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見るスポーツと見るゲームの本質は同じで、憧れは理想の自分の投影だ。

当たり前だけど、100m走って人間が走るより車が走った方が早い。テレビでたまに見るけど、メッシのシュートだって止めてしまうゴールキーパーのマシンがある。
それなのに、何で人間同士の0.何秒の争いや90分間のうちに数回の一瞬のゴールに感動してしまうのか。
また、基本的にプロのプレイヤーの方が圧倒的にうまいのに、プロでもない人が、「何でそっちにパスするんだよ」とか「下手くそだな」とか思ったり言ったりしてしまうのか。
最近、マリオカート元世界一のNobuoさんの実況中継にはまっていた時ふと疑問に思った。

結局、鍛え上げられた肉体とか絵に描いたように綺麗なプレーとか、そこに本当は自分もこれだけできるっていう理想を投影している。
それが選手への憧れだったり、ファンっていう形で表れている。

実際、自分も昔は空手の選手に憧れたし、サッカーやってたときは同じポジションのサッカー選手に憧れた。海外で働いているときは、海外で荒波でプレーする選手に憧れたし、日本代表の試合により一層愛国心強くなってた。今は、経営戦略とか考えるようになって、サッカーの監督とかに憧れる。
Nobuoさんのマリオカートも戦略的で、かつそれを忠実に実行に移すところは見ていて気持ちいい。

そうみると、見るスポーツとか見るゲームの価値は見る人の理想状態であること。今後は個人に焦点があたり、むしろ、スポーツ選手や芸能人以外にも色々な形での憧れが誕生するんだろうな。
それだけ外に出たもん勝ちだと思う。

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