本話の主人公でヒーローであるウルヴァリンの描写など、70年代であれば編集部NGが出ていただろう。

『アメイジング・スパイダーマン』Vol.1  #375(3/1993)

そもそもスパイダーマンへの底なしの憎しみを除けば、犯罪傾向の薄かったヴェノムは、邪悪そのものであるカーネイジの誕生により、さらにその立場をあやふやなものとしていた。そんなどっちつかずの状態に終止符を打ったのが、スパイダーマンとの"最終決戦"を描いた本エピソードである。
最後の戦いに臨むべく、ヴェノムはピーターの"両親"を人質に取ったものの("両親"の詳細についてはぜひ本編を)、怯える二人の身を気遣う素振りを見せる。さらに、ヴェノムの知られざる過去も明らかになり、彼のヴィランとしての日々はここに終わりを告げる。

スパイダーマンとの対決も、#300の初対戦から数えて75号目とあって、静かな立ち上がり。バットマンとジョーカーのように共通項がまるでないキャラクター同士ならともかく、元を辿れば"同一人物"のヴェノムとスパイダーマンは、そもそも別々の道を往く頃合いだったのだろう。

スパイダーマンから"独立"を果たしたヴェノムは、独り立ちしたキャラクターとして、『ヴェノム:リーサル・プロテクター』(小社刊)を始めとするリミテッドシリーズの"連載"を開始。マーベルを代表するアンチヒーローへと成長していくことになる。

ヴェノム:リーサル・プロテクター
デイビッド・ミシェリーニ 他[作]マーク・バグリー ロン・リム [画]高木亮[訳]B5判変・並製・144頁・本文4C 2,420円(10%税込)


『スパイダーマン・ホリデイ・スペシャル  1995』#1(12/1995)

クリスマスシーズンに発売されたワンショットに収録の短編。映画『ヴェノム』シリーズでも顕著なように、ヴェノムには見た目にそぐわずユーモラスな面があり、この短編も彼のそんな一面にスポットを当てている。
ヴェノムのアイドル化を示す好例と言えるだろう。

チンピラに牙を剥く、"危険な守護者"そのもののヴェノム。この後、ストーリーは意外な展開を見せるが、なぜかほっとする描写が似合うのもヴェノムならでは。

以上、ヴェノムのヴィラン時代の始まりと終焉、そのデザインの魅力など、少ないながらも、ヴェノムというキャラクターの魅力と変容が実感できるエピソードを選んでみた。映画版最新作公開を前にぜひご一読をお勧めする。


『ベスト・オブ・ヴェノム』
デイビッド・ミシェリーニ 他[作]トッド・マクファーレン 他 [画]石川裕人[訳]
B5判変・並製・136頁・本文4C 2,970円(10%税込)


同時発売!
流通限定商品『エクストリーム・ヴェノムバース
ライアン・ノース他[作] パウロ・シケイラ他[画]吉川 悠[訳]
B5判変・並製・168頁・本文4C 3,960円(10%税込)


石川裕人
翻訳家。1993年よりアメコミの邦訳に関わり、数多くの作品の翻訳・プロデュースを手がけている。



★最後までお読みいただき、ありがとうございます。アカウントのフォローと「スキ」ボタンのクリックをぜひお願いいたします!