#12 熊が気づかせてくれたこと
「熊を食べに行かない?」
仕事関係の、ある人に誘われて、人生で2度目の熊を食べることになった。1度目は、フィンランドに取材で出かけた際、現地のジビエ料理店で食べたのだが、この時はかなり臭いが強くて閉口した。それ以来、熊肉は敬遠していたのだが、ある人が言うには「その店の熊を食べたら他の熊は食べられない」とか……。僕は、半信半疑ながらお誘いにのって「食べる目的のため」だけに京都行き新幹線のチケットを買った。
待ち合わせ場所は、祇園の八坂神社前。そこからタクシーで北に向かう。大原を過ぎた辺りから道路が白くなりはじめ、滋賀の山中に入ると雪国の風景に変わった。1時間ほど走って、目的地に着いた。山あいの鄙びた風情の一軒家。山の辺料理と書かれた暖簾をくぐると、笑顔の女将が迎えてくれた。
熊のイメージばかりが先行していたのだが、ここは、季節の自然の恵みを最良の状態で供してくれる特別な店。器に盛られた川海老や根菜、鯉と岩魚のお造りなどはどれも素材が素晴らしく、丁寧な仕事がなされていた。
そしてメインの熊鍋がやってきた。テーブルに炭の入った七輪がセットされ、その上に土鍋が乗せられた。ご主人が、熊の肉が盛られた大皿を持って登場し、僕たちに鍋を作ってくれた。鍋の中の出汁に、熊肉をさっとくぐらせ、しゃぶしゃぶのようにして食べる。熊の肉は、赤身より脂身のほうが多く、口に含むと自然の甘みがいっぱいに広がる。脂身にも独特の食感があり、その味わいはとても上品だ。「熊肉のイメージが、まったく変わりました」と言うと、ご主人は「そうですか」と、目を細めた。
ひと言で熊といっても、いろいろな種類がいる。店で出している月輪熊は、木の実や果実を食べているので臭みがなく、特に冬場は脂が乗っておいしいのだという。でも、味わいの秘密はそれだけではない。
「熊は、ひじょうに個体差が大きいので、いい肉質のものばかりではないんです。相手は生き物で、猟師さんたちにも生活がありますから、いいものだけを買うのではなく、そうでないものも買わせてもらう。その上で『この前のはよかった』とか『今度のはよくなかった』とか言わないと、猟師さんも本気でこちらの想いを汲み取ってくれません」。
ご主人のこの言葉が胸に残った。この店のクオリティの高さが解った気がした。僕たちは、つい目先の利益を優先して行動し、「いいとこ取り」をしようとする。でも自然界は、もっと大きなワク組みの中でまわっているのだ。不自然なものは長続きしない。自分の生き方にも通じる大切なことに、改めて気づかされた旅になった。
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