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第十八章「革命」 小説『サークルアンドエコー』

 機体が震え始めた。機体を支えるアームが次々と外れ始めた。人々の喚き声は轟音でかき消され、地球との接続が一つずつ途切れていく。
「皆さま、いよいよ火星移住計画の最終段階にきております。この宇宙船が地球を離れ、火星にたどり着いた時、我々人類は新たな歴史をこの宇宙に刻むことになるのです」
「――しかし、前回は宇宙空間にいく前にエンジン部分が爆破……」
 宇宙船は震えたまま白煙を噴き出し飛び跳ねた。
 昔に比べて随分と宇宙に飛び立つのは容易になったとは聞くが、それでもこの轟音と振動、押さえつけられる感覚はなかなかしんどい。私たちは二人で手を繋いでひたすら耐えた。体は辛かったが、心には一抹の不安もなかった。私の指とエリーの指は、互いに絡みついていて決して離れ離れにはならない。
 フワッと体が軽くなった感覚。無重力だ。しかしすぐに機体が順応し、地球にいるのと変わらない重力が設定された。
「宇宙だぞぉ!」
「さよなら、地球!」
 人々は口々に歓声を上げた。
「ようやく太陽系で一番汚い星から脱出できたわけだ」
 私たちは白い布を被ったまま操縦席の方に歩いていき、操縦士が自動運転の登録をするまで黙って見ていた。自動運転に切り替わった途端、私たちは白い布から弾き出て、操縦士を殴り、ロープで手足を縛りつけた。ガムテープで口も何重かに塞いでおいた。その時タイミングよくキャプテンも入ってきたので、キャプテンも殴り倒した。
縛られて床に倒され、身動きできずに悶えるしかない操縦士とキャプテン。私たちはそんな憐れな男たちを踏みつけ、ハイタッチした。
 次に、医務室にこっそりと忍び込み、機器の点検を行っていた医者を同じ状態にした。そこから先は流れ作業だ。私が頑張って渋い声を出してキャプテンの声マネをし(エリーは笑い転げていた)、乗員を一人ずつメディカルチェックのため医務室におびき出し、背後から殴って縛ればいい。子どもだろうが女性だろうが関係ない。誰であろうが殴る。中には軍隊経験がありそうな厳つい男もいたが、完全に油断しきっていた。宇宙空間に敵はいないと高を括っていたのだ。無論緊張感はあったが。
男が入ってくるのを静かに待ち、入ってきた瞬間エリーが消火器で男の後頭部を殴りつけ、男が呻いた瞬間に私が顔面にペンキスプレーを吹きかけた。さらに男が動揺したのを見計らって二人で飛び掛かる。男のあらゆる身体の部位を何発も殴った。男は必死で抵抗し、縛り上げるまで十分はかかったが、やり遂げた。肩で息をしながら、私たちは互いにグッドサインを出し合った。
 火星までの道のりは二年近くある。一日目でロケットを征服してしまったので、調教の時間は多分に残されていた。まず優先して調教するのは当然キャプテンと操縦士だろう。この二人を意のままに操れなければ火星にはいけない。いまいち調教の正しいやり方はわからなかったけれど、甘い言葉と残酷な言葉を耳元で囁くことはできたし、殴ることも爪をはぐこともできた。じっくり確実に調教していき、初めてにしてはうまく完成させられたと思う。
縛り上げることに抵抗した強い男はやはり心も頑固で、エリーが全ての爪を剥がし終えても頑なに反乱を地球に知らせると言ってきかなかった。そこまで抵抗されると、他の人々にも悪い影響が出てしまう。私とエリーは相談して、皆の目の前で男を宇宙空間に放り出すことにした。最初からこの方法を取ればよかった。効果は絶大で、残った人々は瞬く間に私たちに屈服した。
私たちのロケットは順調に航路を保ち、ついに黄土色の惑星、火星に到達した。
反吐が出そうになるが、なんと火星に作られた基地までもが白色でできていた。本当にいい加減にしてほしい。インクだって限りがあるのだ。
それはともかく、私は火星にきて一番最初に空き缶を机に置いた。そうすることで、地球との隔絶を図り、時代の進行を錯乱させる効果が期待される。私たちにとってそれは重要なことだ。時間をかけて火星までわざわざやってきて、地球らしく暮らすのなんて愚かもいいところだ。
従順な人間たちの前で、私たちは宣言した。
「ここを、私たちの星とする!」
 私が堂々と宣言したのを聞いて、何故かエリーの笑いが止まらなくなった。胸を押さえて笑い転げて、つられて私も笑った。ようやく笑いが収まった私たちは、私たちだけの円を作るために、この星のルールを伝えた。
「いい? これからは、地球で〈男〉と呼ばれていた人は、〈女〉になりなさい。地球で〈女〉と呼ばれていた人は〈男〉になりなさい。どちらでもない人は、〈神〉になる。〈野菜〉のことは〈肉〉と呼びなさい。〈肉〉のことは〈魚〉と呼びなさい。火星のことは〈無数の指輪〉と呼びなさい。地球のことは〈球体〉と呼びなさい。……(中略)……〈子ども〉のことを〈大人〉と呼びなさい〈大人〉のことを〈裏切り者〉と呼びなさい。〈この星で一番大きな都市〉のことは……(中略)……ただし、〈生きる〉ことを〈死ぬ〉とは表現してはいけない。また、この〈無数の指輪〉の中で〈普通〉という言葉も決して使ってはいけない。私たちは生きている。死ぬために生きているわけではない。生きているから死ぬと思っている人は今すぐ考えを改めてほしい。死ぬのは事実だけれど、〈普通〉に従って仲良く生きていくのは許さない。私たちは協力しながら反発し合い、考えて、考えて、考えて、考えて、話し合い、話し合い、話し合い、話し合う。それが私とエリー、私と環ちゃんのサークル。そして、あなたたちにとっての〈球体〉よ」





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