『枕崎』 〜1999年 会社の2つ上の先輩の男〜 vol.2 (ゲイ小説)
カミングアウトをしてから、僕は枕崎先輩にさらに懐いていった。
圭介に振られたときは涙ながらに話を聞かせた。
「どうしたら、圭介が戻ってきてくれますかね?」
「そんなの、全然、わかんないよ」
枕崎先輩は酒に頬を赤らめながら、ただ、笑っていた。
そうだった。
今の彼女が人生で二人目の彼女だという枕崎先輩は恋愛経験に乏しかった。人の相談にのれる知識も資格もまるでなかった。今の彼女からも、枕崎先輩の積極性のなさや想いを伝えることの下手さにクレームが出されることも多いらしく「こっちが教えてもらいたいくらいだよ」と言いながら、だけど、本当は、そんなに悩んでいるわけでもなさそうに「次はレモンハイにしようかなー」なんて、ひとり幸せそうに笑っていた。
キムタク似の男から突然連絡が途絶えた時も「なんでだろうねー」と僕よりも深く首を傾げるばかりで、待てど暮らせど名案なんてこれっぽちも出てきやしなかった。
「ホント役に立たねえ先輩だな。2年も早く生まれた甲斐がまるでねえ」
僕が毒づくと
「あー、可哀想に可哀想に。悲しいと強がっちゃんだねー、よしよし」
と言いながら、道端の濡れた子犬にするみたいに頭をポンポンと撫でてくれてくれた。自分こそ、童貞の柴犬みたいな目をしているくせに。
「じゃあさ、枕崎先輩、チューしてよ」
僕は調子づいた。
「それは嫌です」
速攻、拒否された。
「いいじゃん、ちょっとくらい。大人なんだから頭なんか撫でられたって全然癒されないよ。こういう時はチューだよ、チュー!」
「ダメです」
「そんなんだからモテないんだよ」
「大きなお世話です」
こういう時、枕崎先輩はいつも先輩なのに敬語を使った。
「じゃあさ、ちょっとお尻をさわらせてよ」
僕がとっさに手を伸ばすと、枕崎先輩はカマキリを見つけたバッタみたいに跳ねて逃げた。
「いいじゃん。減るもんじゃなし」
「ダメです。お尻は絶対にダメです」
指先に、ほんの少し触れた枕崎先輩のお尻はマシュマロみたいに柔らかかった。長い時間をかけてじっくりと発育した良質な筋肉は柔らかい、と聞いたことがある。あんなにプリッと弾力がありそうに見えて、実は柔らかいだなんて! いつか誰かが言っていた「枕崎さんってああ見えてスポーツ万能なんだよ」は本当だったんだと感心した。
僕が何度セクハラ(あの頃はまだそんな言葉がなかったけれど)を重ねてもも、酒や食事に誘えば、枕崎先輩はいつでも嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。
その仲の良さは社内でも知れ渡り、社員旅行で札幌へ行った時は、誰かが気を利かせて(というか面白がって)僕と枕崎先輩を同室にした。
「マジで枕崎先輩、ヤラれる覚悟してきてね」
「指一本でも触れられたら大声で助けを呼びます」
そんなことを言いながらも、宴会で酔いに酔った枕崎先輩は、はだけた浴衣から灰色のボクサーブリーフをまる見えにしてガーガー寝ていた。
ツインルームにふたりきり。
手を伸ばせば届いてしまいそうな、すぐ隣のベッド。
だけど、口ばっかりで本当は臆病者の僕は、指一本さえ触れることもできず、悶々とした一夜を過ごした。
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