某キー局へのラブレター


父と母の親戚が住む長崎に帰省することが多かったため、小さい頃から羽田空港ヘビーユーザーだった私。

地元埼玉から空港までの移動手段は車。淡々とした景色が続く高速道路。その中で物心ついた頃から、湾岸線の道中に見える球体の建築物が特徴的な、あるキー局の本社ビルを見ることが唯一の楽しみだった。



話はそれるが、私は帰省が苦手だ。

小さい頃から、長崎に行くことは私の気持ちを随分と落ち込ませた。友達が1人もいない。歩いていける距離にコンビニがない。祖父母宅にある日本人形の置物が怖い。

それらの理由はもちろんあるが、一番の理由として東京から完全に離れることが俗世から切り離されるようで怖かったからだ。

もちろん長崎が嫌いなわけじゃない。
数々の歴史に満ち溢れた街並み、美味しい食べ物、駅前ののどかなバスターミナル、そして暖かく迎えてくれる祖父母。好きなものは沢山あった。


だが、道中で10秒ほどしか見えないそのキー局のビルが視界に入るだけで、それらは私にとって重要性の低いものに感じてしまうのだ。

羽田空港に向かう途中でキー局のビルが見える度に後ろ髪を引かれる想いになり、一方で長崎から自宅に帰る道中に見ると、なぜかホッとした気分になるのだった。



そこまで固執するのはなぜだろうか。
それはあのビルが、小さい頃思い描いていた憧れの「東京」のイメージの縮図だったように思えたからかもしれない。

私が小さい頃思い描いていた東京。それはきらびやかな人たちが集まる街、眠らない街、新たなカルチャーを作り出す街。


まさにそのキー局のビルが東京そのものだと感じていたのだろう。華やかな芸能人が続々と集まり、夜通し撮影が行われ、「月9」のドラマや「サザエさん」のアニメを初めとしたエンタメを生み出す聖地。


そして恐ろしいほど華やかな世界の裏に、恐ろしいほどの泥臭い世界が存在していることも、小さい頃からなんとなく、感じていた。詳しいことなどわからない。ただ、なんとなく感じる表裏一体の世界であることが、私の心をより惹き込んだ。

頑丈に作られた、ユニークな形をしたビルの中で一体今なにが起きているのだろうか。誰がどんな思いをして、流行りのエンタメを作り出しているのだろうか。考えを巡らせる度、高揚した気分になった。



しかし、今日。このビルを見たとき、ひどく悲しく、悔しい惨めな気持ちを抱いた。

特にアナウンサーやプロデューサーになりなかったわけじゃない。東京の縮図を想起させるそのキー局のビルを見たとき、大して満足していない会社のために、あれほど憧れていた東京で働くことを選ばなかった自分にひどく呆れているからだろう。


手が届きそうで届かない土地に住む私にとって、憧れの存在だった東京。そんな姿と重なって見えるキー局のユニークなビル。描いていた理想の東京で暮らし、自分自身もそんな存在になれると確信していた昔の私は、なんていうだろうか。



地方で働くことを選んだ私はこれからも、このキー局のビルを心のどこかで追いかけながら生きていくのだろう。


#つぶやき #日記 #キー局 #東京

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